柳沼 陽介 (やぎぬま ようすけ)さんの自己紹介
東京の果実専門店「千疋屋総本店」で企画職・営業職として勤務している間に、以前から興味があった「地方の地域資源を生かしたビジネス」がどうしてもやりたくなり、縁あって2016(平成28)年に阿賀町の地域おこし協力隊として移住。東京の製菓専門学校にて教員として勤務していた妻と共に、「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」を立ち上げました。2019年に地域おこし協力隊としての任期を終えた後は、「山から株式会社」という会社を立ち上げ、この店舗事業と地域商社事業を行っています。山と川の恵みが豊かな阿賀町が大好きです。
新潟市内に住んでいてもチラホラと耳にする、「コンビリー」という名のパン屋さん。「津川にあるらしい」「オシャレなカフェが併設されているらしい」「東京から移住したご夫婦が始めたらしい」、そんな話をママ友から聞いていました。
今回、ごっつぉLIFE阿賀町エリアのおひとり目として名前が挙がったのが、こちらのパン屋さん「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」の店主、柳沼さん。どうやらパン屋さんだけではなくて、「外の目で地域資源を見つめなおし、その資源を使って地域を活性化させるプロ」という一面もお持ちで、今、あちこちで引っ張りだこのようです。
朝晩の冷え込みが厳しくなってきた12月上旬、開店前のお店でお話を伺いました。
雁木通りにひっそりと佇む小さなお店
お店は、津川ICを降りて5分ほど、雁木が残る県道14号(新発田津川線)沿いにひっそりとありました。小さな看板が1つ「OKUAGA COMBIRIE」とあります。ちなみに「コンビリー」という名前は、「おやつ」を表すこの地域の方言「こんびり」に由来するそうですよ。
中に入ると、木の梁と打ちっぱなしコンクリートとのコンビネーションが印象的な内装。10時の開店に向けて、急ピッチで準備が進められていました。
パンの販売スペースもとってもコンパクト。パンだけでなく、ドリンクやスイーツも注文できるカフェスペースも、テーブル12席とソファ4席の小さなお店です。
「パンはなるべく焼きたてをお出ししたくて、あえて販売スペースは小さく、こまめに焼いています」
と教えてくださったのは、店主の柳沼さん。「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」を経営する「山から株式会社」の代表取締役でもあります。
カフェスペースで食べられるスイーツは、パティシエの奥さまが腕を振るってらっしゃるとのこと。
お店のインスタグラムを拝見すると、おいしそうでオシャレなパフェやドリンクやスイーツがたくさん!これを見て、遠方から訪ねてくる方も多くいらっしゃるそうです。(納得。そして取材時、このスイーツを食べてこなかったことを激しく後悔…!!また今度、必ず行きます!)
きっかけは全国の果物生産者さん
福島県郡山市ご出身の柳沼さん。東京の果物専門店で企画職・営業職として勤務したのち、ここ阿賀町に移住してお店始められたそうなのですが、どうしてまた、阿賀町でお店を開こうと?
