
小山 抄子 (こやま しょうこ)さんの自己紹介
福岡県出身です。幼い頃から自然が好きで、1993年にアルバイトで尾瀬沼ビジターセンターに行きました。ワンシーズン勤務した後に地元に帰りましたが、尾瀬の自然と人々の魅力が忘れられず、2006年に再び尾瀬へ。その2年後に南会津町に移住し、2015年に立ち上げたのが「おぜしかプロジェクト」です。奥会津や北海道で捕獲される鹿の革を使った小物を製作・販売する他、ものづくりが好きな仲間たちとともに、ワークショップやイベント出展などを行っています。
PROLOGUE

「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」
(唱歌『夏の思い出』 江間章子 作詞/中田喜直 作曲)
小学生や中学生の頃に歌ったこと、ありませんか? ごっつぉライターの私は、尾瀬に行ったことはありませんが、この歌を聞くと、尾瀬ののびやかな景色が目に浮かんできます。いつか行ってみたい、憧れの景勝地です。
尾瀬は、新潟県、福島県、群馬県、栃木県の4県にまたがり、2000m級の山々に囲まれた山岳湿地。一般的に利用しやすいシーズンは5月中旬~10月中旬と言われ、毎年何十万人と多くの人々が訪れます。2007年には「尾瀬国立公園」として指定されました。

今回取材に伺ったのは、この尾瀬の魅力に魅せられ、1,000km以上も離れた九州から福島県の奥会津にやってきた小山抄子さん。

小山さんはプロジェクトを立ち上げ、ある動物の命を活かす活動をしています。

色とりどりな名刺入れ。

包んで消音できる熊鈴。

人気の動物キーホルダー。
これらが革製品であることはご覧のとおりですが、レザークラフトなどで使用される一般的な牛革ではなく、全て“鹿革”なんです。
今回は、小山さんに移住のきっかけやプロジェクトのこと、自然や動物たちへの想いなどについてお話を伺ってきました。
INTERVIEW
尾瀬の自然と人々の魅力に引き寄せられて

小山さんのお住まいがある福島県の南会津町へ。この辺りは、冬になると積雪量が2mを超えることもある日本でも有数の豪雪地帯。今回はスケジュールを前倒しして、秋の南会津へ行ってまいりました。

「遠いところ、わざわざおいでくださりありがとうございます。イチジクのチーズケーキをどうぞ」と、ごっつぉLIFE編集部を温かく迎えてくださった小山さん。あぁ、手作りケーキのおいしさと優しさが沁みますねぇ。
福岡県北九州市近郊の町で生まれ育った小山さんは、短期大学を卒業後、保育士に。休日には景勝地に行ったり、小さな山を散策したりと自然に触れることが昔から大好きだったそうです。
そして、小山さんにはもう一つ趣味がありました。
「写真家の星野道夫さんに感銘を受けて、私もカメラを始めたんです。その頃、星野さんの写真がよく掲載されている雑誌があって、それを読んでいる時にたまたま目に留まったのが『尾瀬沼ビジターセンター職員募集』と書かれた小さな求人広告。尾瀬には行ったことがないし、知っているのはあの歌ぐらい。でも尾瀬だったら、大自然の中でものすごく素敵な写真が撮れるんじゃないかと思って、仕事を辞めて行ってみることにしたんです」

なんとドラマティックなお話!そして驚いたのは、小山さんの決断力と行動力!その小さな求人広告が人生を変えたと言っても過言ではないですよね。ごっつぉLIFEのご取材で出会う皆さんに共通しているのが、このパワーの強さなんです。
そして1993年、小山さんは尾瀬沼の東岸に位置する、福島県檜枝岐村の尾瀬沼ビジターセンターへ。写真がきっかけでしたが、実際に働いてみると尾瀬の太古から続く自然や、そこで働く人たちとの共同生活が思っていた以上に楽しかったといいます。
しかし、家庭の事情もありワンシーズンで福岡へ帰ることに。その後、一般企業に就職をするも、尾瀬の自然の深さと出会った人たちの魅力が忘れられず、2006年に再び尾瀬に導かれるように戻りました。そこで、小山さんが福岡にいた13年の間に尾瀬に起きていた変化を、目の当たりにしたのです。

