
河部さんと大地さんの自己紹介
河部 佳奈子(かわべ かなこ)さん(写真左)
佐渡出身。米とおけさ柿を育てる農家に生まれ、現在は実家を拠点に「ふれあえ農園」を営んでいます。米、おけさ柿、桃、シャインマスカットなどを育てながら、農薬や化学肥料に頼らない栽培に取り組んでいます。2026年からは民泊もスタート。農業を軸に、人と自然がつながる場所づくりを進めています。
大地 貴之(おおち たかゆき)さん(写真右)
新潟市出身。2016年、仕事の転勤をきっかけに佐渡へ。現在は「ふれあえ農園」で、農作業をはじめ、経理やSNSでの情報発信など、幅広い仕事を担っています。その傍ら、マッサージセラピストとしても活動しています。写真は趣味として、佐渡の自然や星空を撮り続けてきました。そしてこのたび、「自然と人を一緒に撮るカメラマン」としての活動も始めました。
INTERVIEW
当たり前の日常が、価値ある風景に
前編では、米や果物を育て、動物たちと暮らし、農業体験や民泊を通して人を迎える「ふれあえ農園」の仕事をご紹介しました。
農園を運営する河部佳奈子さんは、佐渡生まれ。ですが、最初から農業を仕事にしようと考えていたわけではありません。米とおけさ柿を育てる農家で育ち、幼い頃から家の農作業を手伝っていたものの、進んだのは医療の道でした。
看護学校を卒業後、東京の大学病院で約7年間勤務。自身の体調を崩したことをきっかけに病院を退職し、飲食店や民宿、診療所、レストランなどで仕事を経験しました。
「その間に大きな転機がありました。一緒に暮らしていたパートナーが亡くなって、医療の仕事へ戻る気持ちになれなくなってしまったんです。それで、介護ならできるかもしれないと思って、老人ホームで働き始めました」
その後、今度は佐渡の実家で家族の介護が必要になり、仕事を辞めて帰郷。介護の傍ら、家業だった農業を手伝うことになりました。
「農業は子どもの頃から手伝っていましたけど、自分が継ぐとは考えていなかったんです。佐渡へのUターンも、農業を始めることも、最初から人生設計として描いていたわけではありませんでした」と河部さんは振り返ります。

その際、河部さんが強く感じたのが、故郷・佐渡の見え方の変化でした。長く県外で暮らして戻った故郷は、子どもの頃に見ていたものとは少し違って映りました。
「東京から帰ってきた時、大きく深呼吸したら、全然違うと思ったんです。空気がおいしいというか、澄んでいるというか……思い切り息を吸えるんですよね」(河部さん)
目の前には田畑があり、土があり、草木があり、季節ごとに景色も移り変わります。それは河部さんにとって、かつてはあまりにも日常的な風景でした。「当たり前だったものが輪郭を持った瞬間でしたね」と河部さんは振り返ります。
河部さんが「この景色や空気を、ここへ来た人にも味わってもらいたくて」と話すのは、単純に佐渡が自然豊かだからというだけではありません。都市で暮らし、人生の幾つもの変化を経験してから佐渡へ戻った自分自身が、その価値をあらためて体感したからこその言葉です。

「人と人だけだと、どうしても上手くいかなかったり、難しかったり……そんなこともたくさんありますよね。でも、自然を間に置いて、土を触ったり、動物を見たりしながらであれば、素直な気持ちで話せることもあるんじゃないかなって。『ふれあえ農園』は、そういう場所でありたいとも思っているんです」
転勤先から暮らしの場所に
一方、大地さんにとって佐渡は、故郷ではありません。新潟市で育ち、高校卒業後は税務関係の公務員として埼玉へ。約5年間勤務した後、2016年に転勤で佐渡へやって来ました。
最初は、数ある赴任先の一つだった佐渡ですが、休日に島内を巡るうち、佐渡との距離が少しずつ縮まっていきました。

「来たばかりの頃は、星がすごく綺麗だったことに驚きました。休日にイベントへ行ったり、野草散策に参加したりして過ごして、埼玉だと少し遠くまで行かないとできないようなことが佐渡ではすぐ近くで体験できることが面白いし、心地よさを感じていたのかもしれません」と、大地さんは当時のことを笑顔で振り返ります。
公務員には数年ごとの異動があります。再び転勤するのか。それとも、ここに残るのか。大地さんが選んだのは、“佐渡に残ること”でした。
「また転勤するより、佐渡にいたいなと思ったんです。それで仕事を辞めました」とさらっと語る大地さん。言葉にすれば短いですが、公務員という仕事を辞めてまで残るというのは、決して小さな選択ではありませんよね!?

