梶原 由恵 (かじはら よしえ)さんの自己紹介
兵庫県神戸市出身です。大学は法学部で、卒業後は名古屋や大阪の法律事務所、経理事務所、介護施設などで働きました。忙しい毎日の中で食生活を疎かにしていて、体の不調を感じることが多くなったのがきっかけで、食から農業に興味を持ちました。今は野菜や果物の栽培を中心に、それらを使った加工品作りもしています。佐渡は父の出身地。昔から訪れるたびに自然の豊かさや、ゆったりとした時間の流れを感じていました。
PROLOGUE
今回は、両津港から加茂湖沿いを走り、まずは海辺の真野方面へ。
そこからさらに南下して、海沿いの道をひたすら走り…両津港から50分ほどの場所にある羽茂小泊(はもちこどまり)。
ここを拠点に、農業を営んでいるのが、Berriesの神蔵さんからご紹介いただいた「カルム農園」の梶原由恵さんです。
「畑と田んぼがある場所は、すごく景色が良いんです。よかったら、畑を一緒に見てみませんか?」と梶原さん。
「ぜひ!」ということで、連れて行ってもらいました。
車一台分の細いあぜ道を登っていくと、そこには……
見てください。この絶景…!
海、畑、田んぼの自然が描く風景は、緑と青のコントラストも見事です。
しばらくそこに立ち尽くしてしまう…そんな美しさがありました。
「県外から佐渡に来て、農業をやる。それだけでも勇気があることだと思いますが、梶原さんは佐渡という場所にこだわって農業を続けている方です。コツコツと努力を重ねて積み上げてきたものが、今、農産物の質や味という部分に表れているなぁと感じています。私にとって、学びがある方です!」と、Berriesの神蔵さんが尊敬してやまない、カルム農園の梶原さん。
どういった経緯で佐渡で就農することになり、今はどんな農作物を、どのような思いで作っていらっしゃるのか、詳しくお話をお聞きしました。
INTERVIEW
食の大切さを“作ること”から考える
梶原さんの生まれは、兵庫県神戸市。
佐渡は梶原さんのお父さんの実家があり、年に1回、お墓参りで訪れるなど、小さな頃から馴染みがあった場所でした。
「高校までは神戸で過ごし、卒業後は名古屋市内の大学の法学部に進学しました。その後は法律関係や経理などの仕事を経験しましたが、農業とは全く縁がなかったんです」と梶原さん。
30歳を過ぎた頃から、食生活の乱れによる体や心の不調を感じる機会が多くなり、生活を見直す機会があったといいます。
「仕事終わりは、駅前で簡単に食べて帰る…そんな生活を続けていたら、なんだか体に力が入らない、気だるさを感じることが増えていったんです。それを機に生活を見直そうと思って、まず改めたのが食生活でした」。
それからは食材を見る目が変わり、安心・安全なものか、どんな製法で作られているものか、それが明確にされているものかどうかが、素材を選ぶ基準になっていきました。
「小さいながらも自分たちの手で畑をやっている親戚から、野菜や米をもらう機会があったのですが、丁寧に作られている農作物は、普段何の気なしに買う食材とはやっぱり味や風味が違うように感じました。
今までは気にしていなかったことですが、食生活を見直すことで、誰がどういうやり方で作っているかは、食生活そのものに関わってくるのだと思いました」。
そこから梶原さんが関心を持ったというのが“農業”。
当時、愛知県で暮らしていた梶原さんですが、職業訓練として農業大学校の一部で農業を学び、農産物が育っていくエネルギーや旬の味わいを体感したそうです。
「農業は未知の世界でしたが、農業を学ぶことで、この野菜は栽培している最中にこんな花が咲くんだとか、こんなふうに実を付けていくのかと、今まで見たことがない成長過程に感動したんです。それと同時に、その感動を誰かにも体感してほしい、そんな思いも生まれました」。
梶原さんが生まれ育った兵庫県は、おいしい農産物と多様な生きものを育み、コウノトリも住める豊かな環境づくりを目指す「コウノトリ育む農法」に取り組んでいます。
せっかく農業をやるなら、「コウノトリ育む農法」のように自然環境や生き物に配慮した農法がいいと梶原さんは考えました。
そう考えた時に、自然や文化に触れ合えつつ、ロケーションが良い場所がいいと選んだのが、幼い頃から馴染みがあった佐渡だったのです。
佐渡の魅力は人のつながりと豊かな土壌にある
梶原さんが佐渡に移住したのは、2014年のこと。
移住と共に就農し、最初は農業を行う会社の会社員として、佐渡の暮らしをスタートさせました。
移住後は各地で農業を経験し、地域の農家の方々から指導してもらいつつ、本やネットで知識を得ながら独学で勉強。
