阿部 康 (あべ やすし)さんの自己紹介
阿賀町(旧三川村)で生まれ、幼少期は埼玉県で育ちました。小学校3年の時に阿賀町へ家族で移住し、両親が始めた裏五頭山荘を手伝うようになって早40年以上です。主に調理や接客を担当しています。山菜やきのこを取りに、山へ出かけることもありますが、最近は忙しくてなかなか行けていません。
PROLOGUE
新潟県の東部に位置する阿賀町三川地区。
新潟市から行く場合は、磐越道を走って安田インターで降り、国道49号線を津川方面に向かうか、三川インターで降りるという二通りの行き方がありますが、私は毎回、国道49号線を選んでしまいます。
その理由は、悠々と流れる阿賀野川と、その対岸に生い茂る樹々の風景が、あまりにも美しいから。この風景は、他の地域では感じられない濃緑の樹々、渓谷の美しさを、毎回感じさせてくれます(脇見運転には要注意ですよ!)。
さて、三川といえば、温泉やスキー場、キャンプ場、観光きのこ園など、規模は小さいながらも多彩な見どころ、立ち寄りスポットが点在している町。
お隣・阿賀野市の名山・五頭山の裏側に位置し、五頭山への登山道も整備されています。五頭山は「登ったことがある」という人や、「小学校の時に、五頭の少年自然の家に行った」という人もいるかもしれません。
そして、阿賀町三川は五頭山の裏側にあたることから「裏五頭(うらごず)」とも呼ばれています。
五頭山のちょうど真裏にあたる阿賀町の中ノ沢地区は、キャンプ場や体験施設を有する中ノ沢渓谷森林公園などがある大自然の宝庫。
新緑が美しい春から夏にかけて、紅葉から雪景色へと彩りを変え、四季折々の風景を楽しませてくれる場所です。
「いやぁ、いくら自然がきれいだからって、インドア派はそういうところに行くのは、なかなかハードルが高いよ…」というそこのあなた!
今回、ご紹介するのは、山登りやアウトドアに縁がないという方にこそ、知っておいてほしい場所のお話です。
この中ノ沢地区にあるのが、「登山客ではなくても泊まれる。しかも食事処だけの利用もOK」という懐の深い山荘、その名も「裏五頭山荘」。
噂によると釣り堀で魚釣りもできて、川床座敷もあって、川魚や山菜料理に店主の阿部康さん手作りのピザも楽しめて…と一度で二度三度と楽しめるお宿なのだとか。
裏五頭山荘の周辺は、見渡す限り木、木、木。そして川。ここまで山の奥深い場所に、どのようにして一軒の宿が生まれたのでしょうか?
自然豊かな場所とおいしい食べ物が大好きな私、今回は裏五頭山荘の秘密に迫ります!
INTERVIEW
阿賀町の山の中、ポツンと一軒宿
新潟市から裏五頭山荘まで向かうには、まずは国道49号線を阿賀野市方面へ。阿賀野川の清流に沿って走って阿賀町に入り、「道の駅阿賀の里」の前を通過。「道の駅みかわ」と阿賀町のパワースポットとも呼ばれる「将軍杉」の看板がある交差点を左折し、県道513号に入ります。
道中は次第にくねくねとした山道になりますが、ところどころに「裏五頭山荘」の看板があるので、それを頼りに進みましょう。
時に車1台が通るのがギリギリの道があったり、野生の猿に遭遇したりと、「本当にこの先に宿があるの…」とちょっぴり心配になりながら車を走らせること15分ほど。
森の中にぬっと現れました!裏五頭山荘。駐車場も広いです。
青々とした木々に囲まれ、川のせせらぎ、鳥やセミの鳴き声も聴こえてきます。
思わず深呼吸がしたくなるような風景が広がっていました。
「遠いところ、ようこそお越しくださいました」と出迎えてくれたのは、裏五頭山荘の店主・阿部康さん。
建物を案内してもらいましたが、正面と左手は食事処、右手は客室やお風呂など宿泊スペースになっていました。ところどころ、増改築を繰り返したと思しき箇所も。
食事処からは建物の下を流れる中ノ沢川を眺めることができ、京都の納涼床(のうりょうゆか)のような雰囲気がいいですねぇ。
ところで、阿部さん、裏五頭山荘はどんな経緯で始まって、今この形で営業されているんですか?
