渡邊 一嘉 (わたなべ かずよし)さんの自己紹介
弥彦村出身です。大学卒業後は県職員として働き、40歳で退職して就農して以来、妻と二人三脚で「Joy Farm わたなべ」を営んできました。2年前から農業を学んだ三男が加わってくれました。農園の規模は大きくはありません。こぢんまりですが、果樹を中心とした経営で楽しく農業をしております。
PROLOGUE
弥彦村といえば、弥彦山に彌彦神社、弥彦温泉に弥彦公園。人口約7,600人の小さな村の中に、新潟県を代表する観光スポットがこれだけある場所って、全国的に見てもなかなか珍しいのではないでしょうか?
一方で、新潟県が誇る観光地でありながら、手付かずの自然もところどころに残っているのもまたいいのです。実際に観光地を抜けて車を走らせていると、これぞ越後平野!と思わせるのどかな田園風景、山の斜面を利用した畑が広がっています。観光地のにぎやかさがありながら、のんびりとした暮らしの営みが垣間見えるという点も“弥彦らしさ”なんです。
さて、弥彦村といえば、昔から農業も盛んです!
ブランド化された「伊彌彦米」や枝豆の「弥彦むすめ」。丘陵地を利用したぶどう栽培など、地域の特色を活かした農業が営まれています。
そんな弥彦村で、渡邊一嘉さんは「Joy Farm わたなべ」との名称を掲げて、弥彦の特産品でもあるブドウをはじめ、ル レクチエ、リンゴ、ギンナンなどの果樹と水稲の栽培に情熱を注いでいます。
また昨年は、ワイン特区を活用した弥彦村で初めてとなるワイン作りに、JA弥彦村ぶどう部会の一員として参加。原料の集荷に全面的に協力しました。ワイン醸造に挑戦された「弥彦ブリューイング」の羽生雅克さんは「渡邊さんは、農業への情熱が素晴らしく、おいしさにとことんこだわった貴重な農家さん。ワインに使わせていただいたブドウだけでなく、リンゴを使ったビール製造にも協力してくださったんです。もう渡邊さんなしにはワインもビールも作れません(笑)」と絶大なる信頼を寄せています。
食いしん坊としては「おいしさにとことんこだわった」という部分にそそられます。
おいしさの秘訣や、どんな農業をしていらっしゃるのか、渡邊さんにお話を伺ってみましょう!
INTERVIEW
就農する若者とル レクチエに魅せられて
「渡邊さんの農園は、燕市吉田との境目にほど近い、弥彦村の井田丘陵と呼ばれる小高い丘の麓にあるんですよ」と弥彦ブリューイングの羽生さん。弥彦ブリューイングのお店からは車を走らせること5分ほど。辺りは弥彦山を背景にビニールハウスや田畑が立ち並んでいます。
「Joy Farm わたなべ」の看板も発見! ちょっと強めの春風が吹く中、出迎えてくださったのは、「Joy Farm わたなべ」の代表である渡邊一嘉さんと奥様の明美さんです。
こちらは渡邊さんのご自宅の一角にある作業場。普段は農機具を収納するスペースや休憩場所として利用されているそうですが、季節になるとその日に取れた作物を販売する直売所に変身。村内外から渡邊さんが作る果物のおいしさの虜になったお客さんが、訪ねてくるそうです。
「うちは果樹と田んぼの2本柱です。主力はブドウ各種と西洋ナシ、それにリンゴですね。あとはクリやギンナンなども栽培していますよ。ブドウは弥彦特産のデラウェアと大粒系の12品種、西洋ナシはル レクチエです。リンゴは、ここ数年で力を入れ始めたところなんです」と渡邊さん。
就農した当時は米と枝豆と果物の3本柱だったそうですが、枝豆と果物の作業が競合してしまうため、枝豆の栽培はやめて果物を優先していくことになったといいます。
渡邊さんが作ったものは近隣の農産物直売所での販売をはじめ、ふるさと納税の返礼品としても採用されている他、時期になると自宅の作業場で直売も行っています。
渡邊さんが作っているという“おいしい果物”にも興味津々なんですが、「渡邊さんは経歴も興味深いんですよ」と羽生さんから聞いていました。なんでも、農業を始めたのは40歳を過ぎてからだったとか。
それまでは県職員として働いていましたが、仕事を辞めてまで農業をやりたいと思ったきっかけを尋ねると「西洋ナシの一種であるル レクチエがきっかけでした」と渡邊さん。
県職員としては栽培を指導する立場としてル レクチエに関わっていた渡邊さんですが、「一口食べた時に、上品な甘さと豊かな香り、ジューシーな食感に驚きましたね。こんなにおいしいものを、自分の手で作れたらいいよなぁと思ったんですよ」と懐かしそうに振り返ります。
もう一つ、渡邊さんの就農への決断を後押ししたのが、農業大学校の学生との交流でした。学生の中には家業である農業を継ごうと頑張る人、新規就農を目指す人もいました。
「みんなが悩みながらも、農業への情熱を持って学んでいる。そんな姿を見ているうちに、刺激を受けたのでしょうね。仕事を辞めることに関して、妻は全く反対しませんでした。むしろ楽しみにしてくれました(笑)。感謝しかありません」。
一嘉さんの隣で話を聞いていた妻の明美さんは「むしろ一緒になって農業を手伝いたいなと思いました。私の実家は農家ではなかったので、大変さが分からなかったというのもありますが、農業に新鮮味を感じたんですよね。知らないことを1から勉強できる、そんな楽しさを感じました」とにっこり。
なんと良い話……!ご両親と明美さんの後押しも、就農への大きな手助けになったのですね。
手間を楽しむ農業が、“おいしさ”につながる
渡邊さんのもとに取材に訪れたのは、3月上旬のこと。3月は果樹の剪定作業の仕上げや田植えの準備などが始まる時期でもあります。
「うちで本格的に収穫が始まるのは、①ブドウ、②米、③クリ、ギンナン、④リンゴ、⑤西洋ナシの順番ですね。農閑期と思える今の時期、農家って何してるの?と思うでしょう(笑)。でもね、この時期の果樹園や田んぼの手入れが、最盛期にものを言うんですよ」と渡邊さんは力強く語ります。
農業でいうところの「手入れ」と聞くと……農業に関する知識が全くない私なんかは、土や水のことを最初にイメージをしてしまいます(単純!)。
「もちろん、そういったことも大事なんですけどね。私が一番大切にしているのは、作物の観察です。作物の様子をよく見ることが何よりも大切なんですよ」。
例えば、葉の色が薄く、ツヤがなくなっている場合は根っこの状態が芳しくない証拠で、すぐに手当てが必要なサインであったりします。ブドウの葉であれば色が濃すぎると枝の勢いが強すぎて、養分が実に十分に回っておらず、粒つきや太りが悪くなってしまうのだとか。
「枝や葉などの様子は、土の中(根の生長)で何が起きているかを教えてくれるバロメーターなんですよ。だから、よく観察して、どんなケアが必要なのか判断します。心掛けているのは適期作業の実践です」。
作物の生育に合わせて、適期に必要とされる作業の積み重ねが、最終的に品質の差となって表れるという渡邊さんの言葉からは、農作物と真摯に向き合う姿勢がひしひしと伝わってきます。
「収穫時期もおいしさを引き出すポイントになると思います。完熟で収穫するタイミングが大切なのですが、その見極めが本当に難しい。収穫のタイミングを逃すと、せっかくの果実も台無しになりますから、毎年ドキドキしながら収穫作業を進めています」。
果物の本来の香りと味わい、甘さや瑞々しさ。私たちが普段当たり前のように感じているおいしさは、農家の方々の地道な作業によるもの。冬の農閑期であっても、コツコツと枝や幹を観察し、必要であれば手入れも行うことで、夏から秋にかけて果物が最もおいしくなる最盛期を迎えているんですね。
EPILOGUE
育てる人、作る人、売る人、地域ぐるみの農業を!
