ジルさん&朋さんご夫妻の自己紹介
ジル・スタッサールさん(右)
出身はフランス中部のブルゴーニュ地方にある、ヴェズレー村です。フランスや中国などでレストランプロデュースに関わり、シェフとしても料理に携わってきました。他にも作家、編集者、写真家、現代美術のアーティストとしても活動しています。一つのものや場所に捉われず、世界を旅してきました。
今井 朋(いまい とも)さん(左)
群馬県出身です。佐渡に移住するまでは群馬の「アーツ前橋」で学芸員を務め、アートと福祉、教育を融合した企画展を多数手がけ、新しい表現の可能性を追求してきました。
PROLOGUE
佐渡には新潟本土にはないもの、見たことのない景色が、たくさんある。
取材や観光に行くたびに実感します。船に乗って行くという非日常感もたまらないし、山や海の景色の移り変わりも他にはない美しさがあり、ここにしかない場所やものとの出会いがそこかしこに広がっています。
新潟県内唯一とされる、妙宣寺の五重塔もその一つ。恥ずかしながら大人になるまで、新潟に五重塔があるなんて知らなかった私ですが、荘厳な佇まいを見せる五重塔は、何度見ても迫力と趣があります。桜が満開になる春、緑がまぶしい夏、紅葉の秋に雪景色の冬と、四季折々の風景を見せてくれます。
そんな妙宣寺 五重塔の目の前。
2022年にレストランがオープンしたのをご存知でしょうか。
その名も、フランス語で「仏塔」を意味する「LA PAGODE(ラ パゴッド)」。
フランス人シェフであり、写真家、作家、現代美術のアーティストとしての顔も持つジル・スタッサールさんと、フランスや群馬の美術館でキュレーターとしてさまざまな企画展を作ってきた今井朋さんのご夫婦が営むレストランです。
ラ パゴッドは、レストランでは珍しい朝の9時から夜の21時までの通し営業。冬期になる今の時期は、10時半から21時までの営業になります。
今回は、レストラン、ビストロ、カフェといった言葉だけでは語れないラ パゴッドならではの場の在り方を、お二人が佐渡へ移住する前まで遡って、お話をお聞きしました。
INTERVIEW
佐渡の人は温かく力強く生きている
初めてジルさんと朋さんが佐渡を訪れたのは、2020年の夏のこと。お盆の時期に家族旅行で過ごした時間が、その後の人生を大きく変えることになりました。
「ジルは暖かい場所には関心がないんです。寒い場所でこそ思想が深まるという考え方を持っていて。数ヶ月前に訪れた石垣島のような暖かいリゾート地には、一切関心を示さなかったのですが、佐渡は違いましたね」と朋さん。
この旅の後も、自然や文化の観点からも、佐渡へ特別な関心を寄せていたというジルさん。
佐渡に家を持ちたいと考え始め、当初は小説を書くためのセカンドハウスとしての物件を探していたそうです。
ある時、不動産屋から紹介されたのが、妙宣寺の目の前にあるドライブインの跡地。
駐車場もあり、母屋の裏には広い庭、小屋もあり、目の前には妙宣寺の五重塔がそびえています。
「周りには国分寺、妙宣寺、大膳神社と佐渡の歴史的建造物が点在していました。静けさの中に確かな歴史を感じさせる場所でしたし、パワースポットのような印象も受けました。
ここって、佐渡の中でも、由緒正しい場所なのかもしれませんね」
そう、私もこれ、感じました!
