
岩橋 義平 (いわはし ぎへい)さんの自己紹介
福島県西会津町・奥川地区の出身です。林業や測量、電子部品メーカーなどでの仕事を経て、2012年から14年間、集落支援員を務めました。代々続く田んぼで「減農薬竹酢米」のコシヒカリを育てながら、「農家民宿のばら」も経営しています。SNSの発信を通じて全国の大学生や社会人を奥川へ呼び込んでいます。
PROLOGUE
今回のごっつぉLIFEは、阿賀町から少〜〜し足を延ばして、福島県西会津町へ。阿賀町の堀口一彦さんから「西会津町で暮らしていた時に、とてもお世話になった方がいるんです」とご紹介いただいた、岩橋義平さんのもとへ伺ってきました。
岩橋さんが暮らす奥川地区は、西会津町の「秘境」とも呼ばれる山深い土地。なんですが、ここには毎年、東京をはじめ全国から大学生や社会人がやってきているそうです。新幹線と在来線を乗り継ぎ2時間以上、列車は2〜3時間に1本という、決して便利とはいえない場所に……です!
その引力の中心にいるのが、岩橋義平さんです。岩橋さんは米農家であり、「農家民宿のばら」の主人であり、地域づくりの旗振り役としても知られる方なのです。地域づくりの旗振り役……具体的にどんなことをしているのか、気になります!

阿賀町津川から車を走らせ、35分ほど。「遠いところ、ありがとうございます。ささ、中へどうぞ!」と岩橋さんが笑顔で迎えてくれました。囲炉裏を囲みながら、岩橋さんの米作りへのこだわり、奥川地区ではどんなことが行われていて、なぜ人が集まってくるのかなどなど、詳しくお聞きしてきました。
INTERVIEW
丹精込めて作り上げる「減農薬竹酢米」
米農家、農家民宿の主人、地域づくりの旗振り役と、幾つもの顔を持つ岩橋さん。「いやぁ、いろいろやってるものでね。何から話したらいいでしょうかね(笑)」とご本人も少々困惑されていましたが、岩橋さんが作るお米は、堀口さんいわく「とにかくうまいと評判!」とのこと。そんなわけで、ここはやはり、本業であるお米のお話からいきましょうか。

岩橋さんの家の前には、田んぼが広がっています。取材にお邪魔したのは、田植えが終わったばかりの時期でした。ここで岩橋さんが育てているのが、「減農薬竹酢米(ちくさくまい)」のコシヒカリです。
「竹酢液(ちくさくえき)は竹炭を焼く際に採れるもので、殺菌作用があるんです。野菜や稲に振りかければ、虫が近寄りづらくなる効果もあります。近所で炭を焼いている人がいて、せっかく竹酢液が採れるのだからと思って、使い始めました。この竹酢液と鶏糞(けいふん)や油かすといった有機肥料で米作りをしています」

一般的な栽培方法で、至って普通に米を作って出荷するだけでは、米は安いまま。人と違うこだわりを持てば、多少は高く売れるかもしれない。代々続く田んぼを守りながら、米作りを続けていくために、何をすべきか?そう考えて、岩橋さんが選んだのは、減農薬と有機肥料の道でした。
「竹酢液は苗のときや、稲の病気の出そうな時期、稲刈り後など、年に5〜6回散布します。竹のミネラルが土を微生物の好む環境にし、稲を内側から強くしてくれるんですよ」

加えて、昔ながらの「転(ころ)ばし」という除草作業も、岩橋さんの米作りには欠かせません。稲の生育初期に田んぼの土をかき混ぜることで、雑草が根づくのを防ぐ、除草剤に頼らないための地道なひと手間です。
病害虫対策には、田んぼの脇に植えたアップルミントの力も借ります。アップルミントは、虫を寄せ付けにくいハーブとしても知られています。「それでも虫は来ますけどね」と岩橋さんは笑いながらも、自然の循環を味方につける工夫を重ねてきました。

ちなみに「減農薬」と名乗るのにも理由があります。岩橋さんの米作りは、実際には有機肥料と竹酢液だけで育てており、限りなく無農薬に近いものです。けれども、同じ水路の上流でどんな農薬が使われているかまでは分からない、だからこそ「無農薬」と言い切らず、「減農薬」と表示しているそうです。
また、岩橋さんの米作りを語るうえで欠かせない言葉があります。それが「見肥やし(みごやし)」。
「窒素、リン酸、カリウムを入れれば、大体の作物は育つもの。それは学問上の話です。でも、昔のじいちゃんたちは『見肥やしが必要なんだ』といつも口にしていました」
田んぼを毎日くまなく見て回り、稲の状態を目で確かめる。元気がない、水が足りない、と気づいて手を打つ。そうやって作物を毎日「見ること」自体が、肥料の一つなのだという教えです。「見る」という「肥やし」で「見肥やし」なんですね。毎日の観察こそが、米作りの大切な手入れということです。
昨今は籾(もみ)を水に浸けてからの積算温度で発芽を計算する時代だそうですが、岩橋さんは3月の彼岸のころに籾を水に浸け、自然の温度に任せて芽吹かせるというスタイル。機械頼りではなく、自然のリズムに寄り添うやり方を、先人の教えの通りに続けてきました。

