塚野さん母娘の自己紹介
塚野 友恵(つかの ともえ)さん(右)
新潟市生まれ新潟市育ち。結婚を機に主人の家業であった塚野刺繍に嫁ぎ、現在は専務取締役を務めます。社内での役割は、営業、デザイン、内職、経理など、機械以外のことならなんでも。小学生の頃から水泳選手として練習に励み、結婚するまでは水泳インストラクターとして働いていました。ずっと体育会系だった私ですが、密かに編み物や裁縫の趣味もあったんですよ。
塚野 紗羅(つかの さら)さん(左)
五泉市生まれ五泉市育ち。新潟の専門学校を卒業し、神戸の結婚式場に就職。2021年に五泉にUターンし、塚野刺繍でデザイナーとして手伝い始めました。現在は、塚野刺繍から生まれたスレッドフラワー「LOPIN(ロピン)」のプロデューサーを務めています。地元の仲間とイベントを開催するなど、この生まれ育った五泉という地域も、盛り上げていけたらと思っています。
PROLOGUE
日本一のニット産地を誇る、新潟県五泉市。
「五つの泉」という地名の通り、豊かな水に育まれたこのまちは、江戸時代から絹の織物産業が栄え、時代とともに織物から編み物へと変化していきました。
ニット製品とともに、縫製や刺繍などの二次加工技術も発展。「ニットのまち五泉」として、高い技術を持った繊維関連の企業や職人が多く集結しています。
今回ごっつぉLIFE編集部が伺ったのは、そんなニットのまちで創業60年余りの歴史を持つ塚野刺繍株式会社。
会社にお伺いすると、天井から吊り降ろされたタペストリーに「TSUKANO」の文字が。
生き物や植物、食べ物、歳時記など多様なモチーフ。マットや光沢などあらゆる質感。そして、陰影や濃淡なども表現された豊かな色彩。
「かわいい~」「きれい!」「芸術作品みたい!」
思わず感嘆の声をあげたこちらは、なんとぜーんぶ刺繍なんです!
中には立体になっているものまであるではありませんか。ありとあらゆるデザインと表現方法で施されたこちらは、塚野刺繍の技術の歴史。
そして今、「刺繍」という概念を覆す新たなプロダクトが、塚野刺繍に新しい風をもたらしています。
今回は、塚野刺繍の専務を務める塚野友恵さんと娘の紗羅さんのお二人に、会社の歴史から現在に至るまで、そして新たな商品開発にかけた想いなどをお聞きしてきました。
メイドイン五泉のものづくりに、驚きの連続でした……!
INTERVIEW
山あり谷ありアパレル業界の変遷とともに
創業は1960年。現在2代目として代表取締役を務める塚野毅之さんのお父様が最初に始められたのが、ミシンの修理屋でした。
そして、高度経済成長期には飛躍的な成長を遂げていった五泉市のニット産業。それとともに、ミシンという機械を熟知した強みを持って、刺繍屋へと舵切りをしていったそうです。
「主人は高校を卒業してからすぐ家業に入るのではなく、全国に展開するミシン屋に就職しました。先代からは『刺繍は機械がわからないとできない』と言われたからだそうで。実際には、機械のしくみを知らなくてもできるとは思いますが、“品質”というものにこだわるからこそ、そのようにおっしゃられたのだと思います」と友恵さんが教えてくださいました。
塚野刺繍はアパレルメーカーの下請けとして、OEM(他社ブランドの製品を製造すること)を中心に、衣類から小物まで刺繍加工を手掛けています。
現在、世界の高級小物ブランドや大手アパレルメーカーの刺繍を担当。取材でそのことを知ったごっつぉLIFEライターの私は、「え?!このブランドも手掛けていらっしゃるんですか?まさかメイドイン五泉とは!」と驚きを隠せませんでした。
名だたるブランドのOEMを手掛けてきたゆえんは、同社の高い技術力がもたらす品質と豊かなアイデアにあったようです。
「基本的にミシンはデザインをプログラムして、ボタンを押せば自動的に動いてくれます。しかし、主人はミシンメーカーが驚くような使い方をして、あえて難しい縫い方にチャレンジしたがるんです。マニュアルなんてそっちのけで(笑)。また、ブランドのデザイナーさんからの要望を忠実に再現することは当たり前ですし、常に相手の想像を上回る提案をすることにもこだわっていました。そのような積み重ねが、うちの品質の高さや信頼につながっていったんだと思います」と友恵さんは笑顔で話します。
バブル絶頂期には、有名スポーツブランドや有名婦人服ブランドなども数多く手掛け、従業員数は現在の数倍にのぼったと言います。
しかし、日本のアパレルブランドが人件費が安い海外へと製造拠点をシフトしたり、ファストファッションが普及したりと、状況が一変。五泉市のニット産業が下向きになるのと同時に、塚野刺繍も大打撃を受けました。
そんな中で、歩みを止めずに新たな一歩を踏み出したのが、専務の友恵さんでした。
原動力は不安よりも遊び心
