長谷川 怜子 (はせがわ れいこ)さんの自己紹介
幼い頃から絵を描いたり、何かを作ったりすることが好きだった覚えがあります。西洋式磁器上絵付を初めて知ったのは、高校生の時です。大学在学中の1997年から石井逸郎先生が主宰する「SCAN・TIPS」で西洋式磁器上絵付を学んできました。2010年にポーセリンペインターとしてオーダーメイドブランド「Rara iuvant(ラーラ・ユァント)」を立ち上げ、新潟市内の自宅で西洋式磁器上絵付教室「Rara iuvant」を主宰しています。料理とお酒が大好きです!
PROLOGUE
忙しい毎日の中でも、大事にしたい食事の時間。
普段何気なく食べている料理でも、すてきな器に盛り付けると、ハッとするくらいおいしそうに見えたり、何だかいつもと違う食卓のように感じることもあります。
お店で料理をいただく際には、盛り付けや彩りの美しさを、器がより引き立てている……そう感じたことのある人も多いかもしれません。
おいしい料理は美しい器によってその魅力が際立ち、器そのものも料理を盛り付けることで、その存在感や作りの素晴らしさが引き立つように感じます。
そんな、料理と器の切っても切れない関係に迫るべく、今回のお話を伺ったのは器の絵付けをされている、ポーセリンペインターの長谷川怜子さんです。
長谷川さんは、Restaurant ISO(レストラン イソ)のオーナーシェフ磯部さんから「私の料理に欠かせない器の作家さんです」とご紹介いただいた方なのです。
そもそも「ポーセリンペインター」とはどんな仕事をしているでしょうか?
長谷川さんの手がけた器は?磯部さんとのつながりは?などなど、長谷川さんの活動に興味津々です。
長谷川さんが絵付けを始めたきっかけから、作品作りで大切にしていることなど、たっぷりとお話を伺ってきました!
INTERVIEW
繊細な筆使いと独自の図案で描く「ポーセリンペインティング」とは
長谷川さんはポーセリンペインターとして、ご自身のオーダーメイドブランド「Rara iuvant(ラーラ・ユァント)」を主宰し、新潟市内中心に活動されています。現在は新潟市西区にある自宅兼アトリエで、ポーセリンペインティングの教室を主宰し、年に1〜2回ほど手がけた作品の展示販売会を行っています。
「Rara iuvant」の他にも、クラシックバイクやクラシックレーシングカーなどをモチーフにした男性向けの作品ブランド「Rara iuvant Hominis」(ラーラ・ユウァント オムニス)、レストランと料理人のためのブランド「Rara iuvant Coquus」(ラーラ・ユウァント コクウス)の3ブランドを展開。
作品の販売は基本、不定期で行っている販売会とオーダーメイドでの受注のみ。販売会には根強いファンの方々が殺到し、長谷川さんの新作を楽しみにされているそうです。
今回は、普段生徒さんを招いて教室をされているアトリエにお邪魔をさせていただきました。
アトリエはテーブルから壁までグレーを基調とした空間で、テーブルの上には絵付け作業に必要な台や照明、絵の具や筆が置かれています。
こちらでは不定期で生徒さんが訪れ、半日あるいは一日を選んで、器の絵付けを行って、それぞれが作品作りに取り組んでいます。
さて「そもそも「ポーセリンペインター」「ポーセリンペインティング」ってなに?」と思った方、いらっしゃいますよね?私も言葉は聞いたことがあって、ぼんやりとは分かるにしても詳しく説明せよって言われたらまぁず無理……!