「植えて100日ほどで穂が出始め、穂がそろってから20日で稲刈りができるという言い伝えもありますが、私の米作りは稲の姿そのものから、時を教えてもらっていると思うんです。今も昔も先人の知恵に支えられています」
岩橋さんの真摯で実直な思いの先にあるのは「安心・安全なお米をおいしく食べてほしい」という願い。さまざまな作業へのこだわりが、お米に込められているんですね。
数字が証明する味を、奥川から東京にも
「稲の姿で時を知る」となんとも農家らしい、格好良い言葉で語ってくれた岩橋さん。先人の知恵は存分に生かしながら、お米の味へのこだわりには“数値”も大切だと語ります。
お米のおいしさを測る食味値では、一般的に70点以上がおいしいお米とされますが、岩橋さんのコシヒカリは、なんと毎年85点前後なのだとか!!恐るべしです。「おいしさってのは、数字にもはっきりと表れますから」と岩橋さんは断言します。
「食味値を測るようになったのは、ここ10年ほどの話ですね。西会津の役場が、食味の機械を独自に購入したこともあって、米が採れたらすぐに持って行って測ってもらうんです。とはいってもね、私は米がうまい・まずいってのは、ほとんど分からないですよ(笑)。ただ、周りの人が食べ比べると、甘みが違う、粘りが違うって言ってくれるんです」
「味の違いはよくわからない!」と屈託なく笑う、おちゃめな岩橋さん。自分の舌ではなく、数字と、食べた人の声を信じる。だからこそ「町の平均食味値である84点以上でないと、自信を持って売り出せない」と力強く語ります。

食味値を計測する以前は、おいしさを数値で確かめる術がなかったといいます。今は、具体的なデータと向き合うことで、自身が手掛ける米への自信を深めているそうです。
この味を多くの人に知ってもらおうと、岩橋さんは東京にも足を運び、積極的にお米をPRしています。表参道で開く「西会津お米ナイト」や、農家を支援し、生産者と消費者をつなぐ取り組み「石高(こくだか)プロジェクト」などのイベントでは、複数の農家の米を同じ炊飯器で炊き、おにぎりにして食べ比べてもらうのだとか。
「私が東京で米のおいしさを語っても、なかなか伝わりませんから、とにかく一回、食べてみてくださいって言うんですよ。そうすれば分かりますから」
味で勝負する岩橋さんらしい、真っ直ぐな伝え方。岩橋さんのお米に魅了された老若男女が会場に多く集まるというのもうなずけます。
「越後会津奥川米」というブランド
岩橋さんの米作りは、奥川という地域そのものを動かしてきました。その象徴ともいえるのが、「越後会津奥川米」というブランドです。

これは、岩橋さん一人のお米ではなく、奥川の農家たちが手間ひまかけて育てたお米を選び、一つのブランドとして届けていく取り組みです。おいしいお米を知ってもらうことはもちろん、その先には、奥川に広がる田園風景をこれからも残していくことも目的とされています。
ブランドの立ち上げには、岩橋さんをはじめ、かつて西会津町地域おこし協力隊で現在も奥川で暮らす長谷川幸志さん、大学の研修で奥川を訪れ、岩橋さんと縁ができた櫻井航介さん(当時、武蔵野大学学生)が中心となって行われました。
奥川でも農家の高齢化や後継者不足、米価の低迷、耕作放棄地の増加といった課題は避けて通れません。米作りを続けたくても、続けること自体が難しくなっている現実があります。だからこそ「越後会津奥川米」の取り組みは、地域の農家がこだわって作るお米に光を当て、きちんと価値のあるものとして販売しようという思いで行われています。
さらに特徴的なのは、その仕組み。農家からお米を買い取り、売上の一部を農家へ還元することで、米作りを続ける力につなげているのだとか。食べる人にとってはおいしいお米との出会いになり、農家にとっては次の米作りへの支えになる。いわば、買うことが奥川の農業を応援することにつながるブランドなのです。
とはいえ、会津は分かるのですが……「越後」とつくのはなぜなのでしょうか?
「かつて会津藩の領土が新潟県の阿賀町周辺まで広がっていた歴史に着目して、米どころとして全国に名を馳せる越後の名を借りて、越後会津奥川米と名付けたんです」と岩橋さん。
おお〜!会津と新潟をつなぐという「ごっつぉLIFE」のコンセプトに通じるものがありますね!
ちなみに、「越後会津奥川米」のパッケージは東京のデザイナーが、題字は書家が手がけてくれたそうです。お米を入れる容器の筒は、クラウドファンディングで資金を集めて製作されました。
ラベルは食味のランクごとに色分けされ、赤の「極」は別格。「米・食味分析鑑定コンクール 国際大会」で三度の金賞に輝いた地元農家の米に与えられる、特別な色です。奥川のある農家が生産したお米は、一度目の受賞時には食味値96点という、ほとんど出たことがないような数字を記録したそう!その方の作るお米だけは、岩橋さん自身も「粘りが段違い」と認めるものだといいます。

また、岩橋さんは「越後会津奥川米」を、あえて「世界一高い米」と打ち出すことにも挑んでいます。3本1万円という贈答用のセットは、決して安くはありません。ですが、その思い切った価格設定こそが、人の関心を引くのだといいます。
奥川の米をただ安く売るのではなく、価値あるものとして届けたい。そして、その価値を農家に還元することで、米作りを続ける力にしたい。そこには、奥川の米のおいしさへの自信と、田園風景を次の世代へつないでいきたいという強い思いが込められています。
人の手から手へ、奥川から都会へと渡っていく岩橋さんのお米。後編では、こうした不思議な縁を引き寄せる岩橋さん自身の歩みと、奥川に人が集まり続ける理由に迫ります。お楽しみに。







