本間 尚子 (ほんま しょうこ)さんの自己紹介
1977年に両津で生まれ、2003年に佐渡に戻って版画を始めました。版画を始めて20年近く経ちますが、光栄にも佐渡市展で特別賞をいただいたり、個展やグループ展も定期的に開催しています。最近ハマっていることは、影や空を見ること。趣味はお菓子作り、本や漫画を読むことです。山や畑に行ったりしながら、のんびり佐渡で暮らしています。
PROLOGUE
「版画」と聞くと、「あ〜小学校の時にやった!」と言う方、多いのではないでしょうか?
木板やゴム板を彫刻刀でひたすら彫って、真っ黒のインクを塗って、紙にペタ〜っと押して作る、あれです。
そんな思い出の片隅にある版画。
それをいい意味で、思いっきり覆してくれたのが、Berriesの神蔵みゆきさんからご紹介いただいた版画家の本間尚子さんの作品です。
最初に見た時は、“絵”だと思ったんです。
「どうやってこんないろんな色を出すんだろう」。
真っ黒の版画しか知らない私は、カラフルな色の版画に目を奪われました。
見ているだけでなんだか心が温かくなってくるようなタッチ。
複雑な色の重なり合い、一体どのようにして作られているのか。
その制作過程にも興味津々!
「ほんわかしているようで、訴えかけてくるものがあるんですよね」と 神蔵さん。
自然や生き物など、さまざまなものをモチーフにして、優しさと力強さを兼ね備えた本間さん独自の版画。
版画を始めたきっかけや、版画への思いを語っていただきました。
INTERVIEW
幼い頃から身近だった版画の文化
本間さんは版画家でありつつ、佐渡で代々続くお寺の住職の奥さんであり、3人のお子さんのお母さんでもあります。
お寺の仕事や家事・育児の合間を縫って、版画を制作されています。
今回、特別にアトリエにお邪魔させていただきました。
ここには版画に使う彫刻刀や絵具、これまでに手がけた版画がズラリ。
額装されて大切に飾られています。
一つ一つ違う絵柄、違う色合いで、「これは何がモチーフなんだろう?」と、じっくりと見入ってしまいました。
「1日のうち3〜4時間は版画制作の時間に当てています。すんなり進むこともあれば、全く気分が乗らなくて、ボーッと過ごす日もありますよ(笑)」。
そんな時は、お子さんたちと近所を散歩したり、音楽を聞いたりしながら、自分のペースで版画に取り組んでいるのだそうです。
実は佐渡、「版画の島」ともいわれているのをご存知でしょうか?
佐渡出身の版画家であり、高校教師も務めた故・高橋信一さんが「佐渡を版画の島に」という願いで開館した「佐渡版画村美術館」をはじめ、その意志を受け継いだ何人もの版画家が今も島内に多くいらっしゃるそうです。
「私の父もその一人なんです。父は高橋先生に版画を教わった弟子で、国内最大級の公募展覧会「国展」を運営する「国画会」の会員の一人として、今も版画を彫っています。そんな父の姿を見て育ったので、版画の出会いは生まれた頃にまで遡ってしまうかもしれません(笑)。小さい頃から版画が身近でした」と本間さん。
本間さんのご実家は両津の看板屋さん。
看板に塗装をする場所の床に、いろんな色のペンキが飛び散っているのを見て「綺麗だなぁ」と思っていたそう。
描いたり作ったりすることに興味を持って、大学は美術大学に進学。
芸術学部芸術学科に所属していましたが、美術史や色彩学といった学問をはじめ、油絵や陶芸、デザインなど幅広く学びました。
「版画とは程遠い生活でした(笑)。卒業後に学芸員として働きましたが、学ぶ芸術よりも“私は何か作ることがしたい!”と思ったんです。学芸員の仕事は1年半ほどで退職して、佐渡に戻りました。戻ってみると、昔と変わらず熱心に版画に取り組んでいる父がいました。
父と同世代の皆さんも、本当にみんな版画に一生懸命。高橋信一先生の意志をつないでいきたいのはもちろん、版画が楽しくて仕方がないという方々ばかり!そんな皆さんからも刺激をもらいました」。
佐渡に戻った2003年。
そこに変わらず根付いていた版画の文化を肌で感じ、本間さんの版画家としての活動が始まりました。
版画には人柄と木の良さがにじみ出る
実家で看板制作の仕事を手伝いながら、少しずつ版画制作に取り組んでいったという本間さん。
「木も好きだったし、彫るのも好き。それに職人的な世界。私の好きなことにマッチしていると感じました」と当時を振り返ります。
2008年に結婚するまでの5年間は、積極的に版画制作に取り組みました。
「最初の頃は、例えば、木や花、生き物であったり、形でそのものが想像できる具象的なものを版画にすることが多かったかもしれません。原画の絵は、完全にひらめきです。でも、版画を続けていくにつれて、自分の中の感情やその時々の気持ちが版画の中に入っていくような感覚になっていったんです。これは私の中の成長でもあると考えていて、心の中を版画で自由に表すようになりました」。
それからというもの、本間さんの版画は抽象的な表現と風景やものなどを絡めた、独特な世界観を発信しています。
そして、興味深いのが版画の作り。
版画というと1枚の木版を彫って1色のインクで仕上げる単色木版画をイメージする人が多いかもしれませんが、本間さんの版画は複数の木版を彫って、複数の色を重ねて刷る複色木版画です。
「私はシナベニヤ板を使うことが多いのですが、シナベニヤは木目が少なくて彫りやすいんですね。あえて木目を出したい時は杉板を使ったり、出したい絵柄によっても木版は変えています」。
版画を作る手順としては、まずは原画となるイラスト描きからスタート。
それに色を付けて下絵の大枠を決め、下絵をカーボン用紙とトレーシングペーパーを使って刷る色ごとに木版に書き写し、それを彫っていきます。
さらにそこに筆や刷毛を使ってポスターカラーや版画絵の具で色を塗り、1版ずつ和紙に刷ります。
その際には、色の重なりを考えながら、色や線がつぶれてしまわないように、考えながら刷っていくのだとか。
む、難しそう…!!