ということで「ポーセリンペインター」「ポーセリンペインティング」について、基本中の基本を長谷川さんに教えていただきました。
「まず、器には陶器と磁器があるのですが、ポーセリンとは磁器のことです。ポーセリンペインティングは表面が白くツルツルとした磁器に、専用の絵具で描く上絵付けのことで、何も描かれていない、真っさらな器に絵付けをして、800℃ほどの高温で絵を焼き付けるんです。描くものは一般的には花など自然をモチーフにしたものが多いかもしれませんね」と長谷川さんが差し出してくださったのが、こちらのカップ&ソーサー。
思わず「わぁ〜!」と感嘆。柔らかいタッチで描かれた花々、その淡く優しい色合いにうっとり。色のコントラストや複雑な色の重なり合い、小さな絵に込められたミクロの描写に目が釘付けになるだけでなく、実際に手に持ってみると、何ともいえない優雅で穏やかな気分になってきます。
このカップでコーヒーをいただけば、私もすてきなマダムになれるかしら?なんて、妄想が止まりません(誰か止めてください)。
ポーセリンペインティングとの出会いは、雑誌の1ページから
気持ちがふっと明るくなるような魅力を持つ長谷川さんの器。
長谷川さんはいつからポーセリンペインティングを始めたのでしょうか?
「ポーセリンペインティングとの出会いは、高校生の時でした。たまたま病院の待ち時間に読んでいた雑誌に、日本のポーセリンペインティングの第一人者でもある石井逸郎先生の作品が掲載されていたんです。石井先生はデンマーク王室ご用達の磁器ブランド「ロイヤルコペンハーゲン」で日本人初のペインターとして活躍された方です。石井先生の絵の華やかな世界観を強く惹かれて、私もいつかこんな絵を描いてみたいと思いました。
大学は美術とは無縁の学部でしたが、もともと絵を描いたり見たりすることは好きだったんです。石井先生の器のことが忘れられず、在学中に両親に「お願いだから、石井先生のポーセリンペインティングの教室に通わせてください!」と頼み込んだのが最初です(笑)」。
1997年から石井逸郎さんが主宰する教室「SCAN・TIPS」にて、ポーセリンペインティングを学んできた長谷川さん。新潟と東京を行き来する生活を送りながら筆の使い方から色の勉強などを積み重ね、他のエリアの生徒さんとの交流を通じて、自分らしく、自分好みのポーセリンペインティングとは何か?を追求していきました。
2010年には、オーダーメイドブランド「Rara iuvant」(ラーラ・ユウァント)を立ち上げ、西洋式磁器上絵付教室「Rara iuvant」を主宰。以来、新潟で数少ないポーセリンペインターとして活動をされています。
器は装飾品でなく、食事の時間を豊かに彩る実用品
長谷川さんが手がけるポーセリンペインティングは、花や樹々といった自然のものだけではありません。鳥や魚などの生き物から、バイクや自動車といった乗り物まで実に多彩!
そういえば、Restaurant ISOの磯部さんに見せていただいた器も、海の中をそよそよと泳いでいるようなイカが描かれていましたねぇ。
描くものもその時々で、「これが描きたいな」と思うものもあれば、お客さまからオーダーを受けたものを描く場合もあります。春であれば春のものを、夏であれば夏をイメージするものをモチーフにすることが多いそうです。
また、「私の器は「飾るものではなく、使うもの」というモットーがあり、料理の世界においては、自分の器は「舞台」と捉えているんです」と長谷川さん。長谷川さんにとって、器と料理は切っても切れない関係で、器は芸術品でも美術品でもなく、食事やお茶の時間をよりすてきな時間として楽しんでもらうための「実用品」と考えているといいます。
ちなみに、Restaurant ISOの磯部さんとの出会いは、長谷川さんが新潟市内のフランス料理店を検索して、料理の美しさに惹かれたのがきっかけだったのだとか。
「ひと目見た時に、磯部さんの料理は料理・器のバランス感覚がお見事だと。もうこの方が作る料理には、絶対に私の器を使っていただきたい!と、レストランでの食事を予約し、食事が終わった後に半ば飛び込み営業のような形で磯部さんに器を提案させていただいたんです」。なんと情熱的なアプローチ…!
そう言われてみると、Restaurant ISOの料理と器、長谷川さんの器と絵の余白の間隔、構図のバランスに通じるものがあるような気がしてきました。
色使いと筆使いに個性が宿る
長谷川さんが手がける器を見ていたら、ポーセリンペインティングはどのように絵を付けていくのかも気になってきました。
せっかくなので、絵付けをする様子も見学させていただきました。
「ポーセリンペインティングの筆の使い方としては、書道に通じるものがあるかもしれませんね。まずは、筆の使い方から練習していきます。書道をやっていた方はコツがつかみやすいかもしれません」と見せてくださったのが、細い筆の先に1種類の色を乗せて、筆の力の入れ方・走らせ方で濃淡を出す「お魚ストローク」という筆の使い方。
絵画におけるストロークとは、筆を動かすような躍動感のある筆跡を指すそうです。
ご覧ください、1色だけど濃淡があることで立体的に見えるし、お魚の顔や背びれ、尾がわかりやすく表現されていますよね!?
