成川さんご夫妻の自己紹介
成川 潤(なるかわ じゅん)さん(左)
出身は新潟市中央区です。幼い頃から生き物が大好きで、成長と共に環境保護に興味を持ち始めました。日本自然環境専門学校を卒業後、新潟県内の森林組合に就職し、植林~伐採まで従事。その後、家具店で無垢の木の加工技術を習得したのちに、薪ストーブ店で燃料としての木の活用方法も学びました。そして、2014年に独立をして阿賀野市女堂に「KIYA DESIGN」を設立。2021年に「Junshin -潤森-」へと屋号を改称し、自ら製作する木工品などを通して「森とモノと人」をつなぐ活動を行っています。
成川 亜衣子(なるかわ あいこ)さん(右)
新発田市出身です。短大卒業後、幼稚園教諭や児童厚生施設での仕事を経て、2018年4月よりJunshin -潤森-に従事しました。お店での役割は、接客や事務、その他に資材の積み下ろしなど、できることはなんでも。コロナ前までは、ワークショップを開催していましたが、現在は子育て中ということもあり、お休みしています。徐々に再開できればと、少しずつ準備をしているところです。
PROLOGUE
林業――
きっとほとんどの方が言葉やその意味を知っていると思います。でも、馴染みがあるかないかで言うとどうでしょう。
私にとって「林業」とは、言葉は知っているけれど、馴染みがないと感じるものでした。
でもよくよく考えてみれば、家の中にも、街の中にも、林業という森の仕事によってもたらされた「木」はとても身近にあり、私たちの暮らしにとって、なくてはならないものなんですよね。
新潟県は広い県土の約7割を森林が占め、全国で6番目に大きい森林面積を誇ります。
一方で、県内の木材生産額については、平成元年度から平成30年度までの30年間で約6分の1まで減少するなど、林業の生産活動が年々縮小している現状があるそうです。
このような背景もあり、「県産材」と呼ばれる新潟生まれ新潟育ちの木材は、なかなか貴重なものとなっているようです。
そんな県産材を使ったお皿やスプーンなどの木工品を販売しているお店が、阿賀野市にあります。
驚くべきことは、自ら木を伐採し、加工して、販売するという、全国的にも珍しい“林業の6次産業化”を実現していること。
(林業の6次産業化については、のちほどご説明しますね。)
林業家、木工家、営業職、すべてを1人で担っているんですって!
どうしてそのようなことができるのでしょうか。詳しいお話を伺いに、訪ねてみました。
今回ご紹介するのは、阿賀野市で木製品・木材販売を行う「Junshin-潤森-(じゅんしん 以下、潤森)」さんです。
標高1,000m級の山々が連なる五頭連峰を背に、豊かな自然が溢れる阿賀野市。
市内中心部から車を走らせること約15分、山間の集落の中に、ギャラリーと工房を併設した「潤森」はひっそりと佇んでいます。お店を構えたのは2014年。県内外問わず、木のアイテムを愛する多くの方に支持されています。
ギャラリーの扉を開けた瞬間、そこはまるで別世界……なんていい香り!ふんわりと木の香りが漂い、体中を包みこんでくれるような癒やしの空間が広がります。
店内には、潤森が生み出す木の生活道具などがズラリ。お皿、カッティングボード、バターナイフ、フラワーベースなど、シンプルながらも味があるデザインばかりです。
ギャラリーに並ぶ、これら素敵な木工品たち。完成品として販売されるまでの過程をたどると、そこには林業の革新とも言える、物語があったのでした。
INTERVIEW
「木を活かしたい」自然を愛する強い想い
新潟市の古町エリアで生まれ育った成川さん。幼い頃から生き物が大好きで、よく近所の公園で虫とりをしたり、信濃川の堤防沿いで魚釣りをしたりと、繁華街育ちの少年らしからぬ遊びをしていたんだとか。
生き物が好きな想いは大きくなっても薄れることはなく、その興味関心は、生き物のフィールドである「自然」そのものへと幅を広げました。
「生き物が好きだからこそ、どうやったらこの自然環境を守っていけるのだろうと環境保全に興味を持ち、専門学校で学びました。卒業後は県内の森林組合に就職し、森を守るための間伐など様々な仕事を経験したのですが、『切り捨て間伐』と言って、間伐のために伐採した木を、やむを得ずそのまま森に放置するという現状を目の当たりにした時に、単純に『もったいない』と思ったんですよね」
その想いは日に日に強くなり、間伐された木を余すことなく活かすには、木に新たな価値を吹き込むプロダクトが必要だと考えた成川さん。木工を学ぶために家具屋で修業をし、無垢材の加工を学びました。
「これまでチェーンソーで大胆に木を切っていた世界から、1mmのズレも許されない木工の世界に入って、最初はとても苦労しました。そして、そこでも家具の製造から出る端材を見てまた思ったんです。『もったいない。もっと木を活かせないか』と。その時はまだ明確に独立することは考えていませんでしたが」
また一方で、農業王国と言われている新潟県で、林業に興味を持つ人を増やしたいという思いもあった成川さん。
間伐材を余すことなく活かすにはどうしたらいいか。また、林業や木製品の良さを世の中の人に広く知ってもらうためにはどうしたらいいか。これらの答えが、間伐材で人々の暮らしに身近な生活道具を製作することでした。
それから数年後、幼い頃から自然に囲まれた暮らしに憧れていたということもあり、縁あって阿賀野市に移住し、工房とギャラリーを構えることに。
これが、潤森のはじまりです。
森とモノと人をつなぐ、小さな工房
潤森のものづくりは、工房裏に広がる里山の木の伐採からはじまります。
「人の手が一度も入ったことがない原生林はそのままでもいいのですが、今の日本ではごくわずかで、ほとんどが人の手が入った里山なんですよ。里山は適切な整備を行わないと、土砂災害や獣害などを発生させてしまうんです。なので、適切な整備をすることが大事で、潤森では、商品に必要な分だけを切り出しています」と成川さん。
そして、伐採した木を丸太にし、森から運び出して製材へ。しかし、伐ったばかりの木は水分を多く含んでいるので、通常で約1~2年、太くて大きな木になると6年ほど乾燥が必要なんだそうです。そ、そんなにも時間がかかるんですね……!
