
榎谷 裕人 (えのきだに ひろひと)さんの自己紹介
佐渡市小木の「民宿又七」を営みながら、漁業、米づくり、小木特産品開発センターの仕事に携わっています。矢島・経島の観光やヨットなどの海洋活動、森林を手入れする活動「森人(もりーと)」にも長く関わっています。
PROLOGUE
「UZU佐渡」の河口晶さんからご紹介いただいた「民宿又七」の榎谷さんを訪ねて、佐渡島の南部に位置する小木町へ。小木町は、江戸時代には佐渡金銀山で産出された金銀の積出港として整備され、北前船の西廻り航路の寄港地として栄えた港町です。海運業の面影を伝える町並みは今も残り、小木町の一部は2024年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

小木港から車で5分ほどの場所にあるのが、矢島・経島(やじま・きょうじま)です。穏やかな入り江に浮かぶ二つの島を赤い太鼓橋が結び、その水面には小木を象徴するたらい舟。
たらい舟は観光体験としておなじみですが、もともとは漁に使われていた舟です。サザエやアワビ、海藻などを獲る「磯ねぎ漁」で活躍し、今もその伝統が受け継がれています。

その矢島・経島へ続く路地沿いに、榎谷さんが営む「民宿又七」があります。地魚やサザエ、自家産の米や野菜も味わえる網元の宿として知られる民宿です。
実は榎谷さん、民宿の主人であり、漁師であり、米農家でもあります。さらに、小木特産品開発センターでも働き、矢島・経島の観光やヨットなどの活動にも関わっています。海、農業、観光、森林の手入れまでも…って、地域でのお仕事を「民宿のご主人」と紹介するだけでは、どうも肩書きが足りませんね!?小木で暮らし、さまざまな仕事や活動に携わる榎谷さん。その言葉からは、地域への深い思いもうかがえます。

そんなわけで今回は、榎谷さんの仕事を追いつつ、仕事と密接につながっている小木での暮らしについても、お話をお聞きしました!
INTERVIEW
漁師、農家、民宿の主人。多彩な仕事の日々
「民宿又七」を営みながら、日々どのように働き、暮らしているのでしょうか。まずは、その多彩な仕事を追ってみることにしましょう。
「朝は海に仕掛けた漁網を引き揚げる網起こしを行って、魚を獲ります。その後は食事をして少し休み、小木特産品開発センターへ行って、事務仕事や打ち合わせをします。それからね……まだまだありますよ(笑)」と榎谷さん。

漁師でもある榎谷さんの一日は、海から始まります。漁は小型定置網、刺し網、サザエ網の三つ。季節や海の状態によって、メジナ、タコ、ヤリイカ、ハタ、タイなど、網に入る魚介も変わるそうです。取材中に見せてもらった写真には、タコやイカ、立派なタイが次々と登場!80センチほどのタイが入ったこともあるそうです。

毎日のように海へ出ているからこそ、変化にも気づきます。以前はあまり見なかったハタが網に入るようになった一方で、ヤリイカは昔より少なくなった感覚があるといいます。ただし、今年はイカが大漁になる時期もあり、単純に「増えた」「減った」とは言い切れないのだとか。
「確かに海が変わったとは感じます。でも、魚は年によっても違いますから、これからどうなるかは分かりませんよ。今考えることは、自分たちに何ができるのかということでしょうかね」
自然を相手にする仕事だからこそ、海の変化を安易に判断しない。その慎重な言葉にも、長く海と向き合ってきた人ならではの実感がにじみます。

漁を終えると向かうのが、小木特産品開発センターです。こちらは、小木の土地から生まれるものが集まる場所で、佐渡産の米や野菜、果物、魚介類などが販売されています。
佐渡の小木といえば、「ビオレ・ソリエス(黒イチジク)」、サツマイモで作った「いももち」が有名ですが、これらも小木特産品開発センターで扱っているそうです。榎谷さんはここで代表を務め、小木の農家から毎日届く農産物の管理・販売や事務作業などを行っています。
さらに、農家でもある榎谷さんは、田んぼでお米も作っています。海・山・陸全てにおいて仕事場があるというわけですね!?す、すごい。

「お米に関しては、宿のお客さんやこれまで活動を通じて知り合った方から『また食べたい』と言ってもらって、島外に送ったりしています。民宿で出している米も、ほとんど自分たちで作ったものですね」(榎谷さん)
海で獲った魚は宿の食卓へ。田んぼで育てた米は、宿泊客や知人との縁を通じて島外へ。一つの仕事が別の仕事へと広がり、そこに人との縁も生まれていく。榎谷さんの働き方には、そんな循環があります。
「もちろん民宿の仕事もたくさんあります。いろいろやっているって言われますけど、やっていたら自然とこうなっただけなんです」
さらりと話す榎谷さん。幾つもの仕事を特別なこととは捉えず、自然体で向き合う。そんな榎谷さんらしい働き方が見えてきました。
両親から受け継いだ、海と人をつなぐ宿
数ある仕事の中で、榎谷さんが本業としているのが「民宿又七」の運営です。民宿を始めたのは、榎谷さんのご両親でした。それも、榎谷さんが県外に進学・就職した後のことで、ご本人の記憶では「今から50年以上前くらいかな?」とのこと。

