山と水と人を大切にする、 阿賀町の未来を見据えた酒造り。 麒麟山酒造の挑戦と、そこに込められた思い。

山と水と人を大切にする、阿賀町の未来を見据えた酒造り。麒麟山酒造の挑戦と、そこに込められた思い。

あがまちagamachi
阿賀町出身

齋藤 俊太郎 (さいとう しゅんたろう)さんの自己紹介

阿賀町津川で生まれ育ち、大学進学で東京へ。いずれは津川に戻り、麒麟山酒造7代目として親の後を継ぐことは分かっていたので、「今はいろんな業界を知りたい」と思い広告代理店に就職。5年間勤務した後に戻り、2006(平成18)年に代表取締役社長に就任しました。昔からほとんど変わらない、津川のまち、麒麟山や常浪川(とこなみがわ)の風景が好きです。

江戸時代後期、1843(天保14)年創業の酒蔵「麒麟山酒造株式会社」。その代表取締役社長の齋藤俊太郎さんを、「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」代表の柳沼さんからご紹介いただき(ごっつぉLIFE阿賀町1-1参照)、再び阿賀町津川にやってきました。

こちらは「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」さんと同じく、津川市街地にある旧本社で、麒麟山酒造株式会社「麒麟蔵」(製造所)。お酒造りは今でもこちらで行われています。今回は特別に、中を見せていただきました。

麒麟山酒造さんの「蔵見学」

(多くの仕込みタンクが並ぶ蔵の中。左の階段を上がると下記写真のように、このタンクの上部に行くことができます)
(仕込みタンクの上部。タンクの高さ(深さ)は3mほどあるので、清掃をする際などは縄ばしごを使って中に入るそうです。意外にワイルド!)
(麹室の様子。麹菌が繁殖しやすいよう、常に室温約30度・湿度約60%に保たれているため、雪がちらつく取材当日もこの部屋だけは暑いくらいでした)
(麹室で完成した米麹。「食べてみてください」と勧められ頂くと、噛むたびにじんわりと優しい甘さが広がり、ご飯と言うよりお菓子のようで驚きました)

この写真以外にも用途別のタンクが並ぶ部屋がいくつもあり、酒米を洗って蒸す機械などさまざまな機材も設置されていました。増築・改築を重ね大切に使われてきたことが分かる酒蔵。建物もコンクリートや鉄筋といった新しい顔と、年季の入った木造部分など昔ながらの顔を交互に見ることができます。また、階段を上ったり下ったりと、たぶんひとりでは戻ってこられない迷宮のようでもあり、探検気分で楽しかったです。

今回特別にご案内いただいたこちらの酒蔵ですが、一般の方も見学できるチャンスがあります! それは、2022(令和4)年の5月から開催された、麒麟山酒造さんの「蔵見学」。蔵人さんたちが、蔵の中をぐるっと案内してくださいます。2023(令和5)年以降も開催される予定だそうですので、開催時期が近づきましたら、麒麟山酒造さんのホームページでの告知(「新着情報」欄)をぜひチェックしてください。試飲・お土産付きだそうですよ!

奥阿賀産酒米100%の酒造り

さて、場所を現在の本社に移し、代表取締役社長の齋藤さんにお話を伺います。

麒麟山の脇を流れる常浪川の川岸に立つ、新本社社屋。取材当日はみぞれが降るあいにくのお天気だったのでハッキリとは見えませんが、窓からは麒麟山を望むことができるすてきなお部屋でした。

(取材前に撮影させていただいた、秋の紅葉の時期の同じ部屋からの眺め)

皆さん、麒麟山酒造さんのお酒は、ここ阿賀町津川から半径10kmの範囲内で栽培されたお米、奥阿賀産の酒米100%で造られているってご存じでしたか?これは全国でも珍しい取り組みで、これを達成された2018(平成30)年まで、実に30年もの歳月を要したと言います。

まずはこの「奥阿賀産酒米100%の酒造り」の経緯と、その意図をお尋ねしました。

地元の人にとって、なおロマンチックなものに

「奥阿賀産酒米100%の酒造り」への取り組みは、齋藤さんのお父さま、先代社長が約30年前、1988(昭和63)年頃から、従業員の中に数名いらっしゃった兼業農家さんと一緒に始められたことでした。東京から戻られた齋藤さんは、これを「もっと本腰を入れてやりたい」と思われたそうです。

「地酒って地元に根を張ったお酒で、地元の方に愛されているお酒であるべきだと思っているんです。もちろん当社のお酒も、昔から地元の方が日常的に飲むお酒として愛されてきました。ただ、使っているお米は、地元のものではなかった。これが地元のお米・地元の水で造られ、地元に愛されるお酒になれば、なおロマンチックだな、と」

そう考えた齋藤さん。お父さまが始められていた動きを、加速させます。社長就任の5年後、2011(平成23)年には、「アグリ事業部」を社内に設立。米作りに携わる専属社員を配置しました。

