
井上 有紀 (いのうえ ゆき)さんの自己紹介
東京都生まれです。東京の大学に進学し、在学中に新潟県で地域活動に関わったことをきっかけに新潟と縁を持ちます。卒業後は長岡市の団体で、学生と地域をつなぐインターン事業などに携わりました。2025年に、「本屋と印刷編集室 こんこん堂」をオープン。一方で、出版レーベル「木舟舎(きぶねしゃ)」を主宰し、雑誌やZINE(ジン)の制作なども行っています。田舎町をドライブしたり散歩したりするのが好きです。
PROLOGUE

新潟市西区の内野。JR越後線の内野駅を中心に、昔ながらの商店や住宅が並ぶまちです。周辺には大学や高校があり学生の姿が多く見られる一方、神社や老舗の酒蔵なども残り、趣深い雰囲気が漂っています。
近ごろは、空き家や空き店舗を改装し、若い世代が店を開く動きも広がりつつあります。新しい店が混ざり合いながら、まちの風景は少しずつ変わりつつあります。

駅から徒歩約3分。ISANAの中川さんにご紹介いただき訪れたのは、「本と印刷編集室 こんこん堂(以下、こんこん堂)」です。
店があるのは、2025年に誕生した複合長屋「たねむ」の中。かつて仕出し屋として使われていた店舗兼住宅をリノベーションし、いくつかの小さな店や活動拠点が集まる場所として生まれ変わりました。


こんこん堂は、その一室にある8畳一間の生まれて間もない本屋です。棚には新刊書籍やZINE(ジン)、絵本など、店主が選んだ本が並びます。流通や売れ筋にとらわれない選書が特徴です。
しかし、この店にはもう一つの役割があります。本を読むだけでなく、自分の手で何かを生み出すこともできる場所なのです。

「本屋は週3日、金・土・日曜に開けています。隣の部屋は印刷編集室になっていて、水~日曜の予約制でリソグラフ印刷機を使って自分の本をつくることができます。ただ本を売るだけでなく、生み出す場所にもしたかったんです。まだオープンして3カ月なので、まだまだこれからですね」と笑顔で話すのは、この店を営む井上有紀(いのうえゆき)さんです。
井上さんは、同店の運営に加え、出版レーベル「木舟舎(きぶねしゃ)」を主宰。雑誌やZINEなどの自主制作にも取り組んでいます。
しかし、最初から本屋や出版の仕事を目指していたわけではないという井上さん。出身も大学も東京で、もともと新潟に特別な縁があったわけではない中、なぜこのまちで自身の店を構えることになったのでしょうか。
今回は、内野の小さな本屋から、その歩みをたどります。
INTERVIEW
誰でも本をつくれる場所

先ほどから何度か出てきた「ZINE」という言葉。皆さんはご存じでしょうか。
ZINEとは、自由なテーマや形式で制作する、自主出版の小冊子のこと。エッセイや日記、写真など、内容は多岐にわたります。
スマートフォンで情報を得るのが当たり前となった今、あえて紙の冊子をつくり、自ら販売したり、読み手と感想を交わしたりする。そんなZINEの活動が、若い世代を中心に広がりを見せています。

「個人が自分の言葉で発信するという意味では、SNSと近いところがあると思います。ただ、ZINEはより手しごとに近いもの。SNSのように思いついたことをすぐ発信できるわけではなく、文章を書いて、レイアウトを考えて、印刷して、製本して、やっと一冊になります。この時間のかかり方が魅力の一つでもありますね」
さらに、SNSが一気に拡散するのに対し、ZINEはイベントや個人書店などを通じて、手渡しのように届けられていきます。過度に広がらず、限られた範囲で受け取られていく点も特徴です。

こうしたZINEなどの印刷物を、誰もが気軽につくれる場として生まれたのが、この印刷編集室です。同店には、制作に欠かせないリソグラフ印刷機が置いてあります。
リソグラフ印刷機はレトロな方式の機械で、インクのにじみや色の重なり、版ズレなどが生まれるのが特徴。均一に仕上がる一般的な印刷とは異なり、一枚ごとにわずかな違いができることで、どこか手しごとのような風合いに仕上がります。

