
井上 有紀 (いのうえ ゆき)さんの自己紹介
東京都生まれです。東京の大学に進学し、在学中に新潟県で地域活動に関わったことをきっかけに新潟と縁を持ちます。卒業後は長岡市の団体で、学生と地域をつなぐインターン事業などに携わりました。2025年に、「本屋と印刷編集室 こんこん堂」をオープン。一方で、出版レーベル「木舟舎(きぶねしゃ)」を主宰し、雑誌やZINE(ジン)の制作なども行っています。田舎町をドライブしたり散歩したりするのが好きです。
INTERVIEW
外へ向かう関心と、内へ向かう問い

新潟市西区内野で「本と印刷編集室 こんこん堂」を営む井上有紀(いのうえゆき)さんは、東京都の出身。大学時代も東京で過ごしたという井上さんが、どうして新潟とつながりを持ったのか、ぜひお聞きしてみたいと思っていました。
「小さい頃から本を読むのが大好きで、気づけばずっと読んでいました。本の中にいろいろな世界があって、それに触れるのが楽しかったんだと思います。小学生のときの夢は小説家になることでした」

中学生になる頃には、関心は少しずつ外の世界へと広がっていきます。学校で学んだ国際協力や農業の話をきっかけに、発展途上国の農業支援に興味を持つようになります。もともと食べることや自然が好きだったこともあって、大学は農学部へ進学。ただ、その興味の背景には、もう一つの原体験もありました。
「祖母の実家が佐渡にあり、今までに3度ほど訪れたことがあります。家から海まで歩いて行けることや、家族とゆっくり過ごす時間、手づくりの食べもの。後から振り返ると、ああいう暮らしの記憶が影響しているのかもしれません」と井上さんは懐かしむように話します。

そして、大学で海外ボランティアやタイの大学への交換留学を経験し、さらに視野は大きく広がることに。それと同時に、自分の立ち位置やその土地との向き合い方を考えるようになりました。
「実際に海外で暮らし、現地の学生たちと話す中で感じたのは、外から来た自分には理解が難しいことがたくさんあるということでした。経済的な課題や、世代を越えて続いていく貧困の問題など、頭では理解しても自分ごとにはならない。でも、それを一番よく理解しているのは、外の人間よりその土地で暮らしている人たちなんだと気づいたんです」
文化や価値観の違いも、簡単には越えられませんでした。言葉だけでなく、その背景にある生活や考え方を理解するには時間がかかると感じ、外から入り込むことの難しさを、実感として受け止めるようになっていきます。

「それと、現地の人に日本のことを聞かれても、うまく答えられなかったんです。東京で生まれ育ってきたけれど、それ以外の地域のことはほとんど知らなくて。まずは日本の地方のことを、自分自身が知らないといけないんじゃないかと思いました」と井上さん。
そして留学後、ゼミのフィールドワークで訪れたのが、新潟県村上市でした。
違和感の先にあった内野の暮らし
村上市の農村部で取り組んだのは、地域の課題解決。地元の人と関わりながら学生の目線で解決策を提案するというものでした。しかし、その体験は井上さんにとってどこか消化しきれない感覚として残りました。
「村上では、自然の多さや食の豊かさ、ゆったりと流れる時間をすごく魅力に感じました。ただ、数日間滞在して少し関わっただけで、何かを分かったような気になってしまっている自分に、違和感を覚えたんです。表面的に関わるだけでは、本当の意味で理解できないし、この地域の課題解決にはならないんじゃないかと」
その帰りに、井上さんは他のゼミ生たちと別れ、ずっと気になっていた新潟の本屋に立ち寄ります。それが、内野駅前に店を構えていた「ジブン発掘本屋 ツルハシブックス」でした。(2016年閉店)

井上さんは、自分の中にあったモヤモヤを、そのまま店主の西田さんに話します。すると返ってきたのは、思いがけない一言でした。
「じゃあ、来年休学してここに来てみたら?」
冗談のようでもありながら、その言葉は不思議と心に残ったといいます。そうして井上さんは、大学を休学し、新潟で暮らす決断をします。外から訪れるのではなく、暮らす側として関わる。その決断は大きな転機となりました。

内野での1年間は、ツルハシブックスを拠点に、商店街にある米穀店「飯塚商店」のプロジェクトに携わることから始まります。(2025年閉店) 井上さんは「つながる米屋 コメタク」というチームの一員として参加。お米を切り口にこの店の魅力を発信し、農業や食、そして内野というまちの面白さを新潟の大学生に伝えていく活動に取り組みました。
「大学が近くにあるのに、学生が商店街で店主の方と会話しながら買い物をする機会って、ほとんどないんですよね。そういう関わりが生まれたら、食や暮らしが、もう少し身近で豊かなものになっていくんじゃないかと思いました」
その思いから、店主との会話をきっかけにした買い物や、食事会の開催などを通して、人と人とがゆるやかにつながる場をつくっていきました。

こうした取り組みの中で、井上さんが抱えていた「地域と関わること」への感覚は、少しずつ変わっていくことに。短い滞在で外から接するのではなく、その場所の中に入り、時間をかけて関係を育てていくこと。その手応えを、日々実感していきます。
内野というまちで、人と顔を合わせ、言葉を交わしながら過ごす時間の積み重ねが、気づけば井上さんにとってかけがえのないものになっていました。休学を終えた後も、その感覚は消えることなく、新潟という土地で働き、暮らしていくという選択へとつながっていきます。
EPILOGUE
つくりながら生きていくということ

本を読むことから始まった井上さんの関心は、やがて外の世界へと広がり、さらにその先で自分の足元へ。そして、海外や新潟・内野で暮らした経験が積み重なってきました。
これまで、違和感から目をそらさず、その問いに向き合い続けてきた井上さん。外からでは分からないと感じたからこそ、自分の足でその土地に入り、暮らしの中で確かめてきたのです。
そのまなざしは、物事を単純に切り分けるのではなく、言葉にならない思いや、すぐには形にならない日々の営みにも向けられています。誰かが静かに続けている暮らしや仕事、その一つひとつを、自分の目や手、耳で受け取ろうとする姿勢が息づいています。

井上さんは、自ら制作した雑誌『なわない』創刊号で、こんな言葉を綴っています。
つくって生きるために必要なこと。
それは、自分の舟をこぐこと。
誰も、自分の人生を操縦してくれはしない。
誰かに任せず、自分を生きる。小さくて身近なことを大切にする。
そうして積み重ねた行動や時間が、オールとなり、舟を進ませる。『つくる人とつくる雑誌 なわない』創刊号/木舟舎
「こんこん堂」という場所を開き、「木舟舎」という出版レーベルを立ち上げた井上さん。今後について、次のように話しました。
「お店を続けていくって本当に大変なことなので、無理せず続けていくのがまず目標ですね。また、自分自身や誰かの言葉を編集して書籍として届けることにも挑戦していきたいですし、つくりたい人の表現を後押ししていく活動も続けていきたいと思っています。やりたいことはたくさんあります」
こんこん堂は、誰かが言葉に出合い、また誰かが言葉を生み出していく場所。井上さんの歩みは、まだまだ始まったばかりです。











