
羽賀 恵子 (はが けいこ)さんの自己紹介
五泉市でれんこんの専業農家をしています。ずっと慣行栽培をしてきましたが、農薬、化学肥料をやめて11年目になります。ブランド「KEIKO PRINCESS OF LOTUS」で、れんこんの新しい可能性を発信中です。農薬と肥料を一切使わないから、れんこんだけでなく蓮の葉や花も余すことなく使っていただきたいですね。農作業が終わった後は出湯温泉などへ出かけて、汗を流すのが癒やしの時間になっています。
PROLOGUE
5つの泉が湧き出ていたことから「五泉(ごせん)」と名付けられたとも言われる新潟県五泉市。阿賀野川・早出川の豊富な清流に恵まれたこの地域は、その良質で豊富な水資源を背景に、古くから農業と絹織物の産地として発展してきました。
清らかな水の恵みが育んだ代表的な農産物の一つが、全国ブランドとして名高い里芋「帛乙女(きぬおとめ)」です。絹織物の白さときめ細かさを里芋の特徴に例えて命名されたこのブランドは、県内トップの生産量を誇る五泉市の特産品となっています。
……なんですが、今回は里芋ではありません。
里芋に続く農産物として人気なのが五泉の“れんこん”です。
五泉の一部の地域ではれんこんの栽培が盛んで、その中でも無農薬・無肥料のれんこんが注目を集めています。
その立役者といわれるのが、今回ご紹介する羽賀恵子さん。
五泉市で唯一の無農薬れんこん農家として、「KEIKO PRINCESS OF LOTUS」というブランドで独自のれんこん栽培に取り組んでいます。

庵地焼旗野窯の旗野さん三姉妹がおっしゃるには「私たちも土にまみれて生きてきたけど、羽賀さんも同じように“土”の匂いがしたんです。波長が合う!と初対面で実感しました」という稀有な存在だとか。
羽賀さんが栽培するれんこんは、一体どんなれんこんなのか、なぜ無農薬栽培に取り組んでいるのか、おいしいれんこんの秘密を知るべく、羽賀さんのれんこん田を訪ねました。

INTERVIEW
水と風が織りなす豊かな自然の中で
羽賀さんの取材に訪れたのは梅雨入り直後。
れんこん田には、まだ小さな蓮の葉がニョキニョキと顔を出し、水面にはアメンボやオタマジャクシが元気に動き回っていました。
その脇には用水路があり、透明度の高い水が勢いよく流れていました。

私の中でれんこん田の風景といえば、国道8号線から見える長岡市の中之島のれんこん田。花が咲く時期になると、緑の葉の間のところどころに、白やピンク色をした蓮の花が咲いていたのをよく覚えています。羽賀さんのれんこん田でも、もうすぐそんな風景が見られるのかな‥‥そう思うと何だかわくわくしてしまいます。

「れんこんの産地って、新潟ではかなり限られていて、中之島の方が有名だけど五泉も昔かられんこん栽培は盛んなんですよ。五泉は水が良いって昔から言われているように、量が豊富な上に水質も良くて、れんこん栽培にはとても良い条件が揃っているんです」と羽賀さん。
その条件とは、水だけではありません。実は風の強さも、れんこんの生育環境を大きく左右するのだそうです。
「私のれんこん田がある木越(きごし)地区は、安田に近い川東(かわひがし)地区と比べて風が穏やかなんです。蓮の葉や茎は倒れやすいので、風は天敵。風が穏やかだからこそ、ここでれんこんの栽培が続いてきたのかもしれませんね」

水と風がれんこんの栽培を左右する……思っているよりも、れんこんって繊細なんですね。
羽賀さんのれんこん田がある木越地区は、高齢化で人数は少なくなってきてはいるものの、今も専業でれんこん農家を営む方も数多くいらっしゃるそうです。
れんこん農家として歩んできた道
羽賀さんが専業農家として、れんこん栽培に携わり30年以上。
どのように栽培に取り組んできたのか、そもそもれんこんってどう育てるの?そんな素朴な疑問を、羽賀さんにお聞きしてみました。

