石川 久作 (いしかわ きゅうさく)さんの自己紹介
阿賀町七名(ななめ)地区で生まれ育ち、阿賀町を離れたことは一度もありません。40年間、阿賀町役場で働き、日常が職場にある生活だったので、これまで地元のことには無頓着でした。人生が180度変わったのは、新型コロナの流行以降。七福温泉「七福荘」を閉館させないために、2020年に仲間たちと共にNPO法人「七福の恵(さと)」を設立。丸渕集落の区長、「丸渕観光わらび園」代表ですが、2021年春から「七福荘」の運営にも関わっています。
PROLOGUE
新潟県東部に位置する阿賀町には、冬季限定の神秘的な景色が広がります。
まるで水墨画のようなモノクロームの世界――。
真っ白に雪化粧した山道を走っていくと、たくさんの看板が見えてきました。
春にはカラフルな花々が咲き誇る「たきがしら湿原」や、
岩が柱状に重なる柱状節理(ちゅうじょうせつり)が美しい「大尾不動滝」が有名な阿賀町七名地区。
この地に、地元の人たちに愛される日帰り温泉があることをご存知でしょうか?
お邪魔したのは、七福温泉「七福荘」。
温泉のある七福の里は、阿賀町七名地区にある「押手(おしで)」「中山」「黒倉」「大尾」「丸渕」「土井」「柴倉」の7つの集落で構成されています。
この地域にはそれぞれの集落に一体ずつ七福神が祀られ、〈七福神が見守る里〉と呼ばれています。
七福神像を巡る開運スタンプラリーは町を楽しむ方法の一つ。
このスタンプラリーの拠点となるのも七福荘です。
温泉といえば、人々に安息をもたらしてくれる観光スポットですが、七福荘の役目はそれだけではないのだとか。
いったいどんな施設なのでしょう……?
INTERVIEW
七福荘は地域の交流人口を増やす活動拠点
お会いしたのは、七福荘を営業するNPO法人七福の恵の理事長、石川久作さん。
とっても気さくなお人柄で、七福の里(七名地区)の歴史を、快く教えてくれました。
「七福の里は山間の狭い地域でありながらも、観光施設がたくさんある土地。
昔は何もありませんでしたが、平成初頭から『観光地として盛り上げよう』という働きかけがあり、徐々に施設が増えていきました」
過去に40年間、阿賀町役場で働いてきたものの、「観光業に従事していたわけではない」という石川さん。
なぜNPO法人を立ち上げ、七福荘を運営するまでに至ったのでしょうか。
「七福の里の観光の要となる丸渕観光わらび園は私の祖父・清(きよし)が区長をしていた時代に始めたもので、今から50年ほど前に開業しました。
平成の初めはこの地域で観光客といえばわらび園目当ての人だけ。
丸渕観光わらび園の賑わいは、地域起こしを目的に町が動き出すきっかけになりました。
1993(平成5)年には『七福の里活性化委員会』が立ち上がり、各集落に七福神像が寄贈されます。
その後、地域の観光施設として『ふれあいの森』がオープンすると、バンガローやキャンプ場もできて宿泊が可能となり、全国的にも珍しい人工的につくられた『たきがしら湿原』も完成するなど、観光資源が次々に増えていきます。
そうして、最後に開業したのが七福荘でした」
2時間30分2,000円(税込)でわらびの取り放題が楽しめる丸渕観光わらび園や、七福神を巡るスタンプラリーの後に七福温泉で一休み。
体を動かした後の温泉は格別です。
「七福荘の温泉は『七福の湯』。古くから『薬の水』として親しまれてきた源泉温度13℃の天然水を使用しています。
七福荘を開業する時、農民の傷を癒やしてきたこの水を何とか温泉に活かそうと沸かして使うようになったのが『七福の湯』です」
阿賀町の歴史を物語る温泉では、名物の手打ちそばや山菜を使った郷土料理も大好評。
季節によっては阿賀町特有の伝統行事にも参加できます。
2001(平成13)年の開業以来、阿賀町の観光名所として定着した七福荘。
しかし、2009(平成21)年に集落同士がまとまる中核を担っていた七名小学校が閉校。
そこから、七福荘は単なる観光施設ではなく、地域の活動拠点としても利用されるようになりました。
「七福の里の恒例企画『七福の里祭り』は、もともと丸渕観光わらび園で行われていましたが、2012(平成24)年からお客さんが集まる七福荘で行っています。
祭りだけでなく、地元のそば打ちサークル『そば打ち七福人』によるイベント、地元有志の笹団子づくりなど、さまざまな活動が七福荘を会場に開催されるようになりました。
そのまま何事もなければ祭りは順調に盛り上がったでしょうけれど、これからという時にコロナ禍がやってきた。
七福荘はもともと第三セクターが運営してきた施設。
新型コロナの流行などによって閉鎖を余儀なくされる事態となり、『第三セクターの代わりに誰かが七福荘を運営しなければ』という危機感は、ここで暮らす多くの人が感じたはずです」
祭りの主催者である七福の里活性化委員会の活動を守るため、後任に手を挙げたのが石川さんでした。
「危機感を共有できた最高のメンバーに恵まれたおかげで、受け手となるNPO法人を結成することができました。
七福荘は私にとっても⽇常のよりどころだったので、最初は⾃分のためでした。
地域が盛り上がっていなければ、私の日常も揺らいでしまったでしょう。
七福荘があれば、交流人口が増やせるし、地域の人々が寂しい思いをしなくても済む。
