海津 恵美 (かいづ えみ)さんの自己紹介
生まれは長岡市で、3歳からずっと加茂市七谷(ななたに)地区の農業を営む家で育ちました。子どもの頃から本好きで、図書館や家で本をたくさん読んだ思い出があります。高校を卒業してからは国文学科のある短大に進学し、山形県米沢市で会社員をしながら、月に何回かは実家に帰って田んぼとか畑の手伝いをしていました。結婚と出産を機に七谷に戻ってきて、子どもを育てながら、少しずつ農業を覚えていきました。2016年頃に「七谷さとやまふぁーむ」を立ち上げ、多品種少量生産の農業に取り組んでいます。
PROLOGUE
今回は加茂市で飲食業を展開する鴨川の佐藤晃一さんからのつながりで、加茂市の商店街から東へと向かい、七谷地区(以下、七谷)へ。七谷は加茂の山あいにある地域で、かつて七つの谷があったことから「七谷」といわれているそうです。以前は七谷村として独立した村でしたが、後に加茂市に編入された歴史があります。七谷は複数の集落で構成されており、谷筋に沿って家々が密集して建ち並び、その周りに田畑が広がっています。遠くには粟ヶ岳を望み、山奥にありがちな閉鎖的な地形ではなく、開けた景観が特徴です。
佐藤さんが再建に関わった「加茂 美人の湯」があるのも、実は七谷!
七谷は豊かな水資源に恵まれ、山からの湧き水を生活用水として利用している家庭もあるといいます。
また、七谷では農業も盛んで、自然薯やキノコ類、マイタケの原木栽培も行われています。
そんな雄大な自然に囲まれた環境の中で農業を営んでいるのが、加茂市の佐藤晃一さんから紹介された「七谷さとやまふぁーむ」の海津恵美さん。
佐藤さん曰く「農業を通じて七谷の魅力を伝えようと取り組んでいる」お一人なのだそう。
七谷でどんな農業をされているのか?何を作っているの?などなどお聞きするために、海津さんの畑にお邪魔してきました。
INTERVIEW
加茂の自然豊かな里山・七谷
加茂の中心地から、のどかな風景を眺めて車を走らせること15分ほど。
取材に訪れた日は、ちょうど稲刈りが終わった時期。田んぼの脇には、刈り取った稲を天日干しする「はざがけ」がされ、秋らしい風景が広がっていました。
海津さんが営む「七谷さとやまふぁーむ」は、海津さんの自宅とその周りに広がる農場一帯で農業が行われています。
どこでお話を聞こうかなと思っていたら、「ここから少し上がった、うちの畑の中に涼しい日陰の場所があるんですよ」と海津さん。
木陰にビニールシートを敷いて……いいですねぇ、自然の中での取材!
虫の音が聞こえ、風が心地よく抜けていきます。
こちらは海津さんのご実家の敷地とのことですが、海津さんはこちらで生まれ育ったのですか?
「生まれは長岡なんですが、物心ついた時にはすでにここにいたので、もう七谷出身ということで(笑)。子どもの頃は、この辺の田んぼや畑の中を駆け回って遊んでいましたし、放課後は両親の農作業を手伝う毎日でした」と海津さん。
私たちがここに向かうまで見てきた景色も、海津さんの幼いころから続いている風景なんですねぇ。
七谷で育ったという海津さん、高校卒業後は県外の短大の国文学科に進学。卒業後は会社員として山形県米沢市で働き始めました。
月に何度か実家に帰省し、農業の手伝いをしていた海津さんは、米沢から新潟までの山道を車で走る道すがら、過疎化が進む集落の様子が気になっていたそうです。
「どんどん集落に人がいなくなって、家や山が荒廃していくのを感じて、寂しい気持ちになりました。帰省しても、両親が高齢になってきたせいか、家や畑の周りが草ボウボウになっていたりするのが、見ていてもったいないなと思うようになったんです」。
廃れていく里山の風景、年老いていく両親のこと、さまざまな要因が重なり、海津さんが決意したのは加茂へのUターン。
高校時代の同級生だったご主人との結婚を機に、生まれ育った七谷に戻ってきました。
「理由ですか?昔から自然が好きだったのが、一番の理由かもしれません」と笑う海津さん。山の中で遊んだ楽しい思い出、幼い頃から農業を手伝ってきた記憶は、海津さんにとってどれも自然と暮らす魅力に満ちていました。
海津さんが加茂市にUターンして農業を始めたのは、二人目のお子さんの出産後。
おんぶ紐で子どもを背負いながらの農作業からスタートしたそうです。お子さんをおんぶしながら農作業って、大変じゃないですか!?
「意外とうまくいくものなんですよ(笑)。子どもをあやしながら、おんぶしながら農業をするみたいな感じの雰囲気で、ちょっとずつ慣らしていく感じでした」。
農業は海津さんのお父さん、お母さんから技術や知恵を学び、少しずつ栽培するものを増やし、海津さんは小さな歩みで自分のできる農業の幅を広げていきました。
多様性に満ちた海津さんの畑
農家として暮らし始めて、5年ほど経った頃。
海津さんは「七谷の魅力をもっと多くの人に知ってほしい」という思いから、地域名を冠したブランドとして発信を始めました。
その名も「七谷さとやまふぁーむ」。
海津さんの苗字でもなく、あえて「七谷」と地名を付けたのはなぜでしょうか?
