曽根 佳弘 (そね よしひろ)さんの自己紹介
三義漆器店(さんよししっきてん)は創業88年の漆器メーカー。2023年で設立から60期を迎えました。私は3代目です。初代の曽根義雄は本家となる「三辰(さんたつ)漆器店」から分家をして、会津塗の塗師として創業しました。2代目である会長の父は会津塗の伝統工芸士。私は塗師の仕事を継がず、プロデュースする形で2007(平成19)年に代表取締役社長に就任しました。生まれ育った会津若松市は、漆器屋が軒を連ねる地域。この街の伝統文化を次世代に残しながら、新たな技術で世界に貢献していきます。
PROLOGUE
会津の土産品としても人気が高い「会津塗」。
地域に根付く塗師の伝統技術を継承しながらも、新たな視点で会津塗の可能性を広げる企業があります。
やって来たのは、会津若松市の漆器メーカー「三義漆器店」。
普段は工場内部には入れませんが、特別に見させていただきました。
会津塗の伝統技術を守りながらも、現代のライフスタイルに合わせた塗りの器を製造しています。
食洗機や電子レンジ対応の漆器を1993(平成5)年に日本で初めて開発した企業なのだそう。
「1993年から食洗機対応!?」とびっくりしたのも束の間、
漆器のイメージを刷新する商品は驚きの連続でした。
建築業界で出た端材を有効活用して生まれた、天然木の手触りが心地いい「メイプルシリーズ」。
加工は会津の木地職人が行っています。
漆の生産から、木地作り、装飾の全行程が会津で完結するのが会津塗の定義の一つです。
2000年代初頭の発売以降、全国にファンがいる人気作は、「GOOD DESIGN AWARD 2012」を受賞したことでも注目を集めました。
「メイプルシリーズ」と同じく、「GOOD DESIGN AWARD 2012」を受賞したのは、軽くて割れにくい飽和ポリエステル(PET)樹脂を使って開発された「和テイスト イレギュラーラインシリーズ」。
こちらのシリーズ、実は、家具・インテリア業界の大手企業で販売されている人気商品。
商品に社名は書かれていませんが、正真正銘、三義漆器店で製造された商品です。
三義漆器店のすごいところは、誰もが知る大手家具店やホームセンターの商品を製造しているところにもあります。
新潟県ではお馴染みの「コメリ」「スーパーセンタームサシ」「ひらせい」も取引先というから親近感が湧きますよね。
毎日私たちが何気なく使っている食器の中には、三義漆器店のものがあるかもしれません……!
2015(平成27)年の発売から、日本全国の販売店に浸透した
三義漆器店の代表作「ラクピカ」も、見覚えがある人は多いかもしれません。
汚れも油も弾く撥水コートで、食器洗いの手間を軽減しただけでなく、洗浄時の水や食器用洗剤の使用量軽減にもつながります。
見た目がかわいくて使いやすく、さらに環境にも優しい食器です。
2020年にお目見えしたのは、土に還る生分解性プラスチックで作られた、環境に優しい紫翠盃。
会津塗の職人技を発信しながらも、毎日の食卓を鮮やかに彩るエコな漆器です。
伝統技術に特化した漆器メーカーと思いきや、SDGsを意識した次世代型商品もたくさんあります。
何を隠そう、三義漆器店は会津から世界へ羽ばたく〈オンリーワン技術〉を持った企業なのです。
INTERVIEW
東日本大震災の経験、海外への販路開拓が転機に。
お会いしたのは、三義漆器店3代目社長の曽根佳弘さん。
代表として会社のマネジメントに携わりながら、プロデューサーとして商品開発にも積極的に関わっています。
いろいろとお話を聞く前に!
福島県の伝統的工芸品として名高い「会津塗」ですが、どのような特徴があるのでしょうか?
