髙橋 敦志 (たかはし あつし)さんの自己紹介
阿賀野市出身です。栃木県の大学に進学後、都内の建設会社に勤め現場監督の仕事に従事しました。転勤が多く、家族と一緒に過ごす時間をもっと持ちたいと考え、ふるさとに戻って就農を決意。養蜂と米づくりを兼業し、はちみつとお米を育てて販売するほか、この美しい里山を残すべく、地域の方々とともに様々な活動をしています。
PROLOGUE
前回ご紹介した「Junshin-潤森-」がある、阿賀野市の笹神地区(旧笹神村)。市内でも有数の自然豊かなこの地域は、五頭温泉郷や7か所もの湧水場があることに加え、ちょっと特別な場所としても知られています。
今から30年以上も前の1990年、全国に先駆けて有機農法に力を入れる「ゆうきの里ささかみ」宣言を発表。
農薬・化学肥料を一切使用しない「有機米」のほか、農薬・化学肥料を極力減らした「減々栽培」も行っており、村をあげて有機農法を実践したお米づくりを、長年に渡って推進してきた地域なのです。
そんなちょっと特別な場所で、養蜂とお米づくりに励む、一人の男性の姿がありました。
「はちとこめで、八米(はちべい)がいいんじゃない?」
奥さまのふとしたアイデアから生まれた名前を持つ、はちみつとお米を生産・販売する「八米 HACHIBEI(はちべい)」。
阿賀野市の笹神エリアを拠点に、代表の髙橋さんが2015年に立ち上げました。新潟産100%のはちみつと、減農薬・有機農法にこだわったお米(コシヒカリ、新之助)が二大柱です。
おしゃれなロゴと黒に黄色のパッケージ、「これ、どこかで見たことがある!」という方も多いのではないでしょうか。八米は直売店などの店舗はなく、ネットショップのほか、新潟市内の百貨店やホテル、県内の土産物店や洋菓子店などでも販売しています。まさに私の中では「おいしさにこだわっているお店で取り扱っている」というイメージ!
拠点を構える阿賀野市の里山には、ミツバチたちが蜜を集めるさまざまな蜜源植物が四季折々に咲き誇っています。
蜜源となる花によって香りや風味が異なるのがはちみつの楽しさ。酵素やビタミンなど、含まれる栄養素もそれぞれで、現在八米では、個性豊かな10種類以上のハチミツを取り扱っています。
八米のはちみつの特徴は、“完熟”であること。本来の花の蜜は80%が水分で、そのままでは劣化するため保存できません。ミツバチたちは巣箱に戻ってから、水分量が20%前後になるまで一晩中羽を羽ばたかせて水分を蒸発させます。そして、ミツロウで蓋をして巣箱の中で保存し、また翌朝蜜を探しに飛び立つそうです。この水分が20%前後になり、糖度が78%以上になったものが、完熟はちみつ。
翌朝飛び立ったミツバチが新たな蜜を運んでくると、完熟はちみつと混ざってしまうため、髙橋さんはまだ薄暗い早朝に採蜜を行うとのこと。そして採蜜した蜂蜜は手早く専用容器に詰められ、新鮮な状態で保管・管理しています。
これが、八米がこだわる、純粋・非加熱・完熟。まさに大自然のおいしさをそのまま瓶に詰め込んだ、産地直送のはちみつなのです。
米農家を営む方が多いこの地で、農家と養蜂家の二足のわらじを履く髙橋さんに、八米を始めた経緯や、地域との関わりについて、お話を伺いました。
INTERVIEW
元サラリーマンの養蜂家、周囲のプロたちに支えられて
「元々は、建設業の会社で現場監督の仕事をしていました。毎晩遅くまで働いて、単身赴任なども経験する中で、家族と過ごす時間を大切にするために、家でできる仕事をしたいと考えたのがきっかけですね。自分で何かやってみたいという思いもあったので、会社勤めではなく自営業の道で考えました。
私は、やりたいことが明確にあったわけではないのですが、祖父母は農家として長年米づくりを行っていて、父は趣味で養蜂をやっていて、奥さんの実家が宝飾店を営んでいて販売とブランディングのプロでした。そんな恵まれた環境を生かして始めた事業が『八米』だったんです」と髙橋さん。
お父様がはちみつ好きで、趣味が高じて養蜂をすることになり、その姿をずっと見てきたのだとか。趣味でミツバチを育てるなんて、これまたすごいお父様ですね…!
