井浦 志麻 (いうら しま)さんの自己紹介
1984年新潟市生まれ。ベーカリー「6/7(ロクガツナノカ)」オーナー。高校卒業後に東京の美術大学に進学。卒業後は近所にあった大好きなパン屋さん、東京都町田市の「CICOUTE BAKERY」(現在は八王子市に移転)でアルバイトとして働き、パン職人として歩み始めました。その後は都内のパン屋数軒で経験を積み、2014年に新潟にUターン。2016年に「6/7(ロクガツナノカ)」をオープンしました。ハードパンを中心に、地元の野菜や果物を使ったパン作りにも勤しんでいます。春夏秋冬の田んぼの風景を眺めるのが、新潟に帰ってきてからの癒やしです。ここ数年はパンの「おまかせセット」で注文販売を行ったり、イベントへの出店、同業の同志による「ニイガタ コネル クラブ」の立ち上げにも参加し、生産者さんとパン屋、お客様をつなげる活動にもちょっぴり関わっています。
PROLOGUE
新潟市の「日本料理 蘭」の佐藤さんからご紹介いただき、今回、訪ねたのは新潟市中央区文京町にあるベーカリー「6/7(ロクガツナノカ)」。
お店があるのは、飲食店や花屋、歯科医院などが点在する住宅街の一角、かわいい丸窓が目印のビルの1階です。
取材にお邪魔した日は、平日にも関わらず、お客さんがひっきりなしに訪れていました。
パンを買って帰るお客さんに、図々しくも突撃インタビュー。
お店について尋ねてみると
「毎日お昼はここのパンって決めています」
「今日は孫の学校で給食がないので、お昼にパンを一緒に食べようと思って」
「ここに通うようになって、ハードパンっていうの?それにハマったんですよ」
と語ってくださいました。
店内はお客さんが3〜4人入るといっぱいになるくらいの大きさ。
扉を開けると、焼きたてのパンのいい香り…。
パンの匂いって、なんとも言えない幸せな気分になってしまいます。
お店に入って右手と正面にパンが並び、一部のパンは店員さんに取ってもらって購入するというスタイルです。
店内には、茶色でコロンとした素朴な見た目のハードパンが、たくさん並んでいます。
その奥では休む間もなくパン作りに励む、店主・井浦志麻さんの姿がありました。
「日本料理 蘭」の佐藤さん「ポリシーを持ってパン作りをされているし、その上、店主の井浦さんの人柄がいいんです。お気に入りのパン屋さんです」とのこと。
そんな井浦さんに、ハードパンの魅力やパン作りへの想いを聞いてみたいと思います!
INTERVIEW
シンプルだけど奥が深い、ハードパンの世界
さて、井浦さんにあれこれをお聞きする前に、皆さんにお伝えしておきたいのが、ロクガツナノカのウリといったら、なんといっても“ハードパン”なんです!
ハードパンとは、バゲットやパン・ド・カンパーニュ、ライ麦パンなど、パンの外側に硬さのあるパンで、小麦粉、酵母、塩、水というシンプルな材料で作られるパンを指します。
お味はというと、粉の配合や発酵時間の違いによっても異なりますが、どれも菓子パンや惣菜パンでは味わえない小麦の風味や香ばしさが感じられます。
限られた材料で作るだけに、素材やパン職人の腕の善し悪しが仕上がりに直結するパンともいえそうですね。
今回は厨房にお邪魔して、井浦さんがパン生地をこねたり、成形する様子を間近で見ながら、お話を聞かせていただきました。
なぜ、ロクガツナノカではハードパンが中心なのでしょうか?