「前は湿原に入ってくる鹿なんていなかったのに、急激に増えていたんです。それに伴って木々は樹皮剥ぎされたり食害を受けたりと、10年余りで尾瀬の自然環境が深刻な状態になっていました。これには驚いたし、悲しくなりましたね」と当時を思い出す小山さん。
しかし、それ以上に衝撃を受けたのが、鹿の駆除の現状でした。
命に感謝し、活かすということ

増えすぎてしまった鹿。尾瀬を象徴する花の一つでもあるニッコウキスゲやミツガシワなどの植物が激減してしまい、2010年頃から尾瀬国立公園では獣害対策としてニホンジカの駆除を開始。そこで駆除された鹿たちの行く末を知り、小山さんは心を痛めました。
「駆除された鹿は、その後ただ廃棄されてしまうんです。肉や皮を利用するという目的ではなく、ただ捨てるだけ。鹿が増えすぎてしまった原因には、温暖化による環境の変化やハンターの高齢化などさまざまな理由があるけれど、やはり人間の責任。この命を無駄にしたくないって思ったんです」
近年、日本ではニホンジカやイノシシなどの生息数が急激に増え、全国的に生態系や農林業に深刻な被害をもたらしています。2023年に駆除されたニホンジカの数は全国で72万頭あまり。鹿やイノシシなどの野生鳥獣は家畜とは違って衛生管理が難しいため、全てを食肉として流通させることが難しいという問題もあります。

小山さんがいろいろと調べる中で辿り着いたのが、東京にある一軒の皮なめし工場。工場見学に訪れ、初めてなめした後の鹿革を手にした小山さんは、その柔らかくしなやかな美しさに感動。「この素晴らしい皮を活かしたい!」と思いを確固たるものにします。
そして、さらに小山さんに素敵な出会いが訪れます。
「鹿の皮は、以前から“山の師匠”と慕っていた、南会津に住む猟師さんにお願いしようとお宅に伺った時のこと。その時に偶然遊びに来ていたのが、横浜の特別支援学校で革工課を担任する加藤先生でした。加藤先生に話をしたら『それなら尾瀬の鹿革を使って、うちの生徒たちにものづくりをしてもらいましょう』と協力していただけることになり、学生さんたちといろいろな革小物を作ったんです。加藤先生とは、本当に運命的な出会いでしたね」
小山さんが活動を始めた年には8枚の鹿革をもらい、コインケースやボトルカバーなど、初めて商品を完成させました。地元の猟師さん、皮なめし工場、革工課の先生、学生たちとの出会いによって思いをカタチに。信念を持って行動に移していったことが、さまざまなご縁を引き寄せたのですね。
無駄にして良い命はない!「おぜしかプロジェクト」始動

2015年には、尾瀬沼の山小屋内にある無料休憩所の一角を借りて、革小物などを販売する「ひだまり工房」をオープン。小山さんは尾瀬沼での仕事を辞め、「おぜしかプロジェクト」を発足しました。訪れた人々と直接会話をしながら、尾瀬や鹿のこと、そして革小物を通して命の恩恵を伝えていきました。
また、小山さん自身も革の加工を覚えるために、先生から教わりながら技術を習得。手縫いから始まりミシン、そしてレーザー加工機を導入。お土産物や記念品としての大量注文も受けられるように。
するとそこで、また新たな出会いに恵まれます。

皮なめし工場が東京で開催したイベント「MATAGI展」で出会ったのが、北海道の中標津町(なかしべつちょう)にあるペットフード会社。この会社では、町で駆除されたエゾシカを解体してペットフードに加工するほか、食用の肉や皮、角に至るまで、ほぼ100%を有効活用していました。気になったものは即行動の小山さん、もちろん北海道まで足を運びます。
「この会社は、鹿を無駄なく利活用しているのが魅力で訪れたのですが、せっかくなら解体も学びたいと、住み込みで働かせてもらうことにしました。そんなご縁で道東のお土産店でも、おぜしかプロジェクトで作ったものを販売したり、ワークショップを開催できるようになったりして、北海道と福島を行き来する生活スタイルになりました」
元保育士だった小山さんが、今や鹿の解体・加工を仕事に。福岡から、福島・北海道に。人生ってどうなるか分からないものですねぇ。思いを行動に移すって、本当にすごい!