「少ない色数だと3色くらい、多いと6色ほどになります。それだけ木版を彫る回数も増えるので大変といえば大変です(笑)。繊細な線や色合いを出すためにも、刷る順番を考えるのは大事ですね。色の付いた木版を重ねていくことで、予想しない見え方や仕上がりにあるのが面白いんですよ」。
1枚の木版は裏表を使って2版作るなど、材料を無駄遣いしないというのも本間さんのこだわりです。
1枚の版画につき、刷るのは10枚ほど。
作品の左隅に書かれた「1/10」という数字は刷った枚数、A/Pと書かれたものはアーティスト・プルーフと呼ばれるもので本間さんが保管しておく1枚なのだとか。
刷る枚数が多くなると、木版の状態や色の乗り具合が変わり、同じクオリティーを保つのが難しくなるため、本間さんは大体10枚前後と決めているのだといいます。
「最初の頃は、断然、版画よりも原画の方がいい仕上がりなのにと思っていました。けれど、トライ&エラーを繰り返すことで、その時の温度や湿度にも仕上がりが左右されることもあったり、彫り残した部分に思ってもみなかった味わいが出たりと、徐々に版画の奥深さを感じてきました」。
版画は絵画とは違って、絵と人の手の間に木版がありますが、使う木版や色、彫り方一つでも「作る人の人柄や性格が木を通して、紙ににじみ出るのも面白い!」と本間さんは教えてくださいました。
EPILOGUE
佐渡の自然と日常を創作の糧に
ポストカードサイズから、大きなものだと1m四方のものまで、本間さんはさまざまなサイズの版画を手がけています。
版画の原画をモチーフにした手ぬぐいもあり、トキの絵柄は地元の方々に喜ばれているそうです。
本間さんが作った版画やポストカードは、神蔵さんの「Berries」をはじめ、佐渡観光交流機構 相川観光案内所や佐渡版画村美術館、両津港にある「maSanicoffee」、小木のカレーとパフェのお店「のらねこ」で委託販売を行っています。
「神蔵さんとの出会いは、神蔵さんが私の版画を見かけて、ジャムのパッケージを依頼してくださったことがきっかけでした。ジャム作りとブルーベリーの栽培に打ち込む神蔵さんや周りの皆さんを見ていると、佐渡って何かに打ち込むのに良い場所なのかなとも感じています。私も版画作りに煮詰まると、草むしりをしたり、ちょっと畑作業をしてみたり、自然に触れてリフレッシュしています」。
本間さんと神蔵さんは、2023年12月2日から4日までの3日間、「Berries」で展示会「光合成」を開催します。
「光合成」は洋裁家の木村澄子さんの服や小物、本間さんの版画が展示される毎年開催の展示会で、3回目となる今回のテーマは「White Christmas」。
作品の展示だけでなく販売も行っているので、ぜひ足を運んでみてください!
「父の影響もあって始めた版画ですが、佐渡で版画を広めた人たちの情熱ってすごいんですよね。高橋信一先生の本を読むと、その熱さに思わず涙ぐみそうになります。
父の師匠であった高橋先生の版画運動を受け継ぐ方々の高齢化があり、昔に比べると版画の文化は薄れてきているのかもしれませんが、せっかく生まれた佐渡の版画文化です。これからも私なりのやり方で、佐渡に版画を伝えていきたいです」。
実は本間さん、お子さんたちが通う小学校で版画の講師を担当されたこともあり、小さな規模でも地域の子どもたちに版画文化を伝えていきたいと取り組んでいます。
その思いが早速、身近に伝わっているのを感じるそうで…
「これは、3年生の次男が私の誕生日に作ってくれた版画なんです。佐渡といえばトキだし、大胆な絵柄もいいですよね。やってくれたなぁ!と一目見て思いました(笑)子どもたちは3人とも版画やシルクスクリーンに興味があるようです。
佐渡の自然の豊かさは創作意欲にもつながりますし、人と程よい距離感でつながれる規模感もちょうどいいんです。都会にはない魅力だと思います。私にとって版画を作っている時間は、とにかく幸せな時間ですね」。
田んぼ道を散歩してアイデアが膨らむこともあれば、洗濯物を干しながらお子さんたちの靴下の色の並びで原画のひらめきを得たり…。
本間さんの版画への思いに奥底には、佐渡の豊かな自然、何気ない風景と日々の小さな幸せがぎゅっと詰まっている。そんなふうに感じます。