「裏五頭山荘の開業は、昭和56年です。私自身は阿賀町で生まれて、埼玉で生まれ育ったのですが、両親が旧三川村出身だったこともあり、小学生の時に家族そろってUターンしてきました。当時は、食堂や宿泊を兼ね備えたいわゆるドライブインが大流行していた頃。両親も自分たちの地元で何か始めたいと、小さな食堂からスタートしたそうです」。
阿部さんが埼玉から阿賀町へ来たのは小学3年生の時。転校するのが嫌だった記憶があるそうですが、幼かっただけにすぐに山の生活に馴染んでいったのだとか。
最初の1年はうどんやそばを提供する食堂から始まり、2、3年後には宿泊施設も増築して、宿として親しまれるようになった裏五頭山荘。
阿部さんはご両親と共に店を手伝っていましたが、高校卒業後は阿賀町を離れて埼玉や東京へ。飲食店などで調理やホール業務、経営なども学び、25歳の時に再び阿賀町に戻ってきました。
「絶対に跡を継ぐと意気込んでいたわけでもないんです。魚を焼いたり配膳したりと、小さい頃から店を手伝っていましたが、これはもう、商売をやっている家の宿命のようなものですから(笑)。家業を継ぐことへの漠然とした思いは、昔からありましたね」と阿部さんは振り返ります。
阿部さんが戻って来てからの裏五頭山荘は、ますますパワーアップ!
飲食店での経験を生かして、生地から手作りして窯で焼くピザを週末限定で提供したり、子ども連れの方が楽しめるように川魚を泳がせた釣り堀を作ったりと、幅広い世代が楽しめる工夫を重ねていきました。
その甲斐あって、裏五頭山荘の利用者数は年々増加。ネットの予約サイトを通じて、関東や沖縄、北海道からも宿泊客が訪れています。
「料理を楽しみに来る人、自然を満喫したい人などさまざまですね。家族連れで楽しまれる方も以前より増えています。春の山菜、秋のきのこのシーズンになると、特に多くのお客さまが訪れています」。
地域の知恵を生かした山菜料理でおもてなし
「山荘」というと、五頭山の登山客に向けた場所とイメージしてしまうのですが、登山客はほんの数パーセントなのだとか。
「五頭山の登山客の方ももちろん大歓迎ですが、ふらっとドライブしながら訪ねて来る方や、裏五頭山荘の少し先にある中ノ沢森林公園を利用される方など、どちらかというと、ここを通過される方が気軽に立ち寄って、食事ができる場所というイメージかな。何もない山の中だからこそ、この場所の自然や食を楽しんでいただきたいですね」と阿部さん。
阿賀町以外のところから、裏五頭山荘を目当てにやってくる人が多いというのは、きっとこの場所、この自然に惹かれてのことなのでしょう。
さて、日本全国にファンを持つ裏五頭山荘の人気の秘訣は、大自然だけには止まりません。
先ほども阿部さんが話されていたように、春は山菜、秋はきのこを使った料理が自慢なのです。
裏五頭山荘の周辺は、春から初夏にかけてワラビ、コゴミ、フキ、アザミ、ゼンマイ、ウド、コシアブラ、タラの芽、ウルイ、モミジガサ、ボンナ(ヨブスマソウ)、アケビの芽、イタドリなど、多種多様が取れるまさに山菜の宝庫。これらの山菜は、阿部さん自身が山で採取することもありますが、地元の人に採ってもらうこともあるそうです。
「山菜料理については、地元の方々から作り方を教えていただいたり、自分でも研究を重ねたりしながら、少しずつレパートリーを増やしていきました。この辺で暮らす方々にとって、山菜は珍しいものでもないので(笑)、地元の方よりも外から来られたお客さまに山菜料理は人気ですね」と阿部さん。山菜料理はいつしか裏五頭山荘の名物になっていきました。
採れた山菜は、その特性に合わせて下処理と調理法が選ばれます。
「山菜の種類によって、茹で時間や火の通し方を調整することが大切ですね。例えば、ウルイとワラビは同じように火を通すとしても、時間の長さが全く異なりますから」と阿部さん。また、鮮やかな色合いを出すためには「塩を加えて茹でて、すぐに氷を入れた冷水にさらす」など、家庭で山菜を処理する際に役立つアドバイスも聞いちゃいました!