人工的に機械を使って乾かす方法もあるそうですが、潤森では時間はかかっても木に負担をかけない自然乾燥で、この土地の気候の中でゆっくりと乾かします。コストも時間もかかるけれども、歪みにくく丈夫な仕上がりになると、成川さんにとってこだわりの一つなのだとか。
そうして、木工品への加工がはじまり、成川さんは林業家から木工職人に。
誰よりも木を愛するからこそ、使い勝手はもちろん、暮らしに溶け込み、長く愛着を持ってもらえるデザインを吹き込んでいます。
お客様のリクエストから生まれたアロマペンダント
同店の1番の人気商品をお聞きしたところ、なんともかわいらしい小さなアイテムが登場しました。
「アロマペンダント(大・中・小サイズ有)」です。
「こちらは、まだ独立をしてすぐの頃に、アロマセラピストのお客様からリクエストがあって生まれた商品なんですよ。その当時は、瓶や金属製のアロマペンダントがほとんどで、木製のものはなかったんです。
アロマペンダントは蓋を開けないと香りがしないものが多いのですが、木のアロマペンダントは蓋をした状態でも、木の導管を通ってアロマオイルの香りが楽しめる珍しいものなんですよ」。
天然のアロマオイルを、森から切り出した木で作ったペンダントに入れて、持ち運びできるなんて。まさに潤森らしい商品ですね!
全国的にも珍しい、林業の6次産業化
木を伐採し、生活道具に加工をし、販売をする。潤森が行っている一連のプロダクトは、「林業の6次産業化」として、県内外で注目を集めています。
冒頭でも触れた「林業の6次産業化」という言葉。皆さん、ご存知でしたか?正直に言うと、私は取材にお伺いするまで存じ上げませんでした……!
6次産業化とは、1次産業である農林漁業者が、2次産業である加工、そして3次産業である流通・販売をすべて行うことで、産業の融合を図り、新たな価値を生み出す取り組みのこと。6次産業の「6」は、1次・2次・3次のそれぞれの数字をかけ算したものだそうです。
新潟県内では、農家さんが野菜を育てて収穫をし、自らジャムやお菓子などの商品に加工をして、お土産品として販売するなど、最近では盛んに見受けられるようになりました。
しかし、林業の6次産業化となると、その事例は全国的にも珍しいのだとか。今では県外から業者さんが視察に訪れたり、潤森の取り組みについて講演を行ったりと、林業界の若きパイオニアとして注目が集まっています。
成川さんは6次産業化をやろうと思って始めたのではなく、「木を活かしたい」と思い、たどり着いたのが今のスタイルだと言います。現在のお取引先は、県内のレストラン、旅館、アウトドアショップ、幼稚園など、ジャンルも様々で多岐に渡ります。また、木工品の販売だけではなく、最近ではDIYする人たちが木板を購入されることも増えてきているのだとか。
「販売という営業部門は一番苦手ですが、ありがたいことにテレビや雑誌などでご紹介いただく機会があり、それをきっかけに、ホームページを見て来店してくださったり、ショッピングサイトから購入していただいたりと、少しずつお客様に認知していただけるようになってきました。いや、まだまだですけどね」。
EPILOGUE
地域への恩返しと育成にも力を入れて
成川さんが阿賀野市に移住し、工房・ギャラリーを構えて今年で10年目。
自然に囲まれた暮らしへの憧れと、思い描いている木の仕事をするための条件が重なり、県内20軒以上の物件からこの場所を選んだそうです。
「初めてこの土地を見に来た時に、お隣さんにご挨拶に伺ったんですよ。簡単に事情を話したら『とりあえず中へ入れ!』とおじゃまさせていただいて。それから、僕がやりたいと思っていることを話すと、『うちの山を好きにしたらいいさ』と、山の一部をお貸しいただけることになったんです。これはありがたい出会いでした。
阿賀野市の皆さんって、とてもあたたかい人ばかりなんですよ。ご商売をされている方同士の横のつながりも強くて、暮らしやすい地域ですね」
阿賀野市に移住したのはまだ24歳で独身だった頃。それからも、あたたかい方々との出会いがあり、この地で仕事をして家族を持った成川さん。妻の亜衣子さんは、そんな成川さんを影で支えています。
「コロナ禍前まではギャラリーでワークショップを開催していて、私が主に担当をしていたんですけど、ちょうどコロナ禍に出産もあったことで、今は一旦おやすみしています。以前も好評だったので、今年からまた再開したいなと準備中ですね」と亜衣子さん。
元々は幼稚園教諭という異業種から潤森に入られて、戸惑ったことや大変だったことはありますか?