EPILOGUE
ものづくりを通して広がった輪
今年で発足10年の節目を迎えた「おぜしかプロジェクト」。10年間の間に小山さんが大切にしてきたのは、やはり人と人とのつながりでした。

8年ほど前から始めたワークショップは、奥会津をはじめ、福島県や北海道でも開催してきました。切って貼るだけで完成するキーホルダーや、手縫いで作るコインケースなど、小さな子どもでも楽しみながら取り組める内容で、とても好評なのだそうです。

その他にも、学校からの依頼で高校生たちに体験授業を開催。なめし工場に持っていく前の皮を使い、毛や肉、脂肪を削ぎ落とす前処理体験をしてもらいました。

気付けば、この10年で鹿革を使ったものづくりを楽しむ仲間たちができました。
「商品を購入していただいたり、手作りを楽しんだり、まずはいろいろなカタチで鹿革に触れてもらうことが大切だと思っています。その上で、人と野生生物との関わりをめぐる問題を知るきっかけになればいいですね。また、趣味でレザークラフトを始めた方がイベントで商品を販売するようになって、『もっといいものを作りたい』『どんな商品が喜ばれるんだろう』ってどんどんパワーアップしていく姿も嬉しいです。鹿革のものづくりが地域産業のように奥会津に根ざしていけたら」と、小山さんは思いを語ります。

一方で今後についてお聞きすると、返ってきたのは「鹿肉の活用」についての思い。福島県内では放射線量の関係で未だ出荷制限が出ているため、野生鳥獣を食用として活用することが難しいという現状があります。近い将来この制限が解除され次第、おいしい鹿肉を届け、駆除した鹿の命を余すことなく利活用していきたいと考えているそうです。

「会津の魅力は、なんといっても“人”ですね。自分らしくこだわりを持って生きている人が多いんです。初めて尾瀬に来た時も、おぜしかプロジェクトを立ち上げてからの10年も、たくさんの素敵な人たちとの出会いが私の背中を押してくれました。私はもともと、当たって砕けろという性格ですが、だめでもまたそこから始めればいいと勇気をくれる仲間がたくさんいるんです。冬は雪深く不便なことも多いけど、だからこそ自分で道を切り開いていこうとする人が多いのかもしれませんね。もう、紹介したい人がいっぱいいますよ!」
生き生きと語る小山さんの姿に、私もとーっても刺激と勇気をいただきました。
「鹿の命を活かしたい」とおぜしかプロジェクトに全力で取り組む小山さん。そんな小山さん自身も、たった一度の人生を大切に自分らしく歩んでいらっしゃいます。これからも多くの出会いとともに、思いの輪を広げていくことでしょう。
NEXT EPISODES
最後に、会津の魅力的なお二人を、小山さんからご紹介いただきました。
奥会津の自然の恵みと笑顔を届ける「ティールーム山ねこ」
1人目は、奥会津の玄関口であり“赤べこ伝説発祥の地”といわれている福島県柳津町で、紅茶と手作りピザを提供する「ティールーム山ねこ」の金子勝之(かねこかつゆき)さん。金子さんはカフェを営む傍ら、無農薬のブルーベリーや野菜などを栽培する有機農家でもあります。
「金子さんと言えばブルーベリー。『おいしい無農薬のブルーベリーを育てている人がいるよ』と、ずっと噂に聞いていたんです。初めて口にしたときは、あまりにもおいしくって感動しました! 鹿フェスで提供される鹿肉のピザもおすすめですよ」と小山さん。
小山さんと金子さんは、奥会津エリアで開催されるイベント仲間でもあるそうです。ブルーベリーと鹿肉のピザ、ぜひ食べてみたいです!
地域の魅力をお菓子に込める「空色カフェ」
2人目は、会津エリアの喜多方市でこだわりの上質素材を使ったおやつを製造販売する「空色カフェ」の齋藤真弓(さいとうまゆみ)さん。上質素材って? 気になりますよねぇ。
「真弓ちゃんとは、もう10年以上のお付き合いになるかな。真弓ちゃんの作るお菓子って体に優しくて本当においしいんです。どこで食べてもおいしいけど、特に山で食べたら格別だと思い、2015年に尾瀬沼の『ひだまり工房』を開くときに、おやつも一緒に販売させてもらいました。今でもイベントで会うと、大量に買ってしまうんですよ」と小山さん。
体に優しいとは、どんなお菓子を作っていらっしゃるのでしょうか。私も爆買い覚悟でお伺いしたいと思います(笑)
ティールーム山ねこさん、そして空色カフェさんのエピソードも、どうぞお楽しみに!
