
桑原 宗紀 (くわばら ときのり)さんの自己紹介
1975年、加茂市生まれ。高校卒業後、東京の専門学校で製菓を学び、パティシエとして働きました。その後、イタリア料理の世界へ。東京都内のレストランで経験を積んだ後、イタリア・フィレンツェへ渡り、約2年間、現地のレストランでトスカーナ料理を学びました。帰国後は地元の加茂へ戻り、2007年に「欧風厨房 サントピアット」をオープンし、今に至ります。
PROLOGUE
「ジェラテリア ココ」の佐久間康之さんから始まった、県央編のおいしいつながり。そのバトンを締めくくるべくやってきたのは、加茂市にあるイタリアンレストランです。
「加茂のイタリアン」と言えば、ピンとくる方も多いのではないでしょうか。「ミシュランガイド新潟2020特別版」ではビブグルマンに選出。2026年の「新潟ガストロノミーアワード」では、県内約8,600店の飲食店の中からノミネートされ、ブロンズを受賞するなど、その実力は高く評価されています。

ここまでくれば、もうお分かりでしょう。今回訪れたのは、加茂市の「欧風厨房 サントピアット(以下、サントピアット)」。ごっつぉライターの私も、お気に入りの一軒です!
JR加茂駅から車で約5分。三条方面へと続く国道403号沿いに、ロッジのような外観の建物が見えてきます。2007年のオープン以来、この場所で腕を振るい、今や地元客のみならず、県内外から多くの食通が訪れています。

厨房に立つのは、オーナーシェフの桑原宗紀さん。ご紹介してくださった佐久間さんが、「新潟の食材をどう料理で表現するか、いつも刺激をいただいています。料理に向き合う姿勢も本当に尊敬しています」と話す料理人です。
今回は、長年にわたり自身の味を追求してきた桑原さんに、「サントピアット」の今と、その料理に込める思いを伺いました。
INTERVIEW
「今、おいしいもの」を皿の上に

今や新潟を代表するイタリアンといっても過言ではない「サントピアット」。中でもパスタや肉料理に定評があり、それを目当てに足を運ぶファンも少なくありません。
店が掲げるモットーは、「手作りの上質さを伝える」こと。パスタやソースはもちろん、できる限り既製品に頼らず、店で提供するもののほとんどを自分たちの手で仕込んでいます。

「自家製のパスタは、生地を練った後に冷蔵庫で約100時間熟成させて、水分を均一になじませながら、じっくりと旨みを引き出していきます。パスタ料理は、麺が主役であってほしいと思っているので、ソースだけでなく、麺そのもののおいしさを追求してきました」と桑原さん。

メニューはというと、ランチの主役はもちろんパスタ。数種類の中から好みの一皿を選ぶスタイルで、予約制のランチコースも用意されています。一方、ディナーは予約制のフルコースで、魚介やお肉をふんだんに使った、昼とはまた違った料理を楽しむことができます。
四季折々の地元の食材を積極的に取り入れている同店。では、メニューはどのようなタイミングで変えているのでしょうか。

「メニューを変える時期は、全く決まっていません。何日経ったから変えなきゃ、とかは考えていないんです。例えば、ブロッコリーよりキノコがおいしくなってきたなと思ったらキノコにする。根菜がおいしくなってきたら根菜を使う。そんな感じです」と桑原さん。
カレンダーではなく、食材を見て決める。旬を迎えたもの、その時に状態のいいものへと目を向けながら、メニューも季節とともに少しずつ移り変わっていきます。
そして現在、桑原さんが特に力を注いでいる食材の一つが、新潟の豚肉です。

実は店内に入った時から、ずらりと並んだ肉の塊が気になっていた私。その正体は、お手製のプロシュート(ハム)でした。
桑原さんがプロシュートを作り始めたのは、約3年前。きっかけは、「新潟の豚肉をもっとおいしく食べたい」という思いからでした。
「新潟の豚肉って、相当うまいんですよ。ロースやフィレ、肩ロースはもちろんおいしい。でも、もも肉や腕肉をもっとおいしく食べる方法はないかなって、ずっと考えていたんです。突き詰めていったら、豚もも肉の最適解はプロシュートなんじゃないか、というところに行き着きました」

プロシュートに使うのは、皮付きの豚もも肉。長い時間をかけて乾燥・熟成させるため、皮や脂肪に覆われた状態のもも肉が適しているのだとか。
ところが、日本では皮付きの豚もも肉そのものがなかなか流通していないのだそう。そんな中、全国的にも珍しく、皮を残した状態で扱う精肉卸会社が新潟県内にあることを知り、仕入れが実現しました。
現在、このプロシュートはランチやディナーのメニューとしてはもちろん、「SALUMERIA(サルメリア)」と銘打った出張ハム店として、イベント出店の際にも提供されています。
本場の味を追いかけた、その先に