さらに、ワラビ、フキ、アザミ、ウドなどは塩漬けにすることで長期保存が可能なため、通年を通して提供することができる一方で、タラの芽、コシアブラ、ウルイなどは生のままでは保存が難しいことから、旬の時だけ味わえるといった山菜ごとの特性もあります。
「山菜ごとのおいしい食べ方なんかは、地元の方々に教えてもらうことが多かったですね。例えば、山菜の下処理で重要なアク抜きは、一般的には重曹を使うことが多いと思いますが、うちでは昔ながらの方法である灰を使って行います。灰だと食べた時の山菜の苦味やえぐみが、重曹よりも出にくくなると言われています」。
山菜ごとの鮮やかな緑、みずみずしさが見た目からも伝わってきますよね
実際にいただいてみると、フキ一つにしてもお浸しや油炒めにすると味も食感も違って感じますし、天ぷらもサクサクの衣と塩加減が絶妙でおいしくいただきました!
EPILOGUE
清らかな水と潤いの森がもたらす裏五頭の恩恵
裏五頭山荘がある阿賀町中ノ沢地区は、阿賀町の中でも特に自然が豊かな地域。
「自然の中で育まれる山菜や岩魚などの川魚は、阿賀町のこの地域ならではの恵みだと思います」と阿部さんは語ります。
もし、この場所に裏五頭山荘がなかったら。この景色も、ただ通り過ぎてしまうだけの自然の風景だったのもかもしれません。
ですが、ここに裏五頭山荘があることで、立ち止まって自然に感じ、その恵みをいただくことができる…裏五頭山荘が、この場所に価値を生み出しているように私は感じました。
「いやいや、そんな大層なものではないですが…(笑)。ここに移り住んだ当初、何もなくただただ自然が広がっている場所だったと記憶していますが、両親が食堂を始めて、宿を併設し、そこで今や看板メニューになった山菜料理を地元の方々に教わりながら、お客さまに振る舞うようになりました。
振り返れば、その時々に必要なことに取り組んで、それを続けてきただけですが、裏五頭山荘を目的地にして、阿賀町に少しでも人が訪れるようになっているのなら、それは喜ばしいことです」。
中ノ沢は三川地区の中でも小さな集落ですが、最近では若手農家の方が移住してきたりと、規模は小さいながらも動きを感じる場面が増えているそうです。
阿部さんは「移住して来られた方とも、できる限りコミュニケーションを取るようにしています。地域の一員として受け入れ、共に地域を盛り上げていけたら」と思いを語ってくれました。
何もなかった場所から、目的と価値のある場所へ。
阿部さんは地域の資源や知恵を大切にしながら、この土地ならではの魅力を育んできたのですね。その言葉の端々からは、裏五頭という場所への愛着が感じられました。
ただただひたすら自然に癒されたい、ゆったりした時間を満喫したい、そんな現代社会にお疲れの皆さま!ぜひ、自然に身を委ねる贅沢を味わってみませんか。
NEXT EPISODES
最後に、阿賀町の魅力的なお二人を、阿部さんからご紹介いただきました。
中ノ沢の森の守り人「お山の森の木の学校」の明石浩見さん
1人目は、裏五頭山荘から車で5分ほどの場所にある「お山の森の木の学校(中ノ沢森林科学館)」で代表をされている明石浩見(あかしひろみ)さんです。
お山の森の木の学校は、自然観察会や木工体験などを通じて地域の環境保全や自然教育を学ぶ拠点になっています。
「明石さんは樹木の博士であり、県産木材の活用や森林散策などを行なって、地域資源としての森を守るために活動されています。
30代の頃に新潟市から移住されてきたそうで、私とは異なる視点や経験を持っているように感じています」と阿部さん。
広大な森が広がる阿賀町中ノ沢。明石さんはどのように森を守り、伝える活動をされているのか、じっくりとお話を伺ってみましょう。
遊覧船からお土産まで!阿賀町を満喫する道の駅「阿賀の里」
阿賀町には「阿賀の里」と「みかわ」の二つの道の駅があります。
今回ご紹介する2人目の方は、道の駅「阿賀の里」の代表を務める関 仁(せき ひとし)さんです。
「関さんは道の駅の運営を通じて、地域の伝統や文化を大切にしながら、新しいアイデアで地域を盛り上げている方です。阿賀の里では、地元の特産品を使ったオリジナル商品の販売やイベントの開催など、さまざまな活動に取り組んでいらっしゃいます。移住支援もされているそうです」と阿部さんに教えていただきました。
阿賀町の立ち寄りスポットとしても名高い道の駅「阿賀の里」。
訪ねたことのある方はよくご存知かと思いますが、道の駅オリジナルのお土産があったりと、見どころ満載なんですよね。
人気の道の駅の裏側に迫ってきたいと思います!
明石さんと関さんのエピソードも、どうぞお楽しみに!