「東京の果物専門店で働いていた時、仕事を通して全国の果物の生産者さんとたくさん知り合いました。その土地ならではの地域資源を大切にされている方も多く、みんな元気で生き生きとされていたんです。たぶん、徐々に影響されたんでしょうね。“私もいつか地方でお店を構えて、地域を大切にできるビジネス、地域資源を活かしたビジネスがしたい!”という思いが年々強くなっていきました」
そんな思いを胸に秘め、動き出した柳沼さん。いろいろと調べているうちに「地域おこし協力隊」という制度を知り、阿賀町を含め、何カ所か検討を始めたそうです。
阿賀町の豊かさを象徴する、衝撃的なクルミとの出合い
「私も妻もかつて同じ会社にいて“果物”という、山の幸を扱う仕事をしていたので、なんとなく“海の幸よりも山の幸が豊かなところへ行きたい”という思いがありました。そんな中、新潟県の阿賀町というところが、“地域資源を活用した特産品の開発と販路開拓をしてくれる人を募集している”と聞き、私たちにピッタリだ!と思いました」
企画職・営業職に長年従事されていた柳沼さん。特産品の開発も販路開拓も、これまでの経験を活かせると思ったそうです。それに奥さまはパティシエなので、「特産品を作ることだってできる!」と。
「阿賀町を訪れて衝撃的だったのは、私たちを案内してくだった地域の方が、何の迷いもなくバリバリと音を立てながら、軽トラで山道をクルミを踏んで進んで行ったこと。日本で出回っているクルミのほとんどは外国産で、日本産クルミの貴重さは昔から知っていたので、衝撃でしたね(笑)。ここにはこんなにたくさんのクルミが、躊躇なく軽トラで踏んでしまうくらい、当たり前にあるのか!と」
このクルミは「オニグルミ」という日本固有の古来種で、市場流通は1%以下。殻が固く、可食部が少ないため流通には向かず、昔から山間部では保存食として一般家庭で消費されてきました。山には普通に生えているクルミの木。拾いきれないほどあるので、地元の方は軽トラでバリバリバリ…は目に浮かびますね(笑)。
この「衝撃的なクルミとの出合い」をきっかけに気付いた阿賀町の豊富な食材、津川の雁木通りが魅力的に見えたこと、空き家を店舗として借りることができたこと、町役場や商工会からのバックアップが充実していたことなどが決め手となり、2016年4月に阿賀町の地域おこし協力隊に就任。夫婦で阿賀町に移住されました。
「クルミ買い取ります」
阿賀町の豊富なクルミに衝撃を受けた柳沼さん。「これを放っておくのはもったいない!」と、阿賀町産オニグルミを使った商品開発を考え始めます。
問題は安定供給。
オニグルミは生産されるものではなく、自然に山にできて、山に落ちているもの。それを地域の人が、自分たちに必要な分だけ拾って、各家庭で処理をして、保管・利用してきたものです。そのため、地域の人にクルミを拾ってもらって、分けてもらう必要がありました。
まずは、町の広報誌に「クルミ買い取ります」という広告を出稿。時には集落ごとの会合・飲み会に参加して、自分がやりたいと思っていること、そのためには皆さんの協力が必要なことをお話しし、一軒一軒買い取りに回ったと言います。
「最初はやっぱり“よそ者”なので、徐々に、ですね。お酒を飲みかわして、ありのままの姿をこちらが見せれば、徐々に信頼してくれて“よし、協力してやるか!”となる。移住後しばらくはこういう地道な活動が続きました」
と、柳沼さん。
徐々に知名度も理解度も上がり、お店にクルミを持ち込んでくれる人も増えていったと言います。時には「お金要らないから。これ使って!」とクルミだけを置いていく人もいたそうで、「そういう訳にもいかないので、じゃあ、このパンを持っていってください!」と、なんとも微笑ましい物々交換もあったのだとか。
オニグルミを起点に、地域循環型の仕組みが完成
次に、オニグルミの安定供給に欠かせないのが、殻を割って中身を取り出す「クルミを剥く」作業。これは就労支援施設に依頼して、施設の利用者さんに作業していただいているそうです。
「こういう“農福連携”って、移住する時は全く考えてなかったんですけど、結果的にできて良かったなと思っています。何が1番いいかって、就労支援施設側の課題として“工賃アップ”が常にあるんですが、オニグルミを剥く作業をしてもらうことで、工賃アップが実現できたんです。利用者さんに渡るお金が増えて喜んでいただけるし、結果、施設側がもらえる補助金も増えることにつながります。クルミを拾い洗っていただいている阿賀町のじいちゃんばあちゃんも、米袋1つ分で4~5千円になるので喜んでもらえる。手のかかる作業をやっていただける私たちも、原材料の安定確保が実現できてうれしい。オニグルミを起点に、みんながハッピーになれる地域循環型の仕組みづくりができて本当に良かったです」