新潟の豚肉のおいしさに惚れ込み、自らプロシュートまで作ってしまう桑原さん。地元の食材を積極的に取り入れるその姿からは、この土地の食材を大切にする姿勢が伝わってきます。
しかし、桑原さんが最初から今のような考え方で料理をしていたわけではありません。むしろ若い頃は、イタリアで出合った「本場の味」を新潟でも再現したいという思いが強かったといいます。
フィレンツェで約2年間、現地のレストランに勤めた桑原さん。帰国後に同店をオープンした頃は、ラディッキオ(チコリーの一種)やカーボロネロ(ケールの一種)といったイタリア野菜を料理に使いたいと、新潟の生産者に栽培をお願いするようになりました。
ところが、同じ品種を育ててもらっても、現地で食べたものとはどこか違う。イタリアから種を取り寄せて作ってもらったこともありましたが、それでも桑原さんが記憶していた味にはなりませんでした。

「当時は生産者さんに、『違うんだよな』『こうじゃないんだよな』って言っていました。今思えば、本当に失礼な話なんですけどね」と苦笑い。
何度作ってもらっても、イタリアと同じ味にはならない。その理由を考えるうちに、桑原さんの中で一つの答えが見えてきました。
「よく考えたら、同じになるわけがないんですよね。土も違えば気候も違う。イタリアで育ったものと、新潟で育ったものが同じ味になるはずがない。それなら、ここでできたものをどうおいしく料理するかを考えればいいということに気づいたんですよ」
その気づきは、桑原さんの料理に対する考え方を少しずつ変えていきました。

さらに変わったのは、食材との向き合い方だけではありません。
同店を開いたばかりの頃は、パスタの茹で加減ひとつをとっても、「イタリアではこうだった」という思いが強かったそうです。しっかりと歯応えを残したアルデンテや、日本ではまだなじみの薄かったトリッパ(牛の胃袋)などを提供すると、お客さんから「硬い」「普通のものが食べたい」と言われることもあったとのこと。
約20年にわたり店を続けてきた今、その頃の自分を違った目で振り返ります。
「昔は、『まだ新潟の人にはこういう料理が分からないんだな』くらいに思っていました。でも、今はそういうことを言う自分が格好悪いと思います。食べた人においしいと思ってもらえなかったなら、自分の技術が甘かったと言うべきですよね」
イタリアで得た経験を大切にしながらも、目の前の食材や食べる人と向き合い、その時、その土地で「おいしい」と思えるものを作る。長い料理人人生の中で、桑原さんがたどり着いたのは、そんな柔軟な考え方でした。
二つの土地で育まれた、この店だけの味

「ここでできたものを、どうおいしく料理するか」
そう考えるようになってから、桑原さんは新潟の食材にこれまで以上に目を向けるようになりました。生産者とのつながりも広がり、今では野菜や肉をはじめ、信頼する作り手から届く食材が、「サントピアット」の料理を支えています。
だからといって、使うものを新潟産だけに限定しているわけではありません。
「地元の食材はもちろんたくさん使います。でも、イタリアやフランスの野菜も使いますし、オリーブオイルやチーズもそう。新潟のものだけで料理を作ろうとは思っていないんです」と桑原さん。その理由をたどると、イタリア料理の世界へ進んだ原点に行き着きます。

「僕が感動したのは、やっぱりイタリア料理なんですよね。イタリアで食べたものがおいしかったから、この料理をやっている。だから、そこを無理に変える必要はないと思っています」
地元だから、本場だからという理由だけで食材を選ぶわけではありません。実際に食べてみて、それぞれが持つ味や個性を見極めながら、その食材に合った料理を考えていく。それが、今の桑原さんのスタンスです。
例えば、春を代表する食材の一つ、ホワイトアスパラガス。国産とヨーロッパ産では、見た目こそ似ていても、味わいや食感に違いがあるといいます。
「どっちがおいしい、ということじゃないんです。僕の中では、もう別の野菜という感覚ですね。日本のものには日本のもののおいしさがあるし、ヨーロッパのものには向こうのもののおいしさがある。それぞれに合った料理にすればいいんです」
イタリアで学んだから、本場の味をそのまま再現するわけではない。新潟で店を営んでいるから、地元のものだけで料理を作るわけでもない。
気候も土壌も、そこで育つ食材も異なるイタリアと新潟。それぞれのテロワール※を受け止め、自分の中に取り込みながら、目の前にある食材をどうすれば一番おいしくできるのかを考える。そこに、今の桑原さんらしい料理があるように思います。

「昔に比べたら、だいぶ柔軟になりましたよ」とほほ笑む桑原さん。二つの土地で培ってきたものを行き来しながら、どちらか一方だけに答えを求めない。その自由な視点が、「サントピアット」でしか味わえない一皿を生み出しています。
次回は、桑原さんが料理の世界へ進んだ原点や、単身で渡ったフィレンツェでの日々など、その歩みをたどります。どうぞお楽しみに!
※「テロワール」とは、自然環境や、そこで培われてきた人々の営みなどが重なり合って生まれる、その土地ならではの食材や味わいの個性のこと。