絶対になくしてはいけないものです。
当初はとにかく七福荘を動かすことがメイン事業でしたが、地域の活動拠点となると地域の福祉活動も進めていく必要があると分かってきました」
暮らしを豊かにする宅配弁当、デマンド交通を開始。
阿賀町津川の商店街まで車で片道30分ほどかかる七福の里には、単身住まいの高齢者がたくさん暮らしています。
「車の運転どころか、一人では歩くことさえままならないお年寄りがたくさんいる」
経営難で休業していた七福荘がおよそ1年ぶりに営業再開。
その大役を果たした石川さんが次に取り組んだのは、「地域の便利屋」としての福祉活動でした。
「NPO法人として活動を始めて間もなく、町の路線バスが廃止されてしまって。
それでは地域の人々は買い物や病院にも行けなくなってしまいますから、私たちNPO法人七福の恵でデマンドバスの運転を始めました。
タクシーのように玄関先から店先まで乗れて、事前予約さえしてもらえれば路線バスのように気軽に利用できる。
NPO法人のメンバーで助け合いながら運転手を担当し、地域の人々を支えています」
デマンドバスの運行は一日5往復。
阿賀町の補助事業ということもあり、乗車料は上川地区内なら片道200円、津川地区までは片道400円と格安です。
予約が入らなければ運行しないため、運転手の負担を軽減できる効率的なシステムは、今や七福の里の重要なインフラとなりました。
デマンドバスに続き、注文数が高まってきているのが宅配弁当です。
「⾼齢化が進むこの地域では買い物だけでなく料理をつくるのも⼀苦労。
試しに宅配弁当のサービスを始めたら、だんだんと予約が増えてきました。
⼀⼈暮らしの⾼齢の⽅を中心に、さまざまな職場からも注⽂をいただくようになりました。
宅配弁当は毎⽇の⾷事⽤というよりも、食生活の一つのアクセントになればいいなと思って始めたものです。
買い物や料理の⽀援、できれば除雪や⾒守り支援にも取り組んで、地域の不便を少しずつ解消していきたいです」
阿賀町に遊びに行きたくなる魅力、住みたくなる魅力を生み出してきた石川さん。
七福荘がコロナ禍以前の活気を取り戻してきた今、インバウンドによる集客にも注目していました。
「阿賀町は飾り気のない、ありのままの日本の原風景を楽しめる場所。
若い方や海外の方にも注目していただけたらうれしいです。
少しずつ翻訳の練習もしているので(笑)、お待ちしています」
EPILOGUE
「七福の里」独自の体験&お土産も豊富!
七福荘では、温泉や食事以外にそば打ち体験も楽しめます。
杉の香りが心地いい食堂で、ゆったりとした時間を過ごすのも気持ちが良かったです。
取材をしながら、七福荘館内の至るところで七福神を見つけるのもさり気ない楽しみでした。
阿賀町の歴史と文化に触れながら、好きなことを自由気ままに楽しめるおもしろさが七福の里にはありました。
七福荘を再建した石川さんが考える今後の展望とは……?
「まずは、七福荘を維持していくことが最優先。
運営を継続していくためにはどうしたらいいかを考えながら、交流人口を増やすために地域の魅力を上げていかないといけない。
七福荘の周辺には新しい宿泊施設『奥阿賀七名庵 らくら』もできたばかり。
手頃に非日常的な世界を味わえる、魅力ある地域として
これからもたくさんの人に阿賀町、そして七福の里の魅力をお伝えしていきたいです」
七福荘には、阿賀町の特産品が並ぶ「七福市場」も営業していました。
商品の中には、石川さん自ら栽培した上川産コシヒカリ「源流米」も販売しています。
阿賀町の旬の味覚、ここにしかない商品と出合える便利な販売店。
周囲の自然を堪能したら、ぜひ七福荘館内ものぞいてみてください。
おもしろい発見があるかもしれませんよ……!
NEXT EPISODES
阿賀町に新風を吹き込んだ注目の人
最後に、阿賀町の魅力的な人をおふたり、石川さんからご紹介いただきました。
1人目は、阿賀町広谷で農家民宿「栃堀の風」を営む増川宏実さん。
地元郷土料理で地域を活性化させるために参加した「新風上川とんぼの会」で一緒に活動したメンバーであり、移住者である増川さんが阿賀町地域おこし協力隊として活躍されていた頃からの知り合いでした。
「阿賀町で農家民宿を営業されて、地域おこしを頑張っていらっしゃるのでとても気になっていました。
最近ではあまり会う機会はありませんでしたが、ずっと注目しています」
風情ある景観で人々を魅了する阿賀町広谷。
どうやら、古民家を改装した宿泊施設というだけでなく、阿賀町らしい食事と癒やしの体験でお客さんをもてなしてくれるようです。
どんな施設なのか、徹底的に取材します!
先人の知恵を次代につなぐ糀の伝道師
2人目は、オリジナルの黄色い糀と昔ながらの薪炊きでつくる無添加生味噌を販売する山﨑糀屋の山﨑京子さん。
石川さんの奥さまが毎年欠かさず手づくりされる阿賀町の郷土料理「ニシンの糀漬け」に使う糀は、必ず山﨑糀屋さんの生黄糀を使っているそうです。
「町内イベントでもよくお会いしますし、阿賀町で知らない人はいないでしょう。
いつも阿賀町を代表して講演会やイベントのステージに立たれているので、とても尊敬しています」
山﨑さんといえば、著書「女将が伝える糀生活 糀入門」を出版されたことでも知られる糀の伝道師。
糀の効能、活用法についても聞いてみたいと思います。