新潟市北区の農家レストラン 「ラ・トラットリア エストルト」を支える タカギ農場の4人きょうだい。

新潟市北区の農家レストラン「ラ・トラットリア エストルト」を支えるタカギ農場の4人きょうだい。

にいがたniigata
新潟市出身

タカギ農場の自己紹介

私たちの父、髙橋治儀が昭和60年代からトマトの節水栽培に取り組み、甘味の強い「フルーツトマト」を誕生させました。1995(平成7)年に法人化。2000(平成12)年には6次産業化※のさきがけとして、キッチンカーによるイタリアンレストランをスタート。2003(平成15)年からの一時休業を挟み、業態を大きく変えて2016(平成28)年、現在の農家レストラン「ラ・トラットリア エストルト」開店。2019(平成31/令和元)年、父が会長に就任し、長男真之介が代表取締役社長に。4人の兄弟姉妹(写真には3人しか映っていませんが、もう1人次男がいます)で役割分担をし、減農薬・減化学肥料栽培で育てたおいしい野菜を、「産地直送」ならぬ「産地直食」していただけるよう頑張っています。

※「6次産業化」とは、農林漁業者(1次産業)が、農畜産物・水産物の生産だけでなく、食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも取り組むこと。「6次」の「6」は、農林漁業本来の1次産業だけでなく、2次産業(工業・製造業)・3次産業(販売業・サービス業)を取り込むことから、「1次産業の1」×「2次産業の2」×「3次産業の3」のかけ算の答え「6」を意味しています。

フリーアナウンサーの廣川さんが「大好きです!」とご紹介くださった、新潟市北区にある農家レストラン「ラ・トラットリア エストルト」さん(詳しくは「ごっつぉLIFE新潟市2-1」を参照)。初めはレストランの代表の方にお話を…と思い連絡を差し上げたのですが、実はタカギ農場を営む髙橋家の兄弟姉妹4人が、レストラン・農場・直売所・法人(経理)と、それぞれ役割分担をして運営されているとのこと。

ごきょうだいが4人いらっしゃることも珍しくなった今の時代に、4人全員そろって、お父さまが立ち上げられた事業を引き継がれていることに興味が湧き、4人全員にお話を伺うことにしました。(冒頭の写真におひとり足りないのは、どうしても次男さんが間に合わなかったため。次男さんは最後にご登場くださいます!)

(レストランの外観)

稲刈りが終わった後で目の前の田んぼは少し寂しいですが、この日も店内は大賑わい。たくさんのお客さまが、ランチを楽しんでいらっしゃいました。レストランの建物は宮大工さんに建ててもらったそうです。広々とした田園風景が楽しめるよう、ぐるっと3方向ガラス張りです。

私ごっつぉライターも頂きました!廣川さんはピザやパスタをご紹介くださっていたので、私はカレーをチョイス。このカレー、スパイシーなんですがトマトがたっぷりで「あれ?トマト食べてる?」と途中から混乱するくらい(笑)。サラダを始め、とにかくお野菜がおいしい。タカギ農場さんの代名詞「トマト」があちこちに使われていて、トマト好きな方にはたまらないと思います。エストルトさんのおいしさの秘密は、自家製の新鮮なお野菜をふんだんに使っていることにあるんですね!

取材はお昼の営業を終えられた後、順番にお話を伺うことに。
まずは2019(平成31/令和元)年に代表取締役社長に就任された、長男の髙橋真之介さんが来てくださいました。

10代の頃、イタリアンシェフから教わった調理

長男の真之介さんが担当されているのは、レストランとソーセージなどの加工品。自ら調理もされる、オーナーシェフです。

もともと、タカギ農場のトマトを使ってイタリアンの提供を始めたのはお父さま。お父さまは調理されず、シェフを雇い、キッチンカーで料理を作って、ビニールハウスの中で食べてもらうスタイルのレストランとして開業されていたそうです。店名は今と同じ「ラ・トラットリア エストルト」。「トラットリア」はイタリア語で「食堂」、「エストルト」はイタリア語の「エスト(東の)」と「オルト(菜園)」とを合わせた造語で、当時の従業員さんと一緒に決めた名前だそうですよ。