「もともと父も母も、漁をして百姓をしていました。私含めた子どもたちが家を離れて、家の働き手が減って、二人でできる仕事を考えたんでしょうね」
榎谷さんの記憶では、民宿を始めた頃は離島観光の盛り上がりもあり、小木周辺にも多くの民宿がありました。しかし、その後は観光の波が落ち着き、また宿を営む人たちが年齢を重ねたことで、後継者がいないまま閉じる宿も増えていったといいます。半世紀を超えて「民宿又七」が観光客を迎え続けている背景には、小木の観光の移り変わりも重なっています。
「民宿又七」の食卓には、自分たちの田んぼで育てた米、自家産の野菜、海で獲った魚やサザエなどが並びます。囲炉裏で焼く地魚やサザエ、新鮮な刺身など、小木で獲れる四季折々の食材が、宿泊客に評判です。

「ちなみに、囲炉裏は父のアイデアです。客商売をやりたがったのは、人付き合いが好きだった母親でした。人と関わるのが好きで、祭りの時にもよく手伝いに行くような人でしたから、こうやってお客さんと場を囲んで、交流したかったのかもしれませんね」と榎谷さんはしみじみ語ります。
また、希望する宿泊客には、漁へ同行してもらうこともあるそうです。
「朝早いですから、漁に行けるのは泊まった方くらいですね。魚を獲りに行くけど、一緒に行きますか?と、昔からそんなふうに声をかけていました」と榎谷さん。これまでに何人もの宿泊客が、早朝の漁を体験したそうです。 朝に船を出し、魚を獲り、米を育て、囲炉裏を囲む……お話を聞いていて感じるのは、榎谷さんがお客さんに提供しているのは観光のために用意されたものではなく、あくまで小木の日常の延長線上にあるものだということです。ここでは、宿に泊まることが、小木という土地の暮らしを知ることにもつながっているのですね。
小木の自然とともに山を守り、海に活かす
「民宿又七」を出て、徒歩2分の場所には矢島・経島があります。矢島・経島にも、榎谷さんは長く関わってきました。現在、地域で運営している、矢島・経島のたらい舟体験ですが、かつて榎谷さんご家族で、子どもたちをたらい舟に乗せる体験を行っていた時期があったそうです。

「家族で始めて、5年くらい続けたんじゃないかな。地域でやることになったら渡すという話が最初からありました。その後は地域の運営になって、私は役員として関わってきました」
榎谷さん自身が矢島・経島の観光事業を立ち上げたわけではありませんが、暮らしに根ざしたたらい舟が観光体験として定着していく過程に、長く携わってきました。
「ここは景色がいいし、水もきれいでしょう」。矢島・経島を眺めながら、笑顔で話す榎谷さん。昨今、佐渡金銀山の世界文化遺産登録の影響で、矢島・経島の観光客も以前よりも増えているそうです。取材に伺った日も、国内外の観光客がこの地を訪れていました。取材中、「たらい舟ってどれくらい歴史があるものなんですか?」と突然、観光客に聞かれていた榎谷さんですが、歴史や漁について丁寧に説明する姿が印象的でした。

ちなみに、榎谷さんはヨットやカヌーの活動にも関わっていました。若い頃には仲間たちとウインドサーフィンで海峡を渡り、小木から出雲崎へ、その後は羽茂から柏崎へ向かう活動を通算10年ほど続けたといいます。えー!めちゃくちゃアクティブですね!?
「魚を獲る海、観光客を船に乗せる海、子どもがヨットを学ぶ海、そして、島の外へ向かう海と、いろんな海があるでしょう。だからこそ、海はもっと使っていいと思うんです。漁師なら漁だけ、カヌーならカヌーだけと決めなくてもいい。海っていろんなことができると思います」
漁業だけでなく、観光やスポーツなど、海にはさまざまな活用の可能性があると榎谷さんは考えています。さらに、「豊かな海を守るためには、山の環境を守ることも大切なんです」と榎谷さん。海と山はつながっているという考えのもと、森林保全の活動にも取り組んでいます。

「私が立ち上げに関わった『森人(もりーと)』は、『海を守ることは山を守る』を掲げる活動です。旧小木町学校林のふるさとの森公園で、下草刈りや枝打ち、作業道の整備などの森林管理にも携わってきました。山が荒れれば海も荒れるというのは、漁師にとっては自然な感覚なんです。だから、海だけじゃなく山の自然も大切なんですよ」と榎谷さんは教えてくれました。
民宿、漁、農業、特産品販売、たらい舟、ヨット、森林保全。一見すると異なる仕事や活動も、榎谷さんにとっては日々の暮らしと地続きにあります。
「仕事なのか遊びなのか、自分でもよく分からないところがありますね」と榎谷さんは笑いますが、土地に必要なことをする。面白いと思えば海へ出る。人が来れば迎える。仕事と地域活動をことさら区別しないのが、榎谷さんのスタイルなのでしょう。
後編では23歳で佐渡へ帰ってきた榎谷さんが、会社員として島中を歩きながら家業の民宿を手伝い、やがて小木の海と山、地域の未来へ視野を広げていった半生をたどります。お楽しみに!