その理由について、これまでの経験を交えて、井浦さんに尋ねてみました。
「ハードパンとの出会いは美術大学の学生をしていた頃、自宅と大学の間にあったパン屋さんがきっかけでした。内装や接客とか、お店全体の雰囲気がとても良くて。大学の授業中に“あのパン屋さんに寄って帰ろう”って考えるだけで、もうそれだけで今日一日が楽しい気分になれる…そんなお店でした」。
一方で、「日々新しいものをつくっていくこと」を求められる美術大学の中で、自分は「新しさ」や「もの珍しさ」に魅力を感じないことに気付いたという井浦さん。
自分が楽しさや魅力を感じるのは、新しい何かを求めていくよりも、「日々同じことをコツコツと続けながら、上達していく」ことではないかと考え、それを生かせるものは何か?と考えるようになったといいます。
卒業間近、就職も決まらないまま「どうせやるなら好きなもの、好きな場所に関わることを」と、飛び込んだのが、そのお気に入りのパン屋さんだったという「CICOUTE BAKERY」でした。
「まずはアルバイトからスタートして、3年間パン作りを学びました。このお店もハードパンが中心でしたが、お客さんは見分けがつくのかな?なんて思うほど、見た目が茶色くて丸いパンがひたすら並んでいたんです(笑)。
材料や粉の配合、酵母の違いによっても、同じような見た目でも、どれも味が違うんですよね。味わいがシンプルなだけに、いろんな料理に合うという点も、これまで感じたことのなかったパンの魅力だと感じました。
それに、地道にコツコツとパン作りに励む職人的な仕事ぶりが、まさに自分が理想としていた“日々コツコツ上達すること”に通じていたんです」。
都合良くは仕上がらない。そこがパン作りの面白さでもある
都内の小さなパン屋さんから、バゲットが1日150本も売れるという百貨店内のベーカリーで経験を積み、パンを作る技術をひたすら極めていったという井浦さん。
パンを作るか、寝るかという、まさに職人のような生活ぶりだったと振り返ります。
「自分を見つめ直す時間が欲しかったのといろいろな事情が重なり、30歳で百貨店のベーカリーを退職して、新潟にUターンしました。当時の新潟はハードパンを中心に扱っているお店はあまりなかったのと、ハードパンがあることでパン食の選択肢が増えること、いろんな料理に合わせて楽しめるということも伝えていきたい!と、自分のお店を持つことを決めました」。
お店を出そうと決めた場所には、以前、別のベーカリーが入っていました。
そのベーカリーの閉店後、縁あってここにたどり着いた井浦さんが、ベーカリーとして事業を開始したのが2016年6月7日。
ロクガツナノカという気になる名前は、実はお店の創業日なのです!
新潟に戻ってきてからも、井浦さんはお店が開いている日も定休日の日も、厨房でひたすらパン作りに励んでいます。
そんな井浦さんにパン作りの面白さについて尋ねてみると
「うーん…パンの都合で私たちが動かされていることですかね?」とのこと。
「10時だから窯に入れて焼きたいけど、発酵ができていないのでまだ焼けないとか、そういったケースもあります。ものの調子というよりは、気温や湿度といった環境や管理の状況に大きく左右されることに、私の場合は面白さを感じますね」。
「パンの都合に振り回されてツラい!」ではなく、そこに面白さを感じているというのは、日々同じことを繰り返しながらも、そこにある小さな変化を楽しめるということなのかもしれません。
まさに、「日々同じことをコツコツと続けながら、上達していく」ことに楽しさを感じる井浦さんらしい言葉だなぁと感じてしまいました。
「パンに使っている酵母は小麦粉で繋いで培養しているのですが、菌の営みなので化学の世界でもあります。パン作りは作り方も材料もたくさんある上に、技術も知識も更新のしようが幾らでもあって、ゴールがないという面白さがあるように思います。ただ、体力勝負で、楽じゃない(笑)。続かない人が多いのはもったいないと思いますし、パンの業界の課題でもあるかもしれませんね」。