「はちみつはおいしいし、身体にいいし、父の姿を見ていたのでなんとなく知識もあって。それで、米づくりと一緒にふとやってみようと思ったのがきっかけです。養蜂については、県内外の養蜂家さんから教えてもらったり、自分で本を読んで勉強したりして学んでいきました。米作りは、1年間地元の農家さんの元で研修生として勉強させてもらいましたね。」
そうして、たまたま祖父母の田んぼがあった笹神地区で米づくりと養蜂を始めることになったのが八米のはじまり。これが、髙橋さんやミツバチたちにとっても、恵まれた環境との出会いになったのです。
「ゆうきの里」だからできる、安全でおいしいものづくり
今、異常気象や農薬などにより、世界中のミツバチが急速に減少していることが問題になっています。
もし、ミツバチがいなくなったら…世界の農作物の1/3が失われる恐れがあると言われているぐらい、ミツバチは生態系にとって重要な生き物なのです。
日本では、カメムシなどを駆除するため、ネオニコチノイド系殺虫剤と言われる農薬が広く使われていますが、一方でミツバチたちにも悪影響を及ぼしていて、ミツバチが減少した理由の一つとも言われています。
「幸いにも、この笹神地区は『ゆうきの里』。何十年も前から減農薬・有機農法に取り組み、生態系に影響の出る有害な農薬を極力使用せず、自分たちで堆肥を作る循環型農業を推進していました。おかげで、この地域の田んぼや農地を借りて養蜂をすることは、お米だけでなくミツバチたちにとっても、良い環境だったんです」と髙橋さんは話します。
そのような恵まれた環境の中、ミツバチたちはのびのびと自分の巣箱から飛び立ち、花の蜜を吸ってまた自分の木箱に帰ってきます。木箱の中は、ミツバチたちの住居。女王蜂を筆頭に階級社会が作られており、髙橋さんはミツバチたちの暮らしのお世話をする、というスタンスで養蜂を営みます。
「はちみつは、ミツバチたちが花の蜜を採集し、巣の中で蓄えられ、熟成されたもの。あたり前ですが、自然の恵みなんです。だからこそ負担をかけず、極力自然に近い形でお世話をしたいと考えています。
蜜源植物の花が咲くのは春。それ以外のシーズンは、エサとして砂糖水を与えるのが一般的ですが、なるべく自然に近い形でミツバチたちに蜜を吸ってもらいたいという思いがありました。そこで、手つかずのまま放置されていた耕作放棄地に蜜源植物の種を植えて、お花畑を作ることにしたんです」
とミツバチたちに寄り添う姿勢から、新たなアイデアを生み出しカタチにしていく髙橋さん。
一方で、養蜂を始めてみて、米づくりと養蜂が密接に関わり合っていたことを知ったと言います。現在、八米のお米づくりは、2つの特徴を持って行われています。
1つ目は、れんげ農法と言う、れんげ草を有機肥料として田んぼにすき込む作り方です。
一昔前までは主流でしたが、手間がかかるという理由で最近ではあまり見かけなくなった農法なのだとか。れんげ草を土にすき込むと、稲の育成に必要な窒素成分が補給され、土が肥沃になり、丈夫な稲を作ることができるのだそうです。
実は、れんげ草ははちみつが採取できる花なので、八米にとってはまさに一石二鳥!
2つ目は、田んぼへのはちみつ散布です。はちみつを地元の温泉水に混ぜ、希釈発酵させた液肥をドローンで散布しています。
まだ実証段階とのことですが、お米の美味しさを評価する“食味値”が上がったという結果も出ているとのこと。周辺農家さんからも「うちにも撒いてくれ~」とリクエストがあるそうです。
八米が行っている養蜂と農業は、実はとても理にかなった関係性だったんですね。これら2つの特徴を合わせて「八米はちみつ農法」と名付けた米づくりを行っています。
コシヒカリと新潟県のブランド米「新之助」の2品種で販売されているとのことで、どんな美味しさなのでしょうか…やはり甘いのかな?!と想像してしまいます。ぜひ一度味わってみたいです!