この時、キッチンカーのシェフの元で調理を始めたのが、当時まだ10代だった真之介さん。

「その頃、私はまだ17歳で、高校を中退した頃でした。父から“手伝ってくれ”と言われて、キッチンカーでの調理の手伝いを始めたんです。この時のシェフがとても良くしてくれて、一気に調理の世界に魅了されました。生きがい・やりがいを得た感じですかね。数年後にこのキッチンカーとビニールハウスでのレストラン営業は終了してしまったので、その後は新潟市内のレストランや居酒屋の調理場で腕を磨きました」

新潟市内で料理人として働き、改めて「タカギ農場の野菜はおいしい」と感じた真之介さん。直接野菜を仕入るために、タカギ農場にはよく足を運んだそうです。

何度も言われた「もうレストランやってないの?」

そんな真之介さんが農場でよく出会ったのは、「あれ?もうレストランやっていないの?」と尋ねる人。キッチンカーで調理してビニールハウスで食べてもらうスタイルのレストランを辞めたのが2003(平成15)年。それから何年経っても、こうやって尋ねてくる方が後を絶たなかったそうです。

(今でもビニールハウス脇に停めてある、キッチンカー)

「聞かれるたびに、またやりたい、またやらなきゃな、と思いました」

と、真之介さん。

同じ思いをお父さまもお持ちで「いつかは…」と思い続けて10数年、ついに2016(平成28)年にタカギ農場直営のイタリアンレストラン「ラ・トラットリア エストルト」が復活しました。キッチンカーの時と同じく、畑のすぐそばで、畑で採れた野菜を使って料理を提供する「地産地消」ならぬ「地産地食」のスタイル。大切に育てた野菜を、最高に新鮮な状態で提供できる理想の形。これがエストルトさんのおいしさ秘密・こだわりなのです。

真之介さんが戻って来られたのは、この数年前。

「ソーセージなどの加工品を担当していた社員さんが辞められるとのことで、父から“加工品を手伝って欲しい”と言われて戻ってきました。農業はやりたくなかったので、加工品ならいいかなと(笑)。その流れのまま、レストラン担当になりました」

父への感謝と苦悩

「レストラン、正直、この規模は大きすぎるだろうと思いましたけどね。父が決めて進めちゃって。だいたい私たち家族へは、事後報告ですからね(笑)」

と、真之介さん。

「ただ、お客さんがこうやってたくさん来てくださるのも、タカギ農場の野菜のブランド力も、全て父のおかげなので感謝しています。…が、“大変なことをしてくれたな”という気持ちもあります(笑)。始めたは良いけれど、その後、継続していくのが大変ですからね」

目下の悩みは人手不足。兄弟姉妹4人と従業員みんなで、レストラン・農場・直売所が協力し合って、人手不足を補っているそうです。別々の仕事をしていたけれど、徐々にタカギ農場へ戻り、今では全員そろって家業に携わっている4人きょうだい。

「他のごきょうだいへ思ってらっしゃることは?」とお尋ねすると、

「感謝しかないです」

と、一言。
これまでのご苦労とごきょうだいへの信頼がにじみ出る、素敵な一言です。

「みんなでやるしかない」

次にお越しくださったのは、長女の髙橋舞子さんと次女の髙橋瞳子(とうこ)さん。
おふたりとも、前職は農業とは全く関係のない仕事をされており、舞子さんは2016(平成28)年、瞳子さんは2019(令和元)年にタカギ農場に入社。おふたりとも、もともとは帰ってくるつもりはなかったと言います。

「もう、今となっては、みんなでやるしかない…って感じです(笑)」

と、笑うおふたり。

舞子さん(写真左)は、経理担当。瞳子さん(写真右)は、直売所担当。おふたりとも、その道に詳しいわけではなく、帰って来てからの新たなスタート。

「私は経理系の学校は卒業しているんですが、実務経験がなくて。なので、前任の叔母に付いて必死に覚えました」

と、舞子さん。

「私は飲食業の経験はあったものの、生鮮食品を扱うのも初めてでしたし、“タカギ農場”や“エストルト”のブランドを背負っての直売所運営という部分で、プレッシャーも感じていました。今でも他のお店を見て、POPや陳列を真似するなど、手探りで進めています」