妙宣寺までの坂を登り切って、辺りを見渡すと粛々とした空気が漂っているんですよね。
そうして、ジルさん一家の佐渡での本格的な暮らしが始まったのは、2022年4月のこと。「実際に住んでみると、この島には予想以上の魅力がありました」と笑うジルさん。
特にお店がある竹田の地域の人々は皆、薪を割る技術、山から木を切り出す知識、鶏の育て方、椎茸の栽培方法など、手に技を持ち、自然と共生する知恵を代々受け継いできている人ばかりだったのです。
ジルさんは佐渡で暮らすうちに、故郷のヴェズレー村との共通点を見出していきました。
「文化と自然のバランス、人々の温かさ、サバイバルの術ともいえる知恵や技術が、今なお生きた形で息づいていることに驚きました。この土地の皆さんは本当に生きる力が強いんです」
料理への姿勢を刺激した、佐渡の食材との出会い
ジルさんと朋さんがこの場所で暮らすにあたって、大切にしてきたというのが、地域のコミュニティとの関係性です。
実際に佐渡への移住が決まり、カフェをやるのか、レストランをやるのか、まだ構想が固まっていない時期もありました。
ですが、いざ工事が始まると、ご近所の皆さんが興味を持って見に来てくれました。
「外国人がここで何かを始めようとしているみたいだ」
そんな好奇心から、さまざまな人の協力の輪が広がっていきます。
ある人は木の一枚板を提供してくれたり、薪窯で使う薪を森から切り出してくれた人もいました。そして、佐渡の新鮮な魚や野菜を届けてくれる人も。ジルさんと朋さんは、地域の人々と共に少しずつこの場を作り上げていったのです。
二人はここでレストラン以上のものを作ろうと、この場所を「食のラボ」と位置づけることに。カフェ、ビストロ、ガストロノミーのレストランとしても機能する柔軟な場。
料理人としての技術を活かしながら、佐渡の豊かな食材との出会いから生まれる新しい可能性を追求する、まさにラボ=実験の場です。
佐渡の食材との出会いも、ジルさんの好奇心を刺激しました。
華々しい数々のレストランを立ち上げてきたジルさんだからこそ、食への目線と思い入れは並大抵のものではありません。
「市場では全てが均一化され、本来の食材が持つ個性や魅力が失われている。でも佐渡は違う。漁師が朝に獲ったばかりの魚を持ち込み、農家が畑で採れた野菜を届けてくれる。
ここは自分が暮らす半径5〜10km圏内で、すべての食材との出会いが生まれるからね。本物の食材に出会える場所だと思うよ」
山菜、野菜、果物、魚介類、そして時期になれば、地元の猟師から届くジビエまで。市場を経由せず生産者から直接届く佐渡の食材は最高の鮮度で、その日・その時でしか手に入らない特別なものも少なくありません。
「素材が向こうからやってくる。それに対して僕は何を作ろうかと考える。これが料理のインスピレーションになっているんだよ」
ジルさんは目を輝かせます。
これまでジルさんは、支援者とタッグを組んでレストランを運営するスタイルでした。料理はジルさんが担当し、資金調達などは別のパートナーが行う形でしたが、今回の佐渡では、完全に自分たちでゼロからの立ち上げに挑戦しました。
人と人をつなぐ、森と火と食の場を
そうして生まれたのが「森と火と食をつなげるラボ LA PAGODE(ラ パゴッド)」。
お店の正式名称には、「食」と共に「森」と「火」が加わりました。
その想いを表したジルさんの言葉が、店内に掲げられています。
自然や農業をたべものに変化させる調理の中心には
常に火が存在する
古くから人間は火を焚く動物だった森から切り出した薪を火に焚べる
森、海、野、そして畑、田、牧場、
そうしためぐみを火のちからをかりてわたしたちはたべものをえるこの島に住むようになり
原初的な火の存在を生活に取り戻しつつある
火を取り戻すことは、それを共有する社会そのものを取り戻すことでもある
ジルさんと朋さんが佐渡での暮らしを重ねて行く中で見えてきたのが、「火」を大切にする文化。
佐渡では薪で風呂を沸かし、かまどで米を炊くといった習慣が、今も色濃く残っています。
火は佐渡の人々にとって今でも身近な存在だという事実も、ジルさんが長年研究してきた「人間と火の関わり」への探究心をさらに刺激するものになりました。
取材に訪れたこの日、テーブルには若い男性のグループ、観光で訪れたと思われるカップル、手作りのしそ味噌を届けに来たというご近所のおばあちゃん、お店が定休日という地元の飲食店のご夫婦が次々に訪れていました。
さまざまなお客さんの笑顔が見られる中、厨房ではジルさんとスタッフの皆さんがせわしなく、でも楽しそうに料理を次々と仕上げていきます。時に厨房の外に出て、お客さんとの会話も楽しんでいる姿も。
そして、厨房の奥に見えるのが、大きな石窯!