「佐渡の自然や環境、ここで過ごす時間が、わりと自分に合っていたんでしょうね」と大地さん。佐渡へ来たきっかけは仕事でしたが、その後は自ら島に残ることを選びました。
その後、大地さんは島内の飲食店で約2年半働き、ご縁があって人手不足だった「ふれあえ農園」の仕事を手伝うようになり、農作業に関わる時間が徐々に増えていきました。

「昼は農業、夜は飲食店で働く生活をしていました。そのうち農園の仕事が忙しくなってきて、『それなら農業の道に進もう』と決めました。一度は農園を離れて、マッサージの仕事を学んだ時期もあります。それでも佐渡へ戻ってきて、今は農業と施術の両方を仕事にしています」(大地さん)
また、大地さんは趣味で撮り続けてきた佐渡の自然や星空の写真をきっかけに、「自然と人を一緒に撮るカメラマン」としての活動も始めました。
「海、夕焼け、星空、そして農園の動物たち。佐渡の景色のなかで、旅の思い出になる一枚をお届けしています」と大地さん。Instagramには、素敵な佐渡風景と人物の写真がたくさん掲載されています。

都市部では、仕事のために住む場所を選ぶというケースが多いかもしれません。佐渡で暮らすことを軸に、その時々で仕事の形を組み替えてきた大地さん。その歩みからも、この島での暮らしを大切にしてきたことが伝わります。
物事の捉え方で、見え方は変わる
「大地さんのように島外から来た人の方が、佐渡をちゃんと見てくれることがあるんですよね」
取材中、河部さんが何度もそう話していたのが印象的でした。島で生まれ育てば、田畑も山も海も、珍しいものではなくなります。人口が減っていることや店が少ないこと、冬になれば出かける場所が限られることなど、課題や不便さもあります。

ところが、移住者や旅行者は佐渡を違った目で見ていると、河部さんは常々感じているそうです。
「外から来た人が『佐渡ってすごい!!』って言うんです。旅行で来たお客さんと話していて、逆に佐渡の良さを教えてもらうこともあります。自分たちの当たり前が、当たり前じゃなかったんだなって気づかせてもらえる瞬間です」(河部さん)
例えば、大地さんが好きだという佐渡の星空。街灯が少ないため、晴れた夜には農園の近くからでも星がよく見え、条件が良ければ天の川も見えるそうです。わざわざ山や海まで行かなくても、美しい星空を身近に見られる佐渡。「街灯が少ない」という事実も、不便と捉えるか、星が見える豊かさと捉えるかで、その意味は変わります。

ただ、二人は佐渡を理想郷として語っているわけではありません。冬になると閉まる店もあり、イベントや観光客も少なくなるといいます。だからこそ、大地さんは冬にも人が楽しめるものづくりのワークショップなどができないかと考えています。
「ないなら、何かできないかな?とまずは考えます。そこに暮らす人と、外から訪れる人が出会い、『こんなものがある』『これは面白い』と互いにアイデアを持ち寄る。そのやり取りから、新しい価値が生まれることもあると思うんです」(大地さん)
EPILOGUE
新しい出会いから、今までにない佐渡の魅力を探りたい
夏から秋にかけて、「ふれあえ農園」には島外から宿泊客や農業体験の参加者が訪れています。
「どんな人が来て、どんな話ができるのかなと思うと楽しみで。本当に一期一会ですよね。来てくださる方から、私たちも学ばせてもらっています」と河部さん。人を迎えれば会話が生まれます。佐渡の何が面白かったのか、どんな景色に驚いたのか、「ふれあえ農園」を訪れるお客さんから届く言葉が、お二人に地域を見る新しい視点を与えてくれます。

河部さんは「ふれあえ農園」を「人と人が自然に交流できる場」にしていきたいと話します。「農園で人とのつながりを育てながら、私たち自身もまた、出会う人たちを通して、佐渡の魅力を知り直すことができたらいいですね」と語ってくれました。
佐渡を出たことで、故郷を見つめ直した河部さんと、外から来たことで、佐渡の日常に価値を見つけた大地さん。それぞれ違う視点で同じ土地を見るからこそ、「当たり前」の中に埋もれていた魅力が見えてきます。「ふれあえ農園」の風景は、これから訪れる人の数だけ、少しずつ新しい意味をまとっていくのかもしれません。












