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スマホで巡る街の記憶。 「新潟今昔写真」が つなげる街の歴史と今

スマホで巡る街の記憶。「新潟今昔写真」がつなげる街の歴史と今

にいがたniigata
一般社団法人 新潟今昔写真

富山 聡仁 (とみやま としひと)さんの自己紹介

新潟市中央区出身です。大学進学を機に上京し、2015年に新潟へUターンしました。家業の不動産・駐車場経営・ペット葬祭業に携わる傍ら、経営コンサルティングを行うNEPPU JAPAN、2016年には一般社団法人 新潟今昔写真を立ち上げました。新潟今昔写真の活動で、古い写真を通じて地域の記憶を次世代へ繋ぐ活動を続けています。最近の趣味はマラソンです。

PROLOGUE

阿部仏壇製作所の吉田香那子(よしだかなこ)さんからご紹介いただいた「つながる人」富山聡仁(とみやまとしひと)さんを訪ねるため、新潟市は東堀通を久しぶりに歩いてみました。

東堀通

そういえば、私のごっつぉLIFEでの最初の取材は東堀通にある「日本料理 蘭(あららぎ)」さんだったなぁとか、昔、ここにWITHや大判焼き屋があったとか、この辺で親の買い物に付き合わされた時に、映画が始まるベルの音が聞こえたなぁ…などなど。街を見渡すと蘇る記憶の数々。

読者の皆さんもそんな時ありませんか?

昔に比べると新潟市の景色はだいぶ変わりましたが、街をゆっくり歩いてみると、記憶に残っている面影がぼんやり、あるいはくっきりと浮かび上がってきます。それって、歳をとればとるほど積み重なっていくのかな…と思うと、歳をとるって悪くないと思ったりするものです。

さて、今回はそんな街の記憶が一つのテーマ。街の変遷を衰退や変化として片付けるのではなく、一筋の物語として捉え直そうとしている人がいます。それが今回ご紹介する一般社団法人 新潟今昔写真代表の富山聡仁さんです。

富山さんが手掛ける新潟今昔写真とは、スマートフォンの画面越しに失われた景色と今の風景を重ね合わせ、その中にある街と人々のストーリーを掘り起こすというもの。一体、どんな写真の活動なのでしょうか!?気になります。今回は、新潟今昔について、そして10年という歳月を経て見えてきた「街のアーカイブ」の可能性についてお話を伺いました。

INTERVIEW

写真が拾い上げる街の記憶

富山さんが関わっているという「新潟今昔写真」。文字だけ見れば新潟の昔と今を集めたもの?と考えてしまいましたが、いいえ、ちょっと違うんです。

新潟今