長谷川 智子 (はせがわ ともこ)さんの自己紹介
阿賀町上川地区で生まれ育ちました。過去2回、学生の頃にこの地域を離れたことがありましたが、ずっと阿賀町のことばかり考えていました。高校卒業後、父からの勧めで地元建設会社「巴山組(ともやまぐみ)」に入社。その後、父が農協の理事をしていた関係で農協に勤めた経験もあります。1981(昭和56)年に「御神楽温泉 みかぐら荘」ができ、食堂を任されることになりました。食堂を経営することで人を動かす術を学び、より納得のいくサービスを提供するために、1993(平成5)年「御神楽温泉 ブナの宿 小会瀬(こあせ)」を開業。阿賀町では初めての女性経営者となり、阿賀町の応援隊、そしてセールスマンでもあるという意識を持って働いています。
PROLOGUE
清流・常浪川(とこなみがわ)の上流に位置する阿賀町上川地区(旧上川村)。
ブナの原生林に囲まれた自然豊かな環境の中で、「御神楽温泉 ブナの宿 小会瀬(以下、小会瀬)」は営業しています。
宿の魅力は、阿賀町の大自然をありのまま楽しめる多彩なサービス。
料理は、阿賀町の旬の食材を取り入れた豪華ラインナップが自慢です。
自家菜園の朝採れ野菜や自家栽培のコシヒカリ、山で採れた山菜や新鮮な川魚も振る舞われます。
春の山菜料理も気になりますね。
そば打ち職人が地元のそば粉からつくる十割臼挽き手打ちそばも名物。
ガラス越しにそば打ちの様子を見学することができ、事前に予約するとそば打ち体験もできるそうです。
美肌効果が期待できる泉質の御神楽温泉(みかぐらおんせん)。
小会瀬では昼はブナ林で森林浴、夜には満天の星を眺められる離れ式の貸切薬草露天風呂にも入れます。
鳥のさえずりが聞こえてくる和室にこもって何もしないぜいたくを満喫するのもいいけれど、せっかく阿賀町に来たのなら体験しておきたいのが自然の中で楽しむアクティビティーです。
御神楽岳を登る登山者限定プランや、テントサウナを思う存分楽しめるキャンププランまで用意されていました。
おいしい料理、美肌の湯、そしてのびのびと遊べる自然体験――。
阿賀町へ遊びに行きたくなる魅力的なプランの数々はどのようにして生まれたのか聞いてみました。
INTERVIEW
宿の庭で冬キャンプが定番に。
40歳になってすぐに小会瀬をオープンした代表の長谷川智子さん。
同じエリアで営業する日帰り温泉施設「御神楽温泉 みかぐら荘」の食堂で働いた経験が起業につながったようです。
「食堂を経営している中で、より多くの方に阿賀町を楽しんでいただきたいと考えるようになり、小会瀬をオープンしました。
私たちが提供するサービスは、良くも悪くも阿賀町のイメージに直結する。
小会瀬は阿賀町の応援隊であり、セールスマンでもあるという意識で営業しています」
普段から本やニュースを積極的にチェックすることで、最新の話題や専門家の考えを吸収している長谷川さん。
インバウンド需要に注目した外国人旅行客の受け入れ、そして、自然環境を活かしたキャンププランをスタートさせたのも、長谷川さんの発想が原点だったそうです。
「以前から自宅や宿でも、留学生のホームステイを受け入れていたので、海外の方の受け入れには全く抵抗はありませんでした。
先日も、台湾の学校の修学旅行を受け入れられるかと相談をいただいたばかり。
小会瀬には世界各国からお客さまがいらっしゃいます。
キャンププランを始めたのは、うちはキャンプの似合う宿だと気づいたから。
知人から誘われて参加したアウトドア関係の対談イベントで、『小会瀬に必要なのはこれだ!』とすぐに思いました。
屋外ではトイレやお風呂がネックになりますが、うちなら温泉に入れて、宿のトイレも使える。
冬場でも快適に過ごせるように、お湯の出る炊事場をすぐにつくりました」
キャンププランを始めてから長谷川さんを驚かせたのは、冬キャンプ需要の高さ。
「防寒着を着ながらビールを飲んでいる姿が異様ですね(笑)」と笑みがこぼれます。
しかし、キャンパーたちに定着するまでには、長谷川さんとスタッフの皆さんの並々ならぬ努力があったようです。
「キャンププランを追加すると決めてすぐに県内3箇所の施設へ研修にお邪魔しました。
一つ目は、アウトドアの対談イベントでもお世話になった『スノーピーク(三条市)』さん。
その後に、新潟市中央区万代にある『スノーピーク ビルボードプレイス新潟』で道具の使い方を教えていただきました。
最後に、『ロイヤル胎内パークホテル(胎内市)』さんへお邪魔し、以前行われていたお庭キャンプについて、良かったことや課題まで、よく教えていただきました。
皆さん丁寧に説明くださって、本当に頭が下がります」
キャンプ未経験だったスタッフも、アウトドアのノウハウを学んだことで、自力でテントを設営できるまでに成長。
手ぶらでOKのキャンププランは「初心者でも安心して楽しめる!」と好評のようです。
有名観光地とは違う視点で、阿賀町だから実現できる楽しみ方を常に模索していました。
日本一を獲得したどぶろく「金よし」。
小会瀬に宿泊するのなら、旬の味覚が詰まった会席料理と一緒に地酒も楽しまなければもったいない!
