
中川 雅之 (なかがわ まさゆき)さんの自己紹介
1983年生まれ、大阪府出身です。新潟大学工学部建設学科を卒業後、岐阜県立木工芸術スクールへ。その後、奈良や京都の家具工房で修業を重ね、シンプルで機能的な美しさを追求したシェーカーデザインの家具づくりなどを学びました。2011年、新潟に移住し、家具ブランド「ISANA」を設立。無垢材を使ったオーダーメイド家具を中心に制作しています。趣味は家具や建築を見ることや、銭湯・温泉・秘湯めぐりです。
PROLOGUE

ふと一息ついたり、ほっと心を落ち着かせる時間といえば、どんなひとときを思い浮かべますか?
自宅でテレビを観ているとき、温泉に浸かっているとき、美しい自然の景色を眺めたときなど、きっと人によってさまざまですよね。(ちなみに私はお気に入りのレストランで食事をしたとき♪)
慌ただしい日々を過ごすなかで心がほぐれる瞬間というのは、身も心もリセットし、自分が自分でいられるための大切な時間かもしれません。
今回ご紹介するのは、そんな日常のなかで、ふと“心がうごく時間”をつくることを大切にしている家具メーカー、ISANA(イサナ)代表の中川雅之さんです。



ISANAのプロダクトは、ダイニングテーブル・チェア、ソファ、スツールなど、いわゆる「脚物家具」です。新潟市秋葉区を拠点に無垢材を使った家具を制作しています。
ナチュラルでシンプルなデザイン。そして、直線とゆるやかな曲線を組み合わせた落ち着いた佇まいが特長で、なんだか眺めているだけで手仕事のぬくもりまでも伝わってくるようです。

家具職人の中川さんは家具制作だけでなく、木工教室の開催や専門学校での講師、さらにはイベント活動にも関わりながら、木の文化を暮らしの中に伝える取り組みを続けています。
今回は、ショールーム兼工房におじゃまして、家具づくりへの思いやデザインの考え方、そして新潟の森とつながる活動についてお話を伺いました。
INTERVIEW
暮らしの中で長く寄り添う家具

新潟市秋葉区古津にある「ISANA FACTORY」と名付けられたショールームには、家具が所狭しと並びます。ドアを挟んで向こう側には工房があり、ここで中川さんは、家具の設計から制作、納品までを一貫して手がけています。
ISANAの家具はオーダーメイドが中心ですが、基本となるデザインをベースに細かな調整を加える、「セミオーダー」に近い形で制作されることが多いそうです。
「ゼロからすべて設計するというより、基本の形があって、そこから少しずつ変えていく感じですね。家具って一度置いたら長く使うものなので、その人の暮らしの中で自然になじむ形を見つけていくことが大事だと思っています」と中川さん。
たとえばテーブルなら高さや幅を調整したり、椅子なら座面の角度や背もたれの形を変えたり。使う人の生活や体格、部屋の空間に合わせて、細かな部分を調整していきます。

そして、家具の中でも、とくに難しいとされるのが椅子です。テーブルや棚は空間に置かれる家具ですが、椅子は人の体に直接触れる家具。背もたれの角度や座面の高さ、脚の位置など、ほんのわずかな違いが座り心地に大きく影響します。
「椅子は本当に難しいですね。角度を少し変えるだけでも座ったときの感覚が全然違うんです。だから試作を何十回も繰り返して、実際に座ってみて、また直して、ということを何度もやります。この椅子の座り心地を比べてみてください」と、椅子を2脚並べてくれました。

一見すると、ほとんど同じデザインに見える2脚の椅子。まず1脚目に座ってみると、背もたれがほどよく体を支え、十分に座り心地の良い椅子だと感じます。続いて2脚目に腰掛けてみると、その違いははっきりと分かりました。座面の角度と背もたれの当たり方がより自然で、体がすっと収まり、長く座っていても負担が少ない感覚があります。
実は1脚目が15年前、中川さんが独立した当初に作ったもの。そして2脚目は数年前に作ったもの。見た目は似ていても、体に触れたときの心地よさはまったく違います。試作と改良を重ねるなかで少しずつ磨かれてきたものが、こうした座り心地の差として表れているのです。
家具は単なる道具ではなく、暮らしの中で毎日触れるものだからこそ、使う人の時間に寄り添う存在でもあるのです。
「ありそうでない」をつくるデザイン

ISANAの家具をよく見ると、どこか独特の表情があります。派手な装飾があるわけではありませんが、細部に目を向けると、一般的な家具とは少し違う工夫が見えてきます。
たとえば、木材を固定するビス(ねじ)の使い方です。
家具の世界では、ビスの頭を見せないように作るのが基本とされています。接合部分をいかに隠すかが、職人の技術の見せどころでもあるからです。しかし中川さんは、その常識をあえて疑います。

「家具の世界には長く続いてきた作り方やルールがあります。でも、必ずしもそれだけが正解ではないと思うんです。例えば、普通は隠すように作るビスをあえて見せたり、接合の形を少し変えてみたり。そうすることで、今までにありそうでなかった表情が生まれることもあるんです」
既存の技術を学びながらも、そこにとどまらず、常識を一度疑ってみる姿勢。ISANAの家具が目指しているのは、いわば“ありそうでない形”だと中川さんは話します。
こうした小さな工夫の積み重ねがISANAの家具の個性を形づくり、SNSを通じて海外の家具職人たちからも注目されました。

「制作した家具の写真をInstagramに投稿していたところ、ある日突然、海外の家具職人たちから多くの反応がきたんです。フォロワーが増えていくのを見たら、みんな同業者だったんですよ」
言葉がなくても伝わるディテールやアイデア。写真を見た職人たちがその工夫に「いいね!」し、たちまち何万人ものフォロワーを集めました。
SNSは世界中の職人たちが互いの仕事を見ることができる場所でもあります。中川さんにとっても、新しい刺激を受ける場になっているそうです。
家具と森をつなぐ活動

家具づくりを続ける中で、中川さんが強く意識するようになったのが、木が育つ森のことでした。
新潟県は森林が多く、広葉樹も豊富にあります。けれど、その木々が家具材として地域の中で十分に生かされていない現状があるのだとか。
家具に使う木材は、製材するだけでなく、反りや割れを防ぐための乾燥まで必要になります。しかし県内では、その工程まで安定して対応できる環境が限られており、実際には県外や海外から流通する木材を使うのが現実的だといいます。
そうした現状に違和感を抱いた中川さんは、知人のつながりで新潟の山や木材の現場にも足を運ぶようになりました。そこで見えてきたのは、木を使いたい家具職人の思いだけでは動かせない、林業や製材、流通の大きな仕組みでした。

「新潟に戻ってきて家具づくりを始めた頃から、ずっと引っかかっていたことがありました。すぐそこに木があるのに、どうして北海道や海外の木材を使わなければいけないんだろうと。県産の広葉樹が手に入れば『うちは新潟県産材を使っています』と自分の工房の強みにもなると思っていたんです。
でも実際に山に行って、林業の現場や地域の人たちの話を聞くうちに、それだけでは全然足りないと気づかされました。自分一人が材料を買って使ったところで、山にお金が返るわけでも、林業がよくなるわけでもない。だったらこれは自分だけの話にしてはいけない。みんなでやらないと意味がないと思ったんです」
一人の家具職人としてできることには限りがある。だからこそ、同じ思いを持つ仲間とつながり、地域の木を地域の暮らしへ返していく流れをつくりたい。そうした思いから生まれたのが、家具職人や建築家、クリエイターらが集い、新潟県産広葉樹を活かしながら森と街と人々の循環をつくる「MORRY GO ROUND(モリーゴーランド)」という取り組みでした。

県産広葉樹を使った小さなメリーゴーランドが出現
※ご提供画像
家具や作品の展示をはじめ、ワークショップやマルシェ、演劇なども交えながら、森と街、人をゆるやかにつなぐ場をつくってきました。木工や林業に関わる人だけでなく、ふだん森のことを考える機会が少ない人にも、楽しく自然に関心を持ってもらえる形を模索しているのも、この活動の特徴です。
「家具工房だけで椅子を並べても、どうしても届く範囲は限られます。でも、食や音楽や演劇の力を借りれば、森や木のことに直接関心がなかった人にも『なんかおもしろそう』『ちょっと行ってみたい』と思ってもらえるかもしれない。県産材を使っています、森林の課題があります、と正面から伝えるだけじゃなくて、まずは楽しい、おしゃれ、また行きたい、と思ってもらうことが大事なんじゃないかと考えています」と中川さん。
県産材を使うことは、単に“地元の木を使っている”という話ではありません。山のこと、木を伐る人のこと、製材する人のこと、そしてそれを暮らしの中で使う人のことまで、分断されていた関係をもう一度つなぎ直していく試みでもあります。

家具をつくり、森と向き合い、地域の木を暮らしへ返していくこと。中川さんにとってそれらは、別々の活動ではなく、ひと続きの営みです。家具職人の仕事は、工房の中だけでは完結しない。木が育つ山から、暮らしの風景までを見つめるところへ、少しずつ広がっているのです。
次回は、中川さんの家具職人への道のりや、ISANAのはじまりの場所となった「ISANA喫茶室」のことについて詳しくお聞きします。お楽しみに!