パンとしての正解は何か?ということではなく、たくさんある方法の中から、自分にとっての“おいしい”を追求するのがパン屋の個性だという井浦さん。
「パン屋はたくさんありますが、店によってつくるパンも味も違います。お客様には一つにお店だけでなく、それぞれのお店が追求している、パンの個性を楽しんでほしいですね」。
EPILOGUE
足元に小麦があるなら、それでパンを作ればいいじゃない
井浦さんが新潟に戻り、ロクガツナノカをオープンして7年。
その間に、たくさんの刺激や変化もあり、日々のパン作りに大きく関わっているのが、新潟県産小麦と新潟の地場野菜だといいます。
取材に伺ったこの日も、パンの商品札に「新潟県産新麦」との記載がたくさんありました。
新潟といえば米というイメージが一般的ですが、その昔は小麦も盛んに作られていたとか。
米の生産が拡大されると同時に、新潟県産小麦の栽培は減少し、収穫量がゼロになったこともあったといいます。
ですが、近年、新潟県産小麦の栽培が復活。生産量と供給量がアップしたことで、県内のベーカリーでも県産小麦を使ったパンを見かけるようになりました。
「県産小麦はクセがなく使いやすいのが特徴ですね。それに、新潟でこんなに小麦が取れているのに、使わない手はないと思います!足元で小麦が取れるなら、北海道から運んでくるよりも、それを使ってパンにしたら一番効率的ですよね」。
パンの具材に使う野菜や果物は、井浦さんの地元でもある、新潟市江南区の曽野木界隈のものが多いそうです。
「地元にある“農家持ち寄り市場 採彩(さいさい)”さんに毎週通っています。あんずやクレソン、ルバーブとか、他では見かけないような農作物との出会いがあって、パン作りのインスピレーションが湧く場所なんです。初夏に売り出す“コーンパン”もこちらで買ったトウモロコシから生まれた一品です。私が買うことで、農家さんにそれが還元されますし、生産者が身近であることも新潟でパン作りをする強みとも思っています」。
最後に、ロクガツナノカのおすすめのパン、おいしい食べ方について井浦さんにお聞きしました。
「私の推しはカンパーニュ!カンパーニュに関しては酸味もあるせいか、あまり売れていなかったんですが、最近は定番として定着してきました。買ったその日よりも1〜2日経つとより味わい深くなります。生ハムなどと合わせてどうぞ。あとは季節ごとの素材を使ったパンや、毎年作っているシュトレン、ビスコッティやスコーンといった焼き菓子も人気です」。
おいしい食べ方については「具沢山のスープに浸したり、シチューと一緒に召し上がっていただいてもおいしいと思います。ハードパンがどんな食事に合わせるとおいしくいただけるか、そんな情報発信もこれからしていきたいです」と井浦さん。
また、今後の展開についてお聞きすると
「実は最近なんですが、亀田のBakery MAAさん、新発田のぱろぱとBAKERYさんといった同業のパン屋さんが中心となって、パン屋発信でパンの魅力を伝えようと“ニイガタ コネル クラブ”を立ち上げました。お店同士で連携してイベントも企画中です」とのこと。これは楽しみです!
同業他店との横のつながりに加え、井浦さんにとって頼れる存在になっているのが、異業種のお店の方々や作家、アーティストの存在だといいます。
「ヒメミズキの小笹さんを通じて、日本料理 蘭の佐藤さんと知り合い、佐藤さんからの依頼でスコーンを使った手土産を作ったこともありました。
佐藤さんは新潟の兄貴的存在。新潟に帰ってきてから、人と人とを通じての出会いがたくさんあって心強くもあり、刺激にもなっています」。
ちなみに、オープン当初からロクガツナノカのファンであるごっつぉライターのおすすめの食べ方は、①カンパーニュやバゲットに野菜やハムを挟んでサンドイッチ感覚でいただく、②オリーブオイルと塩をつけてシンプルに、③お気に入りのバターを付けていただくこと!です。
そう考えると、ハードパンの食べ方って幅広いと思いませんか?
皆さんもロクガツナノカのパンで、「これは!」と思う食べ方を探ってみてください!