「私が大変なことはあまりなくて。それよりも主人のことが心配になってしまいます。林業って危険な仕事で、命綱のロープ一本を身体に巻き付けて、高い木の上まで登っていくんですよ。森に伐採に出かけた日は、無事に帰ってきて顔を見るまで安心できませんね」と不安げな表情で語ってくださいました。
まさに、林業は命がけの仕事。従事してくださる方がいるからこそ、私たちの暮らしが守られていることを、忘れてはいけませんね。
一方で、近頃では理念に共感をし、潤森の門を叩いてくれる人たちも増えてきたと言います。一人ではできることに限界があるからこそ、雇用を生み出して森を守る人たちを増やしていきたいと考えているそうです。
そして、成川さんは現在母校の日本自然環境専門学校で非常勤講師も務められています。若い世代に林業を知ってもらい、環境保全について学ぶ機会をもっと増やしていきたいと、人材育成にも意欲を見せます。
森から里へ、里から川へ、川から海へ。
自然の循環があって、私たちの暮らしがあります。つまり、森を守ることは、暮らしを守ること。ついつい見落としがちな私たちに、潤森の生活道具は大切なことを気づかせてくれます。
森から生まれた木の生活道具は、森と私たちをつなぐ架け橋。ぬくもり溢れるアイテムたちを、ぜひ手にとってみてください。
NEXT EPISODES
最後に、阿賀野市の魅力的なお二人を、成川さんからご紹介いただきました。偶然にも同じ笹神地区に拠点を構えるお二人です。
100%新潟産のはちみつとお米を生産販売する「八米(はちべい)」
1人目は、阿賀野市の里山を中心に活動する、はちみつとお米の養蜂農家「八米」の代表 髙橋敦志さん。
「髙橋さんとは、数年前に新潟市の朱鷺メッセで開催されたイベントに参加した際、阿賀野市のPRブースで初めてご一緒させてもらいました。
お話してみると、同じ高校の出身で驚きましたね。髙橋さんは養蜂家さんで、蜂と密接な関係にある里山を大事にされていたり、環境保全に対してもすごく学んでいらっしゃったりと、僕との共通点が多く話が盛り上がりました。
はちみつやお米以外にも、地元の幼稚園児さんと一緒に種を植えて、ひまわり畑を作るなど、とても地域思いで尊敬する先輩です」と成川さん。
調べてみると、「八米」は、100%新潟県産の完熟・非加熱の純粋はちみつを生産しており、八米はちみつ農法という、はちみつを混ぜた液肥を散布した米づくりも行っているとのこと。
環境省が主催するグッドライフアワードで環境大臣賞を受賞するなど、その取組みにも注目がされているそうです。お話をお聞きするのが楽しみです~!
地元で知らない人はいない歴史ある名蔵「コトヨ醤油醸造元」
2人目は、「コトヨ醤油醸造元」代表取締役の小林丈将さんをご紹介いただきました。
なんとコトヨ醤油さんのだし醤油「コトヨ和院」は、我が家の愛用品。取材にお伺いできるなんて嬉しいな~!
「コトヨ醤油醸造元」は江戸時代後期にあたる嘉永元年創業で、なんと約180年も続く老舗の蔵元です。
現在は、10代目である小林丈将さんとご両親、従業員の方の5名で営んでいらっしゃいます。
「潤森の工房から車で5分で、同じ笹神地区にあるご近所さんなんです。小林さんと出会ったのは、前身のKIYA DESIGN時代で、イベントでご一緒したのがきっかけでした。それからご縁をいただいて、新商品の燻製醤油にうちの桜のチップを使っていただいています。卵かけご飯はもちろん、ステーキの仕上げにかけても美味しいんですよ~」と成川さん。
くんせいしょうゆ?!聞き慣れない商品ですね。調べてみると、その名の通り醤油をスモークチップで燻したものだそうですが、かけるだけでスモーキーな燻香が楽しめるとのこと。しかも、潤森さんの桜チップを使用されているだなんて、これは気になりますね。
阿賀野市を支えるお二人に、しっかりとお話を聞いてきたいと思います!