「アグリ事業部」所属部員は「全社員」

酒蔵自ら立ち上げた、酒米づくりの部署。自社の田んぼもあります。ただ専属社員は代表者の1人だけで、その他の所属部員は「全社員」とのこと。

「うちの社員は、全員が米作りをします。経理も営業も蔵人も、全員です。当社は昔から従業員に、“経理であろうが営業であろうが、酒造りには手を出して欲しい。蔵人であるという気概を持って欲しい”と伝え、蔵人以外の社員が酒造りを手伝うこともよくありましたので、たぶん酒米を作るのもその延長線上だと、みんな理解してくれているのだと思います。」

(酒米作りの様子。麒麟山酒造さんご提供写真)

「奥阿賀酒米研究会」の活動と絆

「奥阿賀産酒米100%の酒造り」実現のためには、自社の田んぼでできた酒米だけではもちろん足りません。やはり主力は地元の農家さん。「地元産の酒米でお酒を造りたい」との思いに共感してくださった地元農家さんと1995(平成7)年に立ち上げた「奥阿賀酒米研究会」の活動も、齋藤さんはさらに濃密なものに変えていきました。

「新潟農業普及指導センターの方にご指導いただき、年に7回研修会を開催しています。もちろん夜の飲み会もセットでね(笑)。これで技術的な問題解決と、当社と農家さん、また農家さん同士の絆を育みました」

農家さん同士…もですか?

「これもやってみて分かったことなんですが、農家さん同士って、意外と交流が少ないんですよね。私たちのこの活動が、酒米だけでなく、農業全般の情報交換の場になっているようで喜んでいただいています。また、毎年収穫した酒米を成分分析して、農家さんごとに成績表を出すんですけど…」

成績表!?

「そうです、成績表。最初は嫌がられたんですが、これも良かったようで、農家さん同士の情報交換・アドバイスが増えたんですよ。“どうしたらそうなるんだ”とか“こうしてみたらどうか”とか、お互いにカバーし合うように、みんなでいい酒米が作れるように…という雰囲気・一体感が生まれてきました」

発足時15人だった会員数も、今では倍の30人に。
栽培するお米の一部をコシヒカリから酒米に変えてもらい、その酒米は全て麒麟山酒造さんが買い取る。地元農家さんの安定収入にもつながっています。

このような地元農家さんとの連携と努力が実り、「奥阿賀産酒米100%の酒造り」は2018(平成30)年に実現。会が発足した1995(平成7)年初年度の収穫量は600俵、必要量の6%だったそうなので、これが二十数年で100%になるなんて、すごいことです。関わった方々にとっては、感無量でしたでしょうね。

酒蔵が山の手入れをする理由

地元農家さんとの連携なしには実現しない「奥阿賀産酒米100%の酒造り」。この陣頭指揮を執るため、自ら「社内に米作りの部署を作る」という酒蔵としては異例の動きですが、さらにもう1つ、麒麟山酒造さんの「酒造り以外の活動」があります。

それは「山の手入れ」。
常浪川の上流、奥阿賀の山奥の荒地に、2010(平成22)年から約5,000本のブナと杉を植え、手入れをし、管理されているのです。

「酒造りに水は欠かせません。当社は昔から仕込み水に常浪川の水を使用していますし、酒米ができる田んぼの水も常浪川の水です。なので、この常浪川の水がいつまでも変わらず、キレイでおいしいものであるように、これを生み出してくれている山の手入れをしています。雪解け水や雨水が通る地質によって、川に注ぎ出る湧き水の硬度も変わりますので、できるだけ、変わらぬ山でいてほしいのです」と、齋藤さん。

酒米作りと同じく、山の手入れも社員全員で行ってらっしゃるそうです。

(麒麟山酒造さんの仕込み水として使用されている、常浪川の水。Photo by photoAC)

ラベル変更という大きな変化とその狙い

実は麒麟山酒造さん、2021年3月に大きな変化がありました。代表銘柄「麒麟山」のラベルデザインを全面的に変更されたのです。

(麒麟山酒造公式ホームページ内の「商品紹介」ページ

「私がこちらに戻って来て社長に就任してから、日本国内の日本酒の消費量はずっと右肩下がりです。日本酒を好んで飲む人は、お酒を飲む人の2割。それなのに、未だに業界ではこの2割の人のことばかり考えてしまうんですよね。目を向けなければいけないのは、日本酒を飲まない8割の人の方なのに。この8割の人は“大吟醸”とか言っても意味が分からない、興味がないんです。残りの8割の人にいかに日本酒を選んでもらえるか?興味を持ってもらえるか?それが大切ですよね?それを当社で実現するためには、まずは会社のイメージを変えなきゃだな、と思っていたんです」
と、齋藤さん。

そして、ラベルデザインを一新するきっかけは、ある一言だったそうで…

「“会社のイメージを変えようとしているのに、伝辛(でんから)は変えないのか?伝辛を変えない限り変わらないぞ”と言われて、ハッとしたんですよね。長年ご愛顧いただいているお客さまにとっても、当社にとっても、銘柄ラベルには強い思い入れがありますし、変更することは容易ではなかったのですが、意を決して実行しました」

※「伝統辛口」の略。「麒麟山」の代表銘柄であり「麒麟山」の代名詞・愛称でもある。

「伝辛を変えない限り変わらない」
これは運命の一言ですね。この言葉は誰から?