会津塗は、トチ、ケヤキなどを木地として作られる、お椀や重箱、菓子鉢といった日常的に使われる漆器のこと。
頑丈な塗りと優美な装飾技法が特徴です。
伝統的な絵柄には、渋味のある「鉄錆塗(てつさびぬり)」、もみ殻で模様を出す「金虫喰塗」、木目が美しい「木地呂塗(きじろぬり)」、美しい塗肌の「花塗(はなぬり)」があります。
会津塗の伝統を止めず、新しい伝統を切り拓いていくこと。
「革新の連続こそ、伝統産業に必要なもの」と曽根さんは考えます。
「1983(昭和58)年頃には総出荷額200億円以上を記録した会津塗ですが、その年をピークに右肩下がりが続いています。
私が仕事を始めた1992(平成4)年には約120社あった事業社数は、現在30社を切りました。
当時は3,900人以上いた従事者たちは、今では300人弱しかいません。
同じことを続けるだけではいけないと、危機感を感じています」
1997(平成9)年。30代の曽根さんが新たに着手したのは〈海外への販路開拓〉でした。
ヨーロッパと会津を行き来するようになって10年が経った頃、フランスの都市・リヨンに物流拠点をつくることに成功。
「EUにどんどん出荷しよう!」と意気込み、ようやく海外での商談にも慣れて来た2011(平成23年)。東日本大震災で状況が一変します。
「2010(平成22)年くらいからようやくお客さんが付き始めて、『これはいけるぞ!』と思ったけれど、震災が起きた。
そうなると、バイヤーは『大丈夫だよ』と言ってくれても、フランスの人々は『メイドインジャパン フクシマ』と書かれた商品を誰も買ってはくれません。
在庫も全部投げ売りしてEUから撤退する道を選びました」
その後日本へ帰ると、被災した大熊町の人々の受け入れの地となっていた会津若松市。
曽根さんは、避難所で過ごす人たちに食器の寄付を申し出ましたが、震災直後は水不足で食器を洗うこともできない。
寄付を断られて感じた複雑な想いが、しばらく頭の片隅に残っていたと言います。
2012(平成24)年、震災復興の願いを込めて挑んだのは〈アメリカ企業への商談〉です。
塗り物文化のないアメリカでは、ライバルは格安のメラミン食器を製造する台湾や中国。
会津塗の器は、芸術的側面は評価される反面、ナイフ・フォークを使うアメリカ人には思うように響きません。
「毎日使う食器なのに高価で、器としての意味がないじゃないか」とまで言われたといいます。
震災直後の経験、そして、アメリカ商談で言われた一言。
頭に溜まったモヤモヤを解消するように、〈意味のある塗り〉を追求した曽根さんがひらめいたのは撥水に優れた食器「ラクピカ」でした。
「大手塗料メーカーに声をかけて、撥水塗料の開発に丸3年。
失敗の連続で『もう止めた方がいい』とさえ言われたものです。
それでも諦めないでつくり続けた末に、塗料メーカーも驚きの画期的な商品が完成しました。
ラクピカは『MoMA ニューヨーク近代美術館』で取り扱いが始まると、瞬く間にアメリカ全土に広がりました。
日本に逆輸入される形で浸透したのが、2015(平成27)年のことです。
類似品が出回ることもありましたが、ラクピカ専用工場を作ったうちのスペックに敵う会社はいないでしょう」
会社の指針となった、小松技術士との出会い。
三義漆器店の近況を語る上で、福島県いわき市出身の技術士・小松道男さんの存在は欠かせません。
内閣総理大臣賞を過去に受賞され、保有する国際特許は300を超える「ものづくり名人」です。
2019(令和元)年に小松さんの講演を聞き、「仕事を通して世界に貢献したい」という気持ちが高まった曽根さん。
その時の講演テーマが、「海洋マイクロプラスチック汚染問題と生分解性プラスチックの世界的な動向」でした。
2020年、土に還る生分解性バイオプラスチックでつくる紫翠盃、非耐熱型PLA(ポリ乳酸)、生分解性プラスチックと漆を掛け合わせた製品を開発。
「日本でしか出来ない技術をローカルの会津から」を合言葉に、SDGs12番目の目標「つくる責任、つかう責任」を意識した
自社ブランド「IZ EARTH(アイヅアース)」も始動させます。
「IZ EARTH」は、「地球再生の合図」というキャッチコピーもすてきです。
これまで、他社のブランド品を製造するOEM生産と、
企画開発から関わるODM生産が中心だった三義漆器店が
ここにきてSDGsを意識した自社ブランドを次々と発信する、その心とは……?