と、瞳子さん。

経理をしながら袋詰め、直売所を運営しながら農作業

レストランも農場も直売所も、同じ敷地内にあるタカギ農場さん。この全てを1つの企業として運営しているため、兄弟姉妹や社員さんに役割分担はあっても「それだけをしていれば良い」という訳ではありません。

経理担当の舞子さんは…

「経理の傍ら、トマトの袋詰めなど出荷の手伝いをしています。前任の叔母もやっていたので、それを引き継いでいる感じです」

直売所担当の瞳子さんは…

「直売所の運営をしながら、農作業を父と一緒にやっています。お米・トマト・イチゴの3大柱は農場担当の次男が、その他のレストランで使う野菜や直売所に並べる野菜は父と私で育てています」

ひとりで何役もこなさなければならず大変そうですが、おふたりとも淡々と話されるのがスゴイ…。6次産業化した農家さんにとって、ひとりで何役もこなすことは特別なことではないのかもしれません。最初から最後まで見届けることができるやりがいや楽しさが、みなさんを支えているんだろうな。

農作業を通じて湧いた、父への尊敬の念

お父さまと農作業をしている瞳子さん。毎朝10時の直売所開店前に畑に行くそうです。

「農作業をしながら父とよく話すようになって、改めて、父は元気な人だな、やりたいことがいっぱいある人なんだな、と分かり、うれしく思うようになりました。有機栽培にこだわって農業を続ける姿・考え方も、土に触れながら話を聞くと言葉がスッと入ってきますし、尊敬しています」

また瞳子さんには「クッション」としてのお役目もあるそうで、お父さまがいろいろと考えてらっしゃることをやんわりとお兄さまに伝えたりすることも。

「特に父と農場長の次男はよくぶつかるので、これも私の役目かな、と(笑)」

と、瞳子さん。

次男さん、この後お話を伺えるので楽しみです(笑)。

瞳子さんが運用されている公式インスタグラムには、レストランのことだけでなく、畑の様子もUPされていますので、ぜひ見てみてください。

タカギ農場・エストルト公式インスタグラムより)

タカギ農場の3本柱を任された次男さん

最後に登場してくださったのは、次男の髙橋泰道さん。タカギ農場の3本柱である、お米・トマト・イチゴの栽培をお父さまから引き継ぎ、任されています。

「任されて…るんですかねぇ?」

と、笑う泰道さん。

あ、あれ…?でも、農業大学校を卒業されて、4人きょうだいの中で1番に家に戻り、お父さまと一緒に農業に就かれたと聞きました。お父さまと一緒に作業された時間も長く、農場に関しては「任せた!」という感じなんですよね?

「そう…ですね。でも、私、おやじと喧嘩して、2回出て行ってるんで」

と、今度は豪快に笑う泰道さん。

なるほど。これは、おふたりの間に入る「クッション役」瞳子さんの重要性が良く分かります(笑)。

タカギ農場さんには、他にも従業員さんがいらっしゃいます。泰道さんが20歳で就農された時も、お父さまではなく従業員の先輩社員さんについて農業を始めたそうです。

「経営者と現場の目線ってやっぱり違うじゃないですか。そういう部分で父とぶつかることが多かったように思います。でも2回出て行って、違う企業で働いて、今は良かったと思っています。やっぱり他の会社は経験した方がいい。社会の仕組みも分かるし、会社の回し方も分かるから」

確かに、タカギ農場の髙橋家の4人きょうだいさんは、皆さん別の会社を経験済なんですよね。泰道さんの仰る通り、みんな他の会社を知っているから、企業として経営するタカギ農場が上手く回っているのかも。

野菜はそもそもおいしい、農家のばあちゃんは元気

「野菜って、そもそもおいしいものなんですよ。地元の旬の野菜を食べれば、だいたいおいしい。無理して食べるもんじゃないんです。地元の旬の野菜を食べることで、自分たちの食を守っていくことにもつながる。だから、地元の方々においしく食べてもらえる旬の野菜を、自分がおいしいと思える野菜を、これからも作っていきたいです」

と、泰道さん。

「あとは、農家のばあちゃんって、みんなニコニコして元気なイメージなんですよね。うちのばあちゃんも、亡くなる2日前までピンピンしていて、自分でお風呂も入ってたんで、私もそんな風に生きたいなと」