続いて長谷川さんが描いてくれたのは、バラとドングリの実。色を濃く出したいところ、薄く出したいところで筆跡の強弱を付け、濃淡やコントラストを出していくのだとか。
「ポーセリンペインティングはこのストロークと色を重ねて一つの絵に仕上げていきます。生き物も植物も骨格をベースに描いて、そこに肉付けしていくイメージですね。なので、鳥さんなどの絵もまずは骨格から下書きをして描いていくことが多いですね」。
それにしても地道で手間のかかる作業です!
最後に窯で焼くことで、完全に磁器に色が付くことになります。焼く工程に入るまでは、間違えた場合やイメージ通りの仕上がりにならなかった場合、水を付けてさっと落とせるのだとか。生徒さんでも何度も書き直しをして絵を仕上げていらっしゃるそうです。
「ポーセリンペインティングは、その人の好みの色やモチーフがダイレクトに表れるのが興味深いですね。石井先生の教室には全国から生徒さんやお弟子さんが集まりますが、関西圏や名古屋の方々の色使いはダイナミックだし、ビビットなものが多いですね。その方が暮らす地域によっての違いが表れるのも面白いんですよ!」と長谷川さんは教えてくださいました。
一筆一筆に心を込めた器の数々。
美しい色使いと筆使いで描き出した絵の彩りからは「食事と料理を楽しむひと時を、より豊かに、より楽しくに過ごしてほしい」という、使い手を思う長谷川さんの優しい気持ちが込められているように感じます。
EPILOGUE
新潟の四季を表すスモーキーカラーを持ち味に、豊かな食の時間を描く
時に華やかに時に温かく、料理や食卓にさりげなく華を添える、長谷川さんの器。
その最大の特徴ともいえるのが、鮮やかさの中にくすみが感じられる、独特なスモーキーカラーだといいます。
「これは師匠である石井先生が私の絵を見て言ってくださったことなんですが「あなたは色鮮やかというよりは、くすんだ感じの色合いを好むねぇ」と。私はそれに気付かずに思うように絵付けをしていたのですが、ある時に先生が「新潟の空模様を表しているのかもしれないね」とおっしゃってくださったんです。
新潟の天気といえば、冬はどこかどんよりとして、太平洋側のカラッとした明るさがないですよね(笑)。私が今まで見てきた風景が、そのまま色として表れていることに気付きました。先生はスモーキーカラーと評してくださって、これは新潟で育った私にしか出せない色だと。以来、若干くすみのある色合いを私の持ち味としているんです」。
実をいうと、農家の娘として育ったという長谷川さん。
幼い頃から農家だったお父さんがさまざまな農作物を作っている姿を、間近で見てきました。田植えの前の稲苗や畑に咲いている野菜の花の色や感触、田んぼや畑から感じられた季節の匂いなど、幼い頃から見て感じてきた風景が作風の原点にあるといいます。
「お米や野菜、果物がどれだけ手間暇かけて育てられてきたかが分かるからこそ、食事をする時間を大切にしたいと考えています。
器は主役ではなく、料理にとっての舞台。Restaurant ISOの磯部さんの新潟の食材に対する思いを、私は器という切り口で、料理で新潟の魅力を伝えるのに役立てたらうれしいですね」。
長谷川さんの器を手に取ると、四季折々の風景や空気感が伝わってくるかのよう……。
スモーキーカラーで描く長谷川さんの作品には、私たちが普段何気なくふれている新潟の自然の美しさとどこか懐かしさも感じられます。
Rara iuvantのモットーは「いつものゴハンを、お皿一枚で変えてしまおう。ふたりのお茶を、昨日よりも愉しもう」。
器一つでいつもの風景や時間が、特別なものになる。
長谷川さんの器にはそんなチカラが宿っているように感じます。