「日本は世界と比べるとまだまだ環境問題に対して後れを取っています。
環境配慮を謳ったPLA(生分解性バイオマスプラスチックポリ乳酸)の偽物も出始めている世の中で、特許技術を用いてしっかりとした製品を作っていくことが、PLAを安心して使っていただく手助けになると考えたからです。
『IZ EARTH』はPLAを世界に広めるためのブランド。
三義のサステナブル事業として、今後はOEM化も狙っていきたいです」
EPILOGUE
植物由来のプラスチック・PLAで世界に貢献。
でんぷん、乳酸菌、水のみでつくられた、100%自然由来のPLA製品「IZ EARTH」。
2023年11月28日には、PLAから生まれた〈世界最薄グラス〉が「IPF Japan:国際プラスチックフェア(千葉県・幕張メッセ)」で発表され、各メディアでも話題を呼びました。
「IZ EARTH」が、世界中に知れ渡った瞬間です。
技術士の小松さんと一緒に会場を訪れた曽根さんは、PLAに関心を持つ人々の眼差しに、熱い期待を感じたといいます。
「6年ぶりの開催となった『IPF Japan』は、環境に配慮した技術・製品が圧倒的に多くて、時代がPLAを求めていることを実感しました。
PLAは展示会来場者の認知度も高く、当社の世界最薄となる技術に驚かれていました。
スイーツやジュースを提供するのに使えないだろうかと興味を持つ企業さんが多く、まさに、想い描いていたことが現実に近づいてきた気がして嬉しく思います」
プラスチック1トンをPLA1トンに置き換えられると、CO2の排出量を2.5トン削減できる。
早くも三義漆器店の取り組みに賛同した地元商店からは、「PLAグラスを使用したい!」と声が挙がってきているようです。
「フードコートのグラスをPLAに全部変えようかなとお話をいただいた時は嬉しかったですね。
PLAは使い捨てではなく、最終的には燃やせるゴミであり、リサイクルもできる素材。
燃やさないから二酸化炭素を出さないですし、仮に燃やしても、植物が光合成で取り入れた二酸化炭素に戻るだけだからカーボンニュートラルになる。
PLAによるサステナブル事業は、社運を賭けて取り組んでいきますよ。
世界中に貢献できるように、革新を続けていきます」
気になる三義漆器店の商品は、小売販売はなく、オンラインショップまたは公式サイトへの問い合わせの他、会津エリア内の店舗でも購入できます。
一部商品を取り扱っているのは、会津の道の駅、JR福島駅西口複合施設「コラッセふくしま」、「会津町方伝承館」など。
以前ごっつぉLIFE にもご登場いただいた「スペース・アルテマイスター」には紫翠盃、「TSUTAYA BOOKSTORE AIZU」や地元パン屋「パンフィールシュン」では「R+Eタンブラー」を販売しています。
直接手に取って買い物を楽しめる会津エリアの各店も、チェックしてみてください。
インタビューを終え、会社を出ようとした時。
玄関であるものに目が止まりました。
お客さま用の傘が整列すると出現する「ありがとうございます」の文字。
曽根さんが考案したものだと教えてくれました。
小さな想いが、世界を変える力になる。
「三義漆器店のような企業が、世界中に広まったら」と、思わずにはいられませんでした。