法人化され、大規模農場を経営されているタカギ農場さん。その農場の総責任者である「農場長」の泰道さんの言葉に、どこかホッとしている私がいました。経営や効率も、もちろん考えてらっしゃるのだとは思いますが、農家としての素朴な喜び・将来像にほっこりしました。

「おいしいものが食べたいという欲求は人間の根源的な欲求なので、農業はなくならないと思うんです。そんな人間の根源に関わる仕事に就けて、お客さんに喜んでもらえて、農家って幸せです」

レストランも直売所も経営されているタカギ農場さんだからこそ、お客さまの喜びが直接目に見えて、感じられて余計にうれしいでしょうね。

「うちがレストランを経営する理由は、“産地直送”ならぬ“産地直食”を実現するためです。おいしい野菜を作り、その野菜をその場で食べてもらい、食べた方の笑顔が見られる。農家として、これほどうれしいことはないです」

(レストランのすぐ横に広がるタカギ農場のビニールハウス。春にはイチゴ狩りもできます)

きょうだいで上手く仕事をやっていくコツ

ここまで4人、順に登場いただきましたが、それぞれの方の取材の最後に聞いた「きょうだいで上手く仕事をやっていくコツ」を、ここで発表したいと思います!

長男、真之介さん。

「我慢(笑)。家族だとつい言い過ぎてしまうことがあるので、気を付けています。基本的には、部門ごとに責任を持ってやってくれているので、なるべく干渉しないようにしています」

長女、舞子さん。

「主張しすぎないこと。特に私はずっと裏方でいいと思っているので、みんながやりやすいように、これからも支えたいです」

次女、瞳子さん。

「身内だからこそ、従業員としての配慮が必要だと思います。適度な距離感が大切かな、と」

次男、泰道さん。

「現場のことを分からずに言うのはダメだと思っているので、何か気になることがあっても手を出さない、スッと離れるようにしています。相手が気付いてなくて、自分がやって済むことなら黙ってやります」

家族だけど、きょうだいだけど、近づきすぎない、慣れ合わない。お互いを気遣いながら、程よい距離感を保って、仲良くやっていこうとする。クールだけど温かな、タカギ農場の4人きょうだい。家族経営・きょうだい経営の方々にとって、参考になる姿ではないでしょうか?私も3人きょうだいですが、今はみんなバラバラ。こうやってきょうだいが全員そろって家業を継がれていること自体、とても素敵なことだと思います。(ご両親が喜んでらっしゃる姿は、お尋ねしなくとも目に浮かびます…)

皆さんもエストルトさん行かれたら、おいしい料理を食べながら、この4人きょうだいを思い浮かべてください。そして、お店周辺で見かけたら、声を掛けてあげてください。「おいしかったです」の一言と笑顔が、タカギ農場さんのパワーになるので!

タカギ農場さんの特別なこと
きょうだい4人で分かち合う
6次産業化の楽しさ・喜び・苦悩。
お腹いっぱい頂きました!
ごっつぉさまでしたー!!

タカギ農場さんの#マイごっつぉ

始まりのキッチンカーとビニールハウス(旧レストラン)

タカギ農場さんの「マイごっつぉ」は、タカギ農場さんが2000(平成12)年に初めてイタリアンレストランを始めた時に使用していたキッチンカーとビニールハウス(旧レストラン)。キッチンカーで調理をし、ビニールハウスの中で食べてもらうという提供スタイルも斬新で、料理もおいしく、すぐに話題となり、多くの方に愛されたそうです。諸事情により数年後に休業となりますが、この時の味を覚えていたファンの方々が、今のレストラン「ラ・トラットリア エストルト」のお客さまにつながっていることは確実です。「ここが全ての始まりでしたからね」と、長男の真之介さんは言います。ビニールハウスの中で頂くイタリアン。その空間がまた特別ですもんね!このキッチンカーが活躍していた頃にもお邪魔したかったな~!ちなみに店名の「トラットリア」はイタリア語で「食堂」、「エストルト」はイタリア語の「エスト(東の)」と「オルト(菜園)」とを合わせた造語で、当時の従業員さんと一緒に決めた名前だそうですよ。

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