「加茂の中でも「七谷って山だよね」と言われたり、そこまでメジャーじゃない場所という認識は昔からありました。七谷って何があるの?といわれても、加茂美人の湯と水源地があるよと言うしかなかったので(笑)。これ以外に七谷をアピールできるものを、農業を通して作りたかったんですよね」。
現在、「七谷さとやまふぁーむ」の畑には、80種類以上もの野菜が栽培されています。ナス一つを取っても、長ナス、水ナス、丸ナス、えんぴつナスなど、数種類もの品種を育てています。トマトやピーマン、パプリカ、シシトウ、オクラ、豆類、里芋など、多品種、少量生産で、いろんな作物を幅広く栽培するのが「七谷さとやまふぁーむ」のモットーです。
「一つだけやっても、私たちの中では面白みがないというか、楽しく農業するために、いろんなものを育てたいんですよね(笑)」と海津さん。
新しい品種への挑戦を続け、その土地に合った作物を探り続けています。
「例えばジャガイモでも8種類ぐらい作ったんですけど、その中でもよく育つものと育たない、育ちにくいものと、同じ環境なのに差があったりするんです」と、試行錯誤を重ねながら、七谷の土地に適した野菜を見つけ出していきました。
「七谷は結構いろいろ土質が変わるんですよね。ここは粘土質で少し固めの土だったのが、ちょっと先に行くとふかふかだったりと、場所によって特徴が違ったりもするんです」と海津さん。
基本的に七谷の土地は肥沃で、特に水持ちの良い土地では、里芋や生姜など、水を好む作物の栽培に適しているのだとか。
「あまり水が必要ないトマトとかだと、この場所だとかえって育てづらいんですよね。水持ちがいい土壌なので、水が欲しい野菜の方がよく育つ傾向にあるかもしれません」。
なるほど〜!同じ七谷でも土質が違うこともあるんですね。
そして、特筆すべきは、山からの湧き水を使用した栽培方法。自宅の裏手にある裏山部分も全て海津さん宅の土地で、そのてっぺんから湧いている水を農業にも使用しています。
この水で育てた野菜は「おいしいね」「濃い味がする」と評判で、「七谷さとやまふぁーむ」の農産物の特徴にもなっています。
また、海津さんは昔ながらの農法も大切にしています。
その根底にあるのは「山で取れるものを暮らしや農業の中で使って、山をきれいにしていけば、ずっと山も保てるし水も保てる。だからこそ、山の手入れは大切」という考え。
例えば、竹を切っては作物の支柱を作り、それが朽ちたら薪として使用するなど、資源の循環を意識したり、野菜と相性の良い植物を混栽して成長を促す「コンパニオンプランツ」という手法も取り入れています。
化学農薬に頼らない新旧の知恵や、地域の自然を生かした農業を実践されているんですね。
EPILOGUE
全方位で「七谷」をアピールしたい!
海津さんが丹精を込めて作った農作物は、加茂市内の飲食店への直接納品やイベントなどでの販売を実施。
「作るだけが農家じゃない」という思いを大切にする海津さんは、食べてみてどういう味、食感がするか、どんな料理に使うとおいしいかを伝えたいと、消費者との対話を大切にしながら、七谷の豊かな自然が育んだ野菜の魅力を伝えています。
「最初の取引先になってくださったのは加茂の「パラダイスカフェ」さんでした。母親の職場の同僚つながりで知り合ったのですが、お店を開くと聞いたので、ぜひお野菜を使わせてくださいと依頼をいただいたり、その後、お店の方の家族が農作業や稲刈りを手伝いにきてくださったり、お取り引き以上の関係性ができていました」と海津さんはほほ笑みます。
また、仲町商店街の精肉店「菜工房ヤマダ」の山田さんとの出会いが転機となり、加茂の商店街の一部での販売も行うようになりました。
「山田さんから「店に出してみない?」と声をかけられたことで、加茂の街中での販売が始まったんです」と振り返ります。
野菜の販売と共に、とにかく全面に押し出していたというのが「七谷」という名前。
「七谷を知ってもらいたい一心でした。農家だから自分の名前でも出せるんですけど、それだと七谷と分からないので「七谷さとやまふぁーむ」としたかったんです」。
その結果、徐々に七谷の認知度は上がっていきました。
「最近は「七谷マルシェ」というイベントが開催されたり、いろんな組合が立ち上がったりしていて「七谷は自然も資源もたくさんあっていいね」と言われるようにもなりました。いやぁ、地道な活動が実を結びかけています(笑)」。
海津さん自身も、七谷の存在や価値が再評価されていく手応えを感じているそうです。
「加茂市全体での活動でも、必ず「七谷」を強調するようにしています。先日、「知事との車座トーク」で花角知事とお会いした際も「七谷の海津です!」と七谷を全面に出しました(笑)」と、地域の名前を広める役割を果たしています。
「●●さん家の野菜だったら●●さん家だけの関わり合いになりますが、七谷の野菜っていえば七谷全体が関わるじゃないですか。私でなくても誰か紹介できるし、私に便乗して誰か別の方が農作物を売れたらそれもよし。いい連鎖しかないんです、七谷アピールは(笑)」と笑顔で語る海津さん。
その土地の自然を活かした農業、地域の人々とのつながり、そして「七谷」という地域への誇り。海津さんの日々の歩みは、七谷の地域の価値を高め、新たなつながりを紡いでいます。