「通常は春まで掘らずに残しておいたれんこんを種れんこんとして植え替えますが、2年越しで育てる『床立ち』というやり方があります。『床立ち』はその年は掘らずに、翌年から収穫するというやり方です。
『れんこんは縦に育つと思ってた』と言われることがよくありますが、縦ではなく横に伸びていく地下茎が肥大化したものであって『蓮根(れんこん)』と書くけど根ではないんですね」
植え付けが行われるのは、春の4月から6月にかけて。7月の生育期を経て、8月から翌年4月まで長期間にわたって収穫が続きます。収穫期間は8〜9ヶ月と、意外と長いのです!
8月頃に収穫が始まる新れんこんは、とりわけみずみずしいのが特徴だそう。れんこんって、なんとなく秋口の野菜と思い込んでいましたが、夏も旬なんですね。まさにこれからの時期!
「夏のれんこんのシャキッとした食感もいいですよ。時間が経つにつれて、味が乗って成熟していきます。れんこんって季節ごとの味の変化も楽しめる野菜なんですよね」
ちなみに、羽賀さんのれんこん田で主に栽培しているのが、金澄(かなすみ)系と在来種の二つの品種です。

金澄系は現在の主流品種で、ころっとした形で甘みが強く、シャキッとしたものともっちりしたものに分かれています。
一方、在来種は伝統的な品種で、昔ながらの長細い形が特徴。
「在来種は金澄系に比べると、よりもっちりとした食感が楽しめます。すりおろして、れんこん餅などにするのもおすすめですよ」と羽賀さんがおいしい食べ方も教えてくれました。
ブランド化で個性を明確に
羽賀さんのれんこんは「KEIKO PRINCESS OF LOTUS」というブランド名で販売されています。新潟県内で主に新潟市東区にある「ナチュレ片山」で販売されています。他はマルシェなどへの出店での販売、羽賀さんが直接発送も行なっています。
なかなか手に入らない希少なれんこんだからこそ口コミで広がり、飲食店や料理人界隈でもその品質の高さが認められているそうです。
「よく『澄んだ味がする』と言われますね。確かに食べてみるとえぐみが少なく、調理の仕方や加熱時間によっても全く違うし、れんこんの部位によっても食感は変わるんです。品種と調理法の組み合わせで、多彩な楽しみ方ができると思います」
うーん……これは食べてみたい!
ちなみに、この印象的な名前には、意外なエピソードがありました。
「私、ブラックミュージックが好きで、中でもミュージシャンのプリンスがすごく好きなんです!それを知っていた日頃お世話になっている知り合いのデザイナーのご夫婦が、サプライズでブランド名とロゴをプレゼントしてくださったんです。
慣行栽培を止めた当初、れんこん田に竹チップを入れてみたりと試行錯誤していたのですが、その様子で竹=竹取物語の『かぐや姫』をイメージされたのと、蓮の花は彩りも女性的なイメージがあるから『プリンセス』として、私の名前の恵子も入れて『KEIKO PRINCESS OF LOTUS(蓮の姫)』としてくれたそうです」と羽賀さん。

取材中にしばらくプリンスの話でとても盛り上がっていたおちゃめな羽賀さんですが、このロゴのシールがあることで「無農薬・無肥料栽培のれんこん」であることが、より分かりやすく覚えてもらえるようになったのだとか。それによって自然と、より良い農産物や味を求める人たちとのつながりも生まれていきました。

30年以上にわたって、栽培を続ける羽賀さんのれんこん。五泉の豊かな水と風の穏やかな環境の中で、今日も静かに土の中で成長を続けています。
さて、肝心の無農薬・無肥料栽培について、何も語ってないじゃない!とお思いの読者の皆さま。次回、羽賀さんが無農薬・無肥料栽培に切り替えた理由や思いについて、しかとご紹介したいと思います。
この話を聞くと、ますます羽賀さんのれんこんが食べたくなってしまうかも……どうぞお楽しみに!