
稲森 光太郎 (いなもり こうたろう)さんの自己紹介
兵庫県出身で、新潟に来て約10年になります。大学では化学工学を学び、工場設計の仕事に携わってきました。その後、関川村で稲作に挑戦し、新潟市に移り住みました。2024年に西区内野町の銭湯「旭湯」を引き継ぎ、改修を行って営業を再開。風呂の気持ちよさを大切にしながら、日々営業を続けています。
INTERVIEW
風呂好き少年の、意外な歩み
新潟市西区内野町にある、創業110年の老舗銭湯「旭湯」。縁あって3代目としてこの場所を引き継いだ稲森光太郎(いなもりこうたろう)さんは、兵庫県で生まれ育ちました。

子どもの頃から風呂そのものが好きで、銭湯は特別な場所ではなく、日常の中にある身近な存在だったのだそう。
「関西だと、カフェみたいな感じなんですよね。家族だけでなく、友達とも遊びの帰りに立ち寄ることもあれば、なんとなく集まってそのまま銭湯へ行くこともありました」と稲森さん。
その言葉の通り、銭湯は目的地というよりも、生活の延長線上にある場所でした。湯に浸かりながら言葉を交わしたり、上がったあとに牛乳を飲みながらまた会話を楽しんだり、何気ない時間の中に、銭湯文化が息づいていたといいます。
そんな稲森さんですが、現在、作務衣を羽織って番頭に座る姿からは、ちょっと意外な経歴を歩んできました。

神戸の大学に進学し、工学部で化学工学を専攻。卒業後は、化学プラントの設備設計や改善に携わってきたそうです。
扱っていたのは建物ではなく、プラント内の設備や配管、製造ラインといった中核部分。化学反応の流れやエネルギーの使い方を踏まえながら、全体が効率よく稼働する仕組みを整えていく仕事です。
てっきり研究職タイプかと思いきや、その後は東京で出版の仕事に就いたり、海外で起業をしたりと、分野にとらわれず活動の幅を広げていった稲森さん。いくつかの場所で仕事や暮らしを経験していきました。

「転職をしたのは、最初の仕事で出会った先輩の影響で、ビジネスを学んだことがきっかけでした。会社以外でさまざまな人と関わる中で、ある程度の資金がないと見えない世界があると感じたんです。だから当時は、そこに行くために一度しっかり稼いでみようと思い、いろいろなことに挑戦しました。まあ、向いてなかったですけど(笑)」
海外での起業は軌道に乗っていたそうですが、慣れない環境での生活に疲れ、日本へ帰国します。そして、次のステージに選んだのが、新潟でした。
偶然のように見える選択の積み重ね
縁もゆかりもない土地だった新潟。なぜこの場所を選んだのかを尋ねると、稲森さんは少し間を置いて、こう話します。

「もともと新潟に縁があったわけではなくて、完全にゼロからですね。理由としては雪の存在が大きかったです。僕が住んでいたところはほとんど雪が降らないので、日常の中に雪がある場所で一度暮らしてみたいと思っていました。それともう一つが稲作ですね。好きな漫画で宮本武蔵が戦いに疲れて稲作を始める場面があって、それを見て自分でもやってみたいと思ったんです」
思いつきのようにも聞こえますが、実際には新潟や他県に足を運び、その中で自分に合うと感じた場所を選びました。最初に暮らしたのは関川村。有機農法による米づくりに取り組みます。
しかし、実際に取り組んでみると農業の仕事は想像以上に厳しく、その年で区切りをつけることに。その後は地元には戻らず、新潟市に移り住みました。拠点を移してからも、スタンスを変えず、特定の仕事に縛られることなく、自分で事業を立ち上げていきました。

「仕事については、好きかどうかより、商売になるかどうかの方が大事だと思っています。向いていなかったらやめればいいし、そのとき縁があったものに取り組んできたという感じですね。何かを目指すというより、その場その場で選んできたという感覚です」と稲森さん。
銭湯を継ぐこともまた、最初から思い描いていたことではありませんでした。けれど、それまでと同じように目の前の状況に向き合い、自分なりに判断した結果としてたどり着いたのです。
EPILOGUE
商売をするということ

これまでの歩みを振り返ると、稲森さんの選択はどこか偶然の連なりのようにも見えます。
雪のある場所に住んでみたいと思ったこと。稲作に挑戦してみたいと考えたこと。関川村や新潟市での暮らし。どれも綿密に計画したものではなく、その時々の関心に導かれて重ねてきたものでした。こうした過程の中で人や場所と出会い、いま内野で暮らし、働くことにつながっています。
そして、「旭湯」との関わりもまた、同じ延長線上にありました。

もともとは、単に近くに来たときに立ち寄る銭湯のひとつ。改修の話が持ち上がった際も、当初はあくまで仕事として関わる立場でした。
そうした関わりの中で、最終的に「旭湯」を引き継ぐという決断に至った稲森さん。言葉にした以上は引き受けるという姿勢と筋を通す生き方、そして何より風呂が好きという揺るがない原点が、今の稲森さんを形づくっています。
今後の目標をお聞きしたところ、「続けることが一番!」と潔く一言。その言葉には、先代から受け取ったものを途切れさせないという覚悟を感じました。

稲森さんはこれまで、「商売になるかどうか」を一つの軸に選択を重ねてきました。けれど、その言葉が指しているのは、単に利益を上げることだけではありません。
この場所を残し続けていけるか。無理を重ねずに成り立つか。自分だけでなく、関わる人にとっても心地よい形で続いていくか──それらを満たしてはじめて、「商売」として成立すると考えています。
風呂好きの少年がさまざまな経験を経て、最後に自分の意思で引き受けたもの。それが、この「旭湯」であり、続いていく時間そのものです。
今日もまた湯が沸き、人が訪れ、何気ない会話が交わされる。その日々の積み重ねが、この場所をこれからも支えていきます。