共にたすけ合い、支え合う農福連携
周囲に背中を押され事業を始め勉強し、試行錯誤を繰り返しながら歩んできた八米。これまでを振り返って、大変だったことをお聞きすると「作業のすべてを一人でやっていた頃は、なかなか大変でした」とのこと。
養蜂と米づくりを始めて、ミツバチとお米それぞれの農作業を一人で行う日々。それに加え、商品を作り、梱包をして、取り扱い店舗とのやりとりをする。一人の力では限界が来ていた時に、農業と福祉が手を取り合う「農福連携」という取り組みを知ったそうです。
農福連携は、農業就業人口の減少や高齢化が進む農業分野においては、新たな働き手の確保につながり、障がい者にとっては就労や生きがいなどの創出につながるもの。
新潟市が主催したマッチングイベントで新潟市北区の「社会福祉法人とよさか福祉会 クローバー」と出会ったことをきっかけに、これまで一人で手一杯だった作業をお願いできるようになったそうです。
「当初は、農作業などをお願いする予定でしたが、農作業は朝が早く、施設利用者の皆さんの生活リズムとは合いませんでした。ちょうどその時、クローバーさんの調理室が空くことになり、活用方法の相談を受けたんです。そこで、はちみつの瓶詰めをお手伝いいただくことにしました。このような調理施設が使えるなんて、とてもラッキーでしたね。
スタッフさんにもご協力いただき、作業がしやすいよう、マニュアルづくりから始めました。衛生管理を徹底して頂いていますし、まとまった数の製品づくりができるので、大変ありがたいですね」
現在は、瓶詰め作業の他にも、お米の袋詰や梱包、そして天気の良い昼間には農場の整備にでかけるなど幅広く連携。八米にとって、クローバーの皆さんは、なくてはならない存在だと言います。
取材にお伺いした日は「ナッツスター」という、ナッツの蜂蜜漬けの瓶詰め作業を行っている最中でした。役割を分担し、決められた分量を計って瓶詰めをしていく作業に、集中して取り組む施設利用者の皆さん。
自分たちが手掛けたものが商品になり、百貨店やお土産店などに並んで多くの方の手に渡ることに、やりがいを感じていらっしゃるそうです。
八米とクローバーの協働は、互いに助け合い、支え合うことで成り立っているんですね。
EPILOGUE
耕作放棄地を笑顔の花で満開に「お花畑プロジェクト」
ミツバチたちのエサとなる蜜源植物を増やしていきたいと考えていた時に、農業関係の新聞でたまたま目にしたという、他県での耕作放棄地を活用したお花畑プロジェクトの取り組み。
阿賀野市でも取り入れたいと早速着手し、2017年に耕作放棄地をひまわり畑にする「お花畑プロジェクト」を始動させました。
福祉施設クローバーの皆さんとはもちろん、阿賀野市役所や地域の教育機関とも連携し、園児や学生ら、地域の人々とともに種まきやお花畑づくりを行います。
夏、一面に咲き誇るひまわりの花を目的に、人々の笑顔が集うお花畑。Instagramではフォトコンテストも開催し、阿賀野市の新たな観光スポットとして、年々盛り上がりを見せているとのことです。
開業して今年で10年目。はちみつとお米を手掛ける養蜂農家の枠にとどまらず、農福連携やお花畑プロジェクトを通じて、地域の人々とともにこの美しい阿賀野市の里山を残していきたいと考えています。
「ゆくゆくは、体験型養蜂農園を作りたいなと思っています。お花畑があって、きれいな景色を眺めて、そこで八米のお米で作ったおにぎりやはちみつのスイーツを食べて、養蜂のことも学べるような……」
そんな想いを込めて、笹神地区の山間の傾斜にある、元柿畑だった耕作放棄地を譲ってもらい、ヤマザクラなどの植樹も始めているのだそう。
これまでも、想いを発信しカタチにしてきた髙橋さん。ミツバチ、お米、お花、人々、地域、笑顔、それらがまるで8の字のようにつながり、素敵な循環を生み出しているようにも感じました。
数十年後、ヤマザクラたちが立派に花を咲かせる頃には、どのような景色が見えているのでしょうか。この美しいふるさとの里山がいつまでも残っていくように、地域の人々と協働しながら笑顔の花を咲かせるプロジェクトは、これからも続いていきます。