「本をつくるというと、特別なことだと思われがちですが、実際には誰でもできるものだと感じています。文章を書いたり、写真をまとめたり、自分の考えを形にしたりすることは、日常の延長にあるものではないでしょうか」と井上さん。
同店では、リソグラフ印刷や製本の方法を学び、実際にお試し印刷ができるワークショップも定期的に開催しています。機材の使い方を覚えれば、年間会員として登録し、チラシやZINEなどを本格的に制作することも可能です。
読むことと、つくること。その両方が行き来する場所として、こんこん堂は歩み始めました。
つながりのその先へ

大学卒業後、井上さんは約8年間、長岡市の団体に所属し、学生の受け入れや情報発信などを通じて人と地域をつなぐ、コーディネーターの役割を担ってきました。
「村上から糸魚川まで、県内のさまざまな地域に行きました。実際にその土地の暮らしや多くの人と出会えたことは、自分にとって大きな経験になりました」
現地に足を運び、人々の話を聞きながら関係を築いていく。その積み重ねの中で、地域の個性や人々の営みに触れてきました。一方で、自分と地域との関わり方について考え直す場面も増えていったといいます。

「事業として関わる以上、どうしても区切りが生まれます。その後も続いていく関係のあり方を、もっと考えたいと思うようになりました」と当時を振り返る井上さん。
関わりが一度区切られてしまうと、その地域との距離が生まれてしまう。そうした経験の中で、「継続すること」や「残していくこと」について考えるようになったのです。
また、自身の立場についても、少しずつ変化が生まれていきます。
「その地域の人間ではなく、外から関わる立場だからこそ見えることがあると思い、コーディネーターという仕事にやりがいを感じていました。ただ、次第に自分自身がどこかの地域に根を下ろし、そこで仕事を生み出すプレイヤーになりたいと思うようになったんです」

こうした中、社会人5年目ごろに友人と趣味で始めたZINE制作が、少しずつ自分の中で大きな意味を持つようになっていきました。自分の言葉で冊子をつくることが、次の一歩へとつながっていきます。
「つなぐ」から「つくる」へ
井上さんは次第に「自分の手でつくること」へと軸足を移していきます。2024年、自身の出版レーベル「木舟舎」として創刊した雑誌『つくる人とつくる雑誌 なわない』も、その一つでした。

生活や仕事をつくる人たちの言葉や景色、時間、感性を、インタビューや寄稿を通して届けるローカルマガジン。井上さんは『なわない』創刊の背景を、当時の葛藤を振り返りながらこう語ります。
「20代後半にとても悩んだ時期がありました。人と人の間に立って調整ばかりしていて、人からの影響を受けてばかりで、自分軸で決めて選んでいくことができなくなっていたんです。その時ものづくりをして生きている人たちを見て、『自分のやったことが積み重なる感覚が欲しい』『もっと自分の手でつくって生きたい』と思いました」
何を、どうやって生み出すのか。そもそも「つくる」とは何なのか──。井上さんは、その答えをすぐに求めるのではなく、ヒントを探すように、これまで各地で出会った「つくり手」たちの声に耳を傾けていきました。

世代や分野、地域も越えて集まった約20人のつくり手たち。それぞれの世界がページごとに立ち上がるようにして生まれた『なわない』は、単なる雑誌ではなく、人と人との関係がその先へと続いていくための入口でもありました。
「その人がどうやって今の仕事にたどり着いたのか、日々どういうふうに向き合っているのかという、見えにくい部分にこそヒントがある気がしていて。それを言葉として残したいと思ったんです。そして、取材をして終わりではなく、その後も関係が続いていくような雑誌にしたいと思っています」
井上さんは制作を通して、関わりを育てていくためには、自分自身の拠点が必要だと考えるように。その手応えは、やがて「場をつくる」ことへとつながっていきます。

そうして2025年12月に生まれた「こんこん堂」。読む人とつくる人、そのどちらかに分かれるのではなく、両方を行き来できる場所として、本に触れることと言葉を形にすることがひとつの空間の中でつながる場が生まれました。
ここには、井上さんがこれまで出会ってきた人や地域との関わりが積み重なり、訪れる一人ひとりが自分の言葉を見つけていくための入口がひらかれています。
次回は、井上さんの自分探しの過程や内野という場所に根を下ろすまでの道のりについてお聞きします。お楽しみに!