阿賀町の地元酒蔵、麒麟山酒造と下越酒造の代表銘柄を飲み比べられる他、長谷川さんのご主人がつくったどぶろくも宿の人気を支えています。
「昔読んだ本に、『日本人の粋な食といったらそばを肴にどぶろくを飲むことだ』と書かれていました。
そこから、宿でそばを提供するようになり、主人と一緒にどぶろくづくりを始めたんです」
日本酒の酒造免許とは違い、自治体がどぶろく特区を取得しなければ製造ができないどぶろく。
役場に通い詰めながら、夫の長谷川金義(かねよし)さんとふたりで難題に挑み続けてきました。
心が折れかけながらも努力を重ねた2007(平成19)年。
ついに、阿賀町がどぶろく特区に認定され、どぶろく「金よし」が生まれます。
「製造にあたり、麒麟山酒造さんに酒づくりの指導をいただいてようやく完成しました。
私から5つくらいネーミングを考えていましたが、旦那が『自分の名前を付けたい』と言うので『金よし』になりました。
うちの旦那のいいところはコツコツ型なところ。
ゆっくりと焦らずに熟成させて、ゆっくり丁寧に作ったことで2019年の全国どぶろく研究
大会で一等賞を取れたのだと思います。
公にはしていませんが、毎年行われる新潟県醸造試験場の品評でも、一番いい評価をもらっているんですよ。
宿にいらっしゃった際にはぜひお楽しみください」
「どぶろくの販売先を増やすために県内外を歩き回ったのもいい思い出」と、懐かしむ長谷川さん。
一緒に邁進してきた夫の金義さんが2023年7月に他界し、少し寂しそうな表情も時折見られました。
これからも金よしは製造・販売されます。
御神楽岳の湧き水と自家栽培のコシヒカリで仕込んだご夫婦自慢のどぶろく。
宿でじっくり味わってみてください。
EPILOGUE
大切にしているのは“優しさ”。
「子どもが大好き!」という長谷川さん自身、3人の子どもを立派に育てたお母さん。
「地域の子どもたちが故郷を好きになってくれるように」と、大人も子どもも一緒に楽しめるイベントを小会瀬では開催しています。
「2023年7月に真夏の夜のビアパーティーを行いました。
200人を超える来場者の中には地元の小・中学校の生徒さんたちもいます。
一昔前は、子どもは宴席には来てはいけないという風潮がありましたが、子どものうちから大人と関われる環境をつくることはとても大事。
子どもが幸せでない地域には、誰も訪れたいと思わないでしょう。
小さい頃にたくさん阿賀町で楽しい経験ができるように、いつも子どもたちと一緒に過ごしています」
地元の小学校の評議委員長や運営委員長、田植えや稲刈りの指導、遠足の引率まで参加しているという長谷川さん。
宿の駐車場には、「やさしさへの思い 人に、動物に、環境に」と書かれた看板がありました。
一緒に働く従業員、地域の人々、宿を利用するお客さんへの優しさはもちろん、
同じ阿賀町で暮らす野生の動物たち、自然環境にも、感謝の気持ちを持って接するのが長谷川さんの信条です。
「私たちが暮らす阿賀町上川地区は、サルも、イノシシも、クマもいる環境ですが、
この環境には私たちが後から入り込んでいるものですから、動物たちに『一緒に共存させてほしい』と、お願いする気持ちで接しています。
その想いが伝わっているのか、動物たちに悪さをされたことは一度もありません。
宿を経営していくことも、自然環境を守っていくことも、
全ては優しさが大事だと信じています」
阿賀町上川地区では、町民一人一人が「川の水を汚してはいけない」という意識を強く持っていると言います。
キャンプに訪れた人たちが食器を洗う炊事場にも個別の浄水装置を設置。
阿賀町の水質を守るため、創業からずっと尽力されています。
「上川には今でも夏になるとたくさんのホタルが見られるんですよ。
『こんなに民家の近くで見られるなんて、現代では珍しい!』とホタルの研究をされている方が宿泊された際に言っていました。
先人たちが築いてきたこの美しい環境、地域への想いを、私は誇りに思います。
阿賀町のあるがままの自然を、これからも壊さず、壊させないように、宿をやっていきたいです」