「それが…、誰だったか、覚えてないんですよね(笑)」

なんと!(笑)
もしかしたら、「天の声」だったのかも…?

「お酒は飲むけれど、日本酒を好んで飲みはしない8割の人」「日本酒に興味ない人」「“大吟醸”とか言っても意味が分からない人」…まさに私です。そしてそんな私が、今回麒麟山酒造さんのホームページを拝見して「全部飲んでみたい」と思いました。
狙い通り!大成功です!!(笑)

ラベルデザインの変更と同時に、レギュラー商品を15種から7種に絞り込み、特別なお酒よりも毎日飲んでもらえる「普通酒」中心の展開に変更したそうです。ラベルデザインもネーミングも、社員みんなで決めたとのこと。お酒の種類ごとに、ラベルデザインも異なります。

「私ひとりで決めるより、みんなで決めた方がいいな、と。何事もそう思ってやっています」
と、齋藤さん。

みんなで決めて実行した、大きな挑戦。これからの麒麟山酒造さんにとって、大きな指針の1つになるのでしょうね。

酒蔵として、地域を愛する者として、地域農業を守りたい

最後に、取材の途中「奥阿賀産酒米100%の酒造り」のお話の中で、齋藤さんが仰っていたことをお伝えします。取材の最後に思い返し、「あぁ、全ての活動・挑戦はここにつながってくるのか…」と納得したお話でした。

「阿賀町の主要産業は農業です。この地域に農家さんがいなくなるということは、この地域に住む人がいなくなるということ。地元の人に愛されるお酒を造っている我々としては、阿賀町にいつまでも人が住み続けて欲しい。だから地域農業が続くことに協力したいんです。地元の酒米で造ったお酒を、我々がもっと売れるようにすることも、ひいては地域農業のためになっていると思うので」

「奥阿賀産酒米100%の酒造り」も、山の手入れも、ラベルデザインの変更も、全てがつながった気がします。ご紹介者の「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」代表の柳沼さんが、「地域の未来を考えて経営されている」と仰っていた理由がよく分かりました(ごっつぉLIFE阿賀町1-1参照)。

齋藤さんは、淡々とクールにお話をされる印象の方でしたが、言葉の端々に地元に対する熱い思いが伝わってきました。実行されていることが、ちゃんと1つの思いにつながっている、めちゃくちゃカッコイイ経営者さんでした!

麒麟山酒造さんのお酒ご購入は、お近くの酒屋さんで

麒麟山酒造さんのお酒は、阿賀町津川の麒麟山酒造さんでは購入できません。お近くの酒屋さんやスーパーなどでご購入ください。取り扱い店は、麒麟山酒造公式ホームページの「販売店検索」から探せます。

伝統辛口はワンカップもあります♪
私もまずはここから!

齋藤さん、ご多忙の中、取材に応じくださりありがとうございました!麒麟山酒造さんの私の中のイメージが変わり、日本酒に対する興味もわいてきました。この記事を読んでくださった方にも、小さな変化が起こりますように!

追伸:「にいがた酒の陣2023」開催決定!

ちょうどこの記事を書いている時に、うれしいニュースが飛び込んできました。

今回取材させていただいた麒麟山酒造の社長、齋藤さんが実行委員長を務めてらっしゃる、「にいがた酒の陣2023」の開催が決定!コロナ禍で中止となっていたこちらのイベント、4年ぶりの開催決定です。2023(令和5)年3月11・12日に、新潟市中央区の朱鷺メッセにて行われます。

たくさんのファンが、その再開を楽しみにしていたこのイベント。SNSなどでは、すでにうれしい声が聞こえてきていますね!イベントについて詳しくは、新潟酒の陣公式ホームページの最新情報をご確認ください。

齋藤さんの特別なこと
阿賀町のおいしいお米と水
それを守る人たち
お腹いっぱい頂きました!
ごっつぉさまでしたー!!

齋藤さんの#マイごっつぉ

麒麟山と常浪川

「麒麟山酒造株式会社」代表取締役社長の齋藤さんにとって特別なこと「マイごっつぉ」は、本社社屋からも良く見える「麒麟山と常浪川」。社名にも代表銘柄の名前にも使われている麒麟山は、阿賀野川と常浪川の合流地点に立つ標高195mの小さな山です。名前の由来は、中国の想像上の動物「麒麟」の姿に似ていることだそうです。齋藤さんにとっては、幼い頃から当たり前のように見てきた景色の1つ。「私の小さな頃からほとんど変わっていないですね。山も川も美しいままです。常浪川は泳いだり、釣りをしたり、1番の遊び場でした」と齋藤さん。取材時に通していただいたお部屋の窓からは、窓枠に切り取られた麒麟山と常浪川を絵画のように見ることができ、齋藤さんや麒麟山酒造の皆さんにとって、この景色が「マイごっつぉ」であることがよく分かりました☺⛰✨山頂までは徒歩30分ほどで登ることができます。実は、昔私も登ったことがあるんです。気軽に登るのにちょうどいい山で、夫と2人、とても楽しかった思い出があります。今度は子どもを連れて行きたいと思います!

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