クルミは殻を割らなければ常温保存で品質が保たれることもあり、クルミを剥く作業の納期は、「いつまでに必ず」と明確に設定する必要はないと言います。この点も、手の空いた時に作業ができるため、就労支援施設の利用者さんにとってちょうど良いとのこと。
剥かれたクルミはコンビリーさんに随時納品され、パンやお菓子に使用されています。
阿賀町では軽トラでバリバリ踏んじゃうくらいに、当たり前に存在したオニグルミ。このオニグルミを起点に、こんなハッピーなサイクルが生まれるなんて、柳沼さん自身も想像していなかったし、阿賀町の人はもっと想像していなかっただろうな。外の目を持っているからこそ気付く地域資源の魅力と可能性。昔から住んでいる人にとっては、目からうろこの「特別なセンサー」ですね。
店舗経営以外に2つの顔
山から株式会社代表取締役というお立場の柳沼さん。このお店の経営は事業の1つで、他にも「地域商社事業」として地域の特産品の販路開拓、「地域活性化事業」として地域資源を活かした商品開発や6次産業化のサポートをされているそうです。
お店の一角で販売されていた、こちらの阿賀町産のえごまを使った商品の開発・販売も、地域商社事業から生まれたもの。販売者欄に「山から株式会社」とあるのは、全て柳沼さんが関わって誕生した商品です。新潟県内外への販路拡大にも積極的に取り組んでらっしゃいますので、見掛けたらぜひ手に取ってみてください。
「地域循環型」という価値
オニグルミを起点に始まった、地域が元気になる地域循環型の仕組み。取材の中では、こんなお話もありました。
「阿賀町のオニグルミを東京の百貨店に置いてもらえるように営業に行ったりするのですが、“地域が元気になる、オニグルミ商品です”と伝えるとバイヤーの反応が違います。そして、有名パティシエが作った高級菓子と一緒に、阿賀町のオニグルミ商品が並ぶんです。SDGsやエシカル消費など、消費者の価値観も変わってきているので、それをバイヤーは敏感に察知している。地方に眠る価値や、地域を循環させているという価値を、一般消費の場面でも、価値として感じてもらえる時代になったんだなぁと身をもって感じています。もっと早くに始めれば良かった~!と私自身思っていますよ」
と、笑う柳沼さん。
柳沼さんは終始朗らかで穏やかで、すごく楽しそうにお話をされる方でした。そして、それは誰に対しても同じで、取材中にお店を訪れる顔なじみのお客さんに話しかける姿は、まるで親戚のよう。
こうやって東京の百貨店のバイヤーさんに評価されるのは、時代の流れだけでなく、柳沼さんから滲み出る地域愛に心打たれるからだろうな。阿賀町の豊かさに魅せられ移住した柳沼さんは、地域に眠る価値を外の目を通して磨き上げ、地域の魅力を引き出し、外の人に伝える達人なんだと思います。
津川の先輩経営者
最後に、阿賀町の魅力的な方を2名ご紹介いただきました。
まず1人目は、麒麟山酒造の齋藤社長。
「移住した時から大変お世話になっている、津川の大先輩、経営者さんです。新潟のおいしいお店は全部齋藤社長から教えてもらいました(笑)」
と、柳沼さん。
「経営者としての姿勢も、地域に貢献されている姿勢も、学ばせていただいています。今は地元のお米だけでお酒を造られていることも、地域の未来を考えて…のことなんですよ。その辺り、取材してきてください」
はい!承知しました!
麒麟山酒造さんのお酒造りと地域への思い、探ってきます!
一周まわって新しい「室谷青年会」という組織
2人目は、「室谷(むろや)青年会」さん。
室谷…?どこですか…??
「室谷地区は阿賀町の山奥、津川のまちの脇を流れている常浪川(とこなみがわ)の上流にあります。室谷に住んでいる人だけでなくて、室谷に縁があって青年会の規程条件を満たす人であれば、誰でも入会できるんです。だから私も準会員です(笑)」
そうなんですね!(笑)
「室谷を愛していることがひしひしと伝わってくる、男気溢れる人たちばかりです。地域に“青年会”という組織が存続していることも珍しいと思います。彼らを見ていると、“一周まわって新しい”と感じることがあって、おもしろいんですよね。室谷青年会が育てたコリアンダーを使って、うちの会社と一緒にレトルトカレーも作って販売しています。この辺りも含めてぜひ!」
承知しました!“一周まわって新しい”と感じられる室谷青年会の魅力、気になります。ご紹介、ありがとうございます!
では、麒麟山酒造の齋藤社長さんと、室谷青年会さんのところへ行ってきまーす!