「どんどん仕事がなくなっていった中で、『何かやらなくちゃ』という気持ちが強くなっていったんです。自社のオリジナル製品に取り掛かったのは今から10年ほど前だったでしょうか。仕事がないから暇で、暇だからちょっと作ってみようかという感じで知り合いの制作会社さんと一緒に初めて作ったのが、刺繍でできたくるみボタンの“アソビボタン”でした。それから、刺繍の絵本やアクセサリーなど、刺繍でできる表現を探し求めて、遊び感覚で作ってみたんです」
自社のオリジナル製品が生まれたことで公式オンラインショップを開設したり、社内にファクトリーショップを開店したりと新たな動きが。
あたたかさとかわいさを兼ね揃えた刺繍小物は、特に女性からの支持を集め、少しずつファンを増やしていったそうです。
「当時、五泉地域では自社ブランド製品を製造している会社がまだ少なかったこともあり、新聞や雑誌など、多くのメディアにも取り上げていただきました。また、新潟伊勢丹さんの越品コーナーでも自社製品の常設販売がはじまったことで、一気に多くの方に知っていただけるようになりましたね。とは言え、会社の売上のほとんどがまだまだOEM製品ではあるのですが」。
地域の中でもいち早く自社製品の開発に取り掛かった塚野刺繍。順調に進んでいたように見えて、友恵さんには新たな悩みも生まれていました。
「元々遊び心で始めたのでコンセプトや戦略がきっちりあるわけでなく、作りたいままに作ってきました。しかし、商品数が増えていくにつれて新たな壁にぶつかったんです。商品をブランド化しているわけでもないし、和洋折衷でテイストもバラバラだし、看板商品があるわけでもないし……この先どうしていこうと、方向性について悩んでいたんです」。
刺繍屋として誇れる技術とアイデアはあれど、もう一歩を踏み出したい……そんな時、塚野刺繍に強力な助っ人が現れました。
家族で紡ぐ、あらたな刺繍の可能性
布の上に糸と針を使って装飾を施す、刺繍という技術。お洋服をはじめ、かばん、ポーチ、巾着、ブローチなどの飾りとして施してあるものを多く見かけます。
ここにある一輪のお花……何でできているか分かりますか?
表も裏も360度、どの角度から見ても美しい刺繍のお花なんです!
刺繍を施した布って表面はきれいな絵面が出ていますが、裏面は糸の端くれや縫い始め、縫い終わりなどの糸が出ているもの。
ですから、刺繍で立体を表現できるなんてすごい技術です!これは驚きました。
糸で紡いだ刺繍のお花“スレッドフラワー”を新たな自社製品として、そして塚野刺繍初のオリジナルブランド「LOPIN(ロピン)」として生み出したのが、娘の紗羅さんでした。
神戸の結婚式場で働いていた紗羅さんは、2021年に五泉市にUターン。現在はLOPINのプロデューサーとして会社を手伝う一方で、フリーランスのデザイナーとしてもご活躍されています。
このスレッドフラワーを開発したきっかけは何だったのでしょうか?
「ブライダル業界で働いていたときに、会場を彩るお花たちが数時間で役目を終えてしまう光景に寂しさを感じていました。新郎新婦さんは翌日ハネムーンに行ったり、ゲストは遠方の方だったり、はたまた海外ウエディングの場合は持ち帰ることが難しいですよね。結婚式はもちろん、それ以外の記念日や誕生日などのシーンで、想いが詰まったお花を形に残せたらどんなに素敵かと感じていました。花束の中のお花が1本でもそのまま残せたらと……」。
一方で紗羅さんは、地元を離れてみて、改めて塚野刺繍の技術の素晴らしさに気づくことが多々あったと言います。そして元々製品としてあった、バラの刺繍のコサージュをヒントにアイデアが繋がり、友恵さんと「やってみよう!」とスレッドフラワーの開発が始まったそうです。
「調べていくと『糸』という漢字が人との繋がりに多く使われているということが分かって、このスレッドフラワーが人と人を繋ぐ新たな花になればと思ったんです」と、愛おしそうにスレッドフラワーを見つめる紗羅さん。
そして、完成までの道のりも、決して簡単ではなかったと言います。
「このスレッドフラワーは、熱で溶ける特殊な布に刺繍を施し、電熱カッターを用いて手作業で切り取ります。花びら、葉、がくなどのパーツに、茎となるワイヤーを取り付けるのは全て手作業です。本物の植物を実際に見ながらよく観察し、色味や形、花びらの動きなど細部までこだわりながら作っています。本物が持つリアルな自然美を求めて、母と何十パターンと試行錯誤してやっとの思いで完成したんです」。
友恵さんは紗羅さんのアイデアであるスレッドフラワーのおかげで、行き詰まっていた自社製品開発の一歩を踏み出せたと言います。
「これまで刺繍は平面で表現するものとして捉えていましたが、まさか立体になるなんて驚きのアイデアでしたね。確かに、うちは表も裏もきれいに魅せる刺繍技術を持っています。刺繍の仕上がりの差って裏面に現れるんですよ。だからスレッドフラワーはうちの強みを活かした商品でもありますし、ずっと美しさがつづくお花なので、ブライダルやギフトで多くの方に喜んでいただけるのではないかと思っています」。
塚野刺繍だからこそできる360度美しい立体の刺繍に、職人たちによる手作業での仕上げ。ご両親が培ってきた長年の歴史に紗羅さんがアイデアとデザインをもたらし、新たな風を吹かしたのでした。
EPILOGUE
新しい刺繍の発見と感動を、これからも
もう一つ、紗羅さんが地元を離れてから気付いたことがありました。
「昔は、五泉という地域には『何もない』と思っていました(笑)。でも離れてみて気づいたんです。自然が近くにあること、ご飯がおいしいこと、四季折々美しい花々を楽しめること、少し足を伸ばせば市街地にもアクセスしやすいことなど、改めて住みやすいまちだなと感じました」。
一度離れたからこそ見える、ふるさとの魅力。
紗羅さんは昨年、かき氷屋、鍼灸整体サロン、刺繍屋による異業種イベント「LIFE IS FUN~人生は楽しい~」を新潟市内で開催し、LOPINを出店。
「楽しいことがやりたいね」と、現在五泉で活躍する中学校の先輩や同級生たちと実現するに至り、2日間で数百名が訪れ、大盛況で終えることができたそうです。
「今後も五泉の魅力を発信できるようなイベントを定期的に開催していきたいですし、LOPIN自体ももっと多くの方に知っていただけるよう、頑張っていきたいです。スレッドフラワーは、想いや思い出とともに咲き続けることができるので、多くの方の大切なシーンにLOPINのお花が寄り添えられたらうれしいですね。五泉の自然の美しさも表現していきたいです」と言葉を紡ぎます。
そんな紗羅さんの思いを耳にしながら、友恵さんが語ってくださいました。
「今も製造業を取り巻く環境は厳しく、決してこれから先を楽観視できるわけではありませんが、振り返ってみると苦しいときに踏ん張って歩みを止めなかったのが、糧になってるんです。こうやって自社製品を生み出せたこともそうですし、常に切磋琢磨してきたことで、塚野刺繍の技術もさらに成長しています。そのことは、会社の主軸であるOEM生産にも活かせていますし、新たな人たちとのつながりも生まれました。これからもチャレンジし続けていきたいですね」と意気込みを新たにします。
絆、縁、繋がる、結ぶ、組む───
人とのつながりを表す漢字に多く使われている「糸」。糸で織りなす刺繍は、あたたかくやさしく、大切な人への想いを伝えてくれるチカラがあるのかもしれません。
塚野刺繍が紡ぐ刺繍小物は、ファクトリーショップや公式オンラインショップ、新潟伊勢丹のほか、この秋開催される様々なイベントで出会うことができます。
2024年の10月には、五泉ニット複合施設「LOOP&LOOP」で「秋フェスタ2024」。続いて11月には、東京の銀座に今夏オープンした銀座・新潟情報館「THE NIIGATA」で開催される「THE NIIGATA POP UP」。同じく11月には五泉のまちが一体となるお祭り「五泉ニットフェス」が開催されます!
(詳しくは、下記備考欄のWEBサイトをご覧ください。)
ぜひ、目で見て、手にとって、その美しさとあたたかさに触れてみてください。
NEXT EPISODES
最後に、五泉市の魅力的なお二人を、塚野さんからご紹介いただきました。
メディア取材初!知る人ぞ知る五泉のこだわり農家「滝沢農園」
1人目は、五泉市で代々200年以上農家を営む「滝沢農園」の滝沢修一さん。
これまで取材NGだったそうですが、今回は塚野さんからのご紹介ということで、初めて取材をお受けくださいました。
「滝沢農園さんはお米や野菜の栽培と養蜂をされている農家さんです。自らお漬物や味噌などの製造も行っていますが、私がとくに惚れ込んだのがはちみつ!滝沢農園の奥様と、五泉市のイタリアン『ダポッピ』さんで開催されたお料理教室で出会い、はちみつをご紹介いただいたんです。ものすごく濃厚で、体も心も元気になるようなパワーを持ったはちみつなんですよ」と友恵さん。
滝沢さんのお野菜やはちみつにみなぎるパワーの秘密について、お聞きしてきたいと思います!
全国からファンが続々と!唯一無二のかき氷を提供する「割烹・仕出し 伊藤屋」
2人目は、五泉市村松にある「割烹・仕出し 伊藤屋」の料理長、伊藤彰規さん。
コロナ禍に始めたかき氷が話題となり、今では全国からファンが訪れるほど人気店に。
「彰規さんは中学校の先輩なんです。お互い県外へ出て、たまたま同じ時期に五泉に戻ってきました。かき氷は見た目のインパクトだけでなく、想像を超えるおいしさで驚きますよ!夏だけでなく年中提供しているので、母と季節ごとに訪れています。また、イベントを一緒に開催している仲間でもあり、今後も楽しい企画を計画中です」と紗羅さん。
私、前からSNSで伊藤屋さんのかき氷を知っていて、ずーっと行ってみたかったんです。
滝沢農園さんと、伊藤屋さんのエピソードも、どうぞお楽しみに!