2017年に佐渡の最北端にあり、海に近い鷲崎で「カルム農園」を立ち上げ、2020年からは羽茂小泊に拠点を置いて活動されています。
「私が最初の頃に農業をしていた場所は、海からの風が強いという場所柄、農作物の病気が蔓延しないというメリットがある一方で、塩害があることもありました。一人でいろんなものを作ることには限界があったこともあり、毎年、作るものを少しずつ変えながら取り組んできました。今はサンマルツァーノトマトや柿、ニンジン、ミカン、ショウガ、山椒、トウガラシ、ユズなどを中心に栽培しています」。
梶原さんが就農時に参加していたというのが、若手農業者が地域で交流する「4Hクラブ(農業青年クラブ)」。この組織のプロジェクト活動で作った「4味唐辛子」が縁で始まったのが、スパイスの栽培と販売です。
「当初は農閑期の収入につなげるためもありましたが、島内でスパイスを作っている人があまりいなかったこと、北から南のものまでいろいろな農産物を栽培できる島で、全て佐渡産の七味唐辛子を作れることで佐渡をPRできるのではないかとも考えました」。
トウガラシやユズ、ミカンなどを加工してパウダー状にしたスパイスセットは、今やカルム農園の看板商品。
佐渡市のふるさと納税の返礼品として利用されるなど、梶原さんの地道な農業と確かな品質が、多方面からの評判を得ています。
ごっつぉライターも山椒パウダーを購入させていただきました。
まず驚いたのがその香り。
袋を開けた途端、ぶわっと山椒の力強い爽やかな香りが鼻を抜けるのです。
試しに家で作った麻婆豆腐にかけてみましたが…市販のスパイスとはひと味もふた味も香りと風味が違う…と文章で読んでもイメージが湧きづらいと思いますので、ぜひ、購入して味わっていただきたいです!
「最近は佐渡島内の飲食店やお菓子屋さんともご縁が増えてきました。莚CACAO CLUBさん、新穂青木おやつ店さんにもスパイスを使っていただいています。Berriesの神蔵さんにはサンマルツァーノトマトでジャムを作っていただき、私が作ったものを皆さんの手でおいしい食べ物に変えてもらえることが、農業のやりがいにもつながっています」。
Berriesの神蔵さんとは佐渡の農業女子の集まりで知り合ったそうで、「神蔵さんは就農者がきちんとお金を稼げるようになるにはどうしたらいいかを、一緒に考えてくれる方です。心強い存在です!」と梶原さんは語ります。
佐渡は農業を続ける上で、豊かな土壌と人のつながりを兼ね備えた場所であり、真摯に農業に向き合える場所だと、梶原さんは教えてくださいました。
EPILOGUE
多様性のある農地と食を囲む風景を大切に
田畑と共に海を眺める、梶原さんの農園。
散策させていただくと、畑や田んぼのところどころに雑草が生え、きちんと農園として整備されているというよりは、自然そのものの風景が生かされているように感じました。
「雑草って普通は煙たがられるものだと思いますが、私の農業にとっては、けっこう大事な存在なんですよね。農作物の風除けになってくれたり、干上がった土地には潤いを与えてくれたりと、逆に水はけの悪い場所は水を吸い上げてくれたりと、いろんな役割を果たしています。治水が必要であったり、農業をやるのに難しい土壌だとは思うのですが、いろんなものを育てているからこそ、多様なものが共生し合う場所だと感じています」。
農薬や農作物に栄養が早く届く化成肥料に頼りすぎると、土中に必要な微生物まで失われて土が痩せてしまい、長期的に見てメリットがないのではないかと考える梶原さん。
農薬は状態を見ながら必要最低限に抑え、自然に近い形で栽培を行うことにもこだわっています。
さらに、農作物の基盤となる土づくりにも力を入れ、肥料には加茂湖で取れる牡蠣の殻や佐渡⽜の糞の堆肥、水はけや通気性が良いとされるもみ殻燻炭などを使用。
佐渡で取れる豊富な資源を余すことなく利用し、資源循環にも配慮しています。
「農園からすぐの場所に、農産物の直売所と加工所のオープンを予定しています。ゆくゆくはこの風景と農業を一緒に楽しめる農業体験なんかも考えていきたいですね。食の大切さ、安心安全な食材で食卓を囲む喜びを、この場所からも発信していきたいです」と梶原さん。
梶原さんが手がけていきたいと語るのは、多様性のある農地と食を囲む風景。
苦労は多いと言いますが、自然と向き合いながら行う農業は、まさに梶原さんが農業を始めようと思った頃に思い描いていたものだといいます。
羽茂小泊という場所で、梶原さんの思いがどのような形で実を結んでいくか。
梶原さんが作るもの、描く景色がますます楽しみになりました。