お店を開くにあたり、ジルさんは保温効率が良いと評判のフランスの薪窯を導入し、あらゆる料理を焼き上げています。薪の種類によって火力や香りが変わり、それが料理の味わいにも影響を与えるそうです。
出来上がったのが、こちらの料理の数々。
佐渡産のワタリガニに石鯛、お店の裏庭で取れた平飼い鶏卵、森で採れるきのこ、新穂のりんご、なかなかお目にかかれない佐渡牛とまさに佐渡づくし。
「おいしい〜!!!!」と語彙力のなさを痛感しながらも、一品一品に舌鼓。
佐渡の食材はそのままでも十分おいしいともいわれますが、料理という表現を加えることで真新しい味が生まれることを再確認しました。
ラ パゴッドは火と森と食を通じて、人と人とが出会い、つながっていく場であり、フランス料理の技法と佐渡の食材が出会い、新しい味わいが生まれる実験室。
そして何より、地域の人々や観光客など、さまざまな人が行き交うコミュニティの中心として、日常に寄り添っているんですね。
EPILOGUE
ラ パゴッドという舞台で日常が踊る
料理をいただいた後は、お店の裏庭や養鶏場を見学させてもらいました。
お店の外で、元気に「コケコッコー!!!!」と鳴く主たちを発見!
ニワトリやチャボ、アヒルが悠々と過ごし、薪を保管・乾燥させる作業場では、50年以上もの樹齢を持つナラの木が、次の料理の時を待っています。
ここにある全てのものが有機的につながり、まるで小さな生態系を形作っているかのようです。
「この場所は私たちにとって劇場で、私たちはその中でお客様という演者が表現するための舞台を作っているだけ。それがたまたまこういう空間であり、ジルが作る料理もその一つなんです。訪れたお客様一人ひとりが、自分らしく過ごせる場所でありたいですね」と朋さんはほほ笑みます。
そして今、ラ パゴッドではゆっくりと少しずつ、次なる夢が動き始めています。
「料理は一つの結果であって、そこに至るまでのプロセスこそが大切だからね。
漁師さんや農家さんとの出会い、火を起こす時間、素材との対話。そういったプロセスを、もっと多くの人と共有したい。この幸福な環境を、皆さんと分かち合えたら」とジルさん。
例えば、お米作りや薪割り、火起こし、パン作りなど、食に関わる工程を体験できる場、ゲストハウスのような空間の構想もあるのだとか。これは楽しみです!
さて、最後に。
取材からしばらく経ったある日、ラ パゴッドで購入した期間限定のマカロンが届きました。
平飼い卵の卵白で仕上げたメレンゲと、佐渡産ゆずの「ゆずカード」を忍ばせた素朴な見た目のマカロンです。
一口食べてみると…卵とゆずの濃厚な香りと、窯焼きで仕上げた香ばしい風味!
マカロンというとカラフルなものを想像しがちですが、色付けも香り付けもしないマカロンは、こんなにもシンプルな素材の風味が詰まっていることを実感しました。
これも、森と火が成す食の魅力ですね。
ラ パゴッドで味わった料理と会話、温かな場の空気は、今も忘れることができません。
NEXT EPISODES
最後に、佐渡の魅力的なお二人を、ジルさんと朋さんからご紹介いただきました!
日蓮の教えが息づく名刹「妙宣寺」のご住職 関 道雄さん
1人目は、ラ パゴッドの店名の由来にもなった五重塔が残る妙宣寺(みょうせんじ)の関 道雄(せき どうゆう)さん。
朋さんからは「ご住職ご自身のお話もぜひお聞きしてみたいと思っていたんです」とご紹介いただきました。
妙宣寺は日蓮上人に仕えて法華経信者になった阿佛房日得上人(あぶつぼうにっとくじょうにん)が、妻の千日尼(せんにちあま)と共に自宅を寺として開創したのが、始まりといわれています。
ジルさんと朋さんも信頼を寄せる関さんに、妙宣寺の歴史から関さんご自身のこと、現代のお寺と人のつながりなど、さまざまな角度からお話を伺ってみたいと思います。
生きる力を育てる「古道具と手仕事の宿 ねまりや」の原田雅代さん
2人目は、佐渡で「古道具と手仕事の宿 ねまりや」を手がける原田 雅代(はらだ なりよ)さん。
原田さんは「古道具とカフェ 山のねまりや」も営んでいましたが、数年をかけて佐渡市栗野江にある山「通称・あるもんで山」を切り拓き、暮らしの知恵や手仕事の技を体験できる宿を始めました。
ラ パゴッドのお二人とは、あるもんで山での体験イベント出店を機に、ご縁ができたそうです。
「古道具と手仕事の宿 ねまりや」のサイトを見たら、宿も古材から造るなど、コツコツと手仕事で仕上げてきたのだとか。これは気になります……!
妙宣寺 関さんと原田さんのエピソードも、どうぞお楽しみに。