三男の友博さんが加わり、今まで以上にパワーアップした「Joy Farm わたなべ」。弥彦村の農家として今後どのような展開を考えているのかを尋ねてみました。
「品目でいうと、やはりこれからはリンゴとクリに力を入れていきたいと考えています。リンゴ栽培は生食+加工利用で十分伸びしろがあると思っています。現在は9種類を栽培していて、その中で力を入れているのは「はるか」という品種です。これを新潟で作っている人は、ほとんどいないんじゃないかな?」と渡邊さん。
「はるか」は黄色い果皮に、上品な甘みと華やかな香りが特徴だとか。食べたことがないので興味津々です。今年の秋は絶対に食べなくては……!
そして、弥彦村といえば、地域の特産品でもあるブドウ。
「Joy Farm わたなべ」でも、弥彦定番のデラウェア、大粒種は高尾、巨峰、シャインマスカット、クイーンニーナ、マイハート、サニードルチェ、クイーンセブン、多摩ゆたかなどなど、多種多様なブドウの栽培を手がけています。すごい、初めて聞くブドウの品種ばかり!(笑)。これは食べ比べてみたくなりますねぇ。
「ブドウ栽培は昭和45年頃から本格的に始まったそうです。弥彦村はデラウェアの一大産地となりましたが、農家の高齢化などにより、今では当時の面積の1割ほどにまで減ってしまいました。農家の数は減っていますが、ブドウは弥彦の特産品であることには変わらず、今もふるさと納税などで活用されてとっても人気なんですよ」と渡邊さん。
ブドウといえば、弥彦ブリューイングの羽生さんと手がけていらっしゃる、弥彦ワインにおいてはどのように関わっているのでしょうか?
「羽生さんから、弥彦村で取得しているワイン特区を活用してワイン作りに挑戦したいという相談をもらったことが始まりでした。生食用の栽培で市場出荷に向かない規格外品を活用したいとの相談を受け、ぶどう部会全体で取り組むこととしました。糖度が高く食味になんら問題のないブドウで、残念ながら規格外になってしまったものを原料として集めたわけです」。
今年で2年目になるワイン作り。弥彦ワインの特徴は、デラウェア単品で作る白ワインと大粒品種を複数混ぜ合わせた赤ワイン。特に後者は品種の組み合わせで、その年でしか味わえない品質に仕上がるそうです。
「昨年はとにかく数量を集めなければと奔走しましたが、今年はそれも大切にしつつ、規格外品とはいえ皆さんに飲んでいただくものなので、醸造用の原料として、ブドウの質を高めていきたいですね」と渡邊さんは抱負を語ります。
ここ数年、弥彦村では、村外から移住してきて枝豆栽培を主体に新規就農される方が増えてきているそうです。
「弥彦の農業は、本当に可能性に満ちていると思いますよ。最近は都会から移住してきて就農する若い方も増えてきていて、村全体に新しい風が吹いている。行政の支援体制も整ってきましたし、何よりそうした新規就農者の皆さんのバイタリティが、地域に活気を与えてくれるんじゃないかと頼もしく思います。また、村内の旅館やカフェなどで地元の農産物を積極的に利用して弥彦らしさをPRしようとする取り組みが行われるようになってきました。観光や商工との連携で新たな弥彦の魅力が出来つつあると思っています」と渡邊さんは笑顔で語ります。
「Joy Farm わたなべ」の「ジョイ」とは「喜び」との意味です。
「農業だけでなく、弥彦ワインのように農業が地域の力になれる場面もたくさんありますから、楽しいこと、新しいことにもどんどんチャレンジしていきたいですね」と渡邊さん。
農園の名前のごとく、渡邊さん一家が農業を目いっぱい楽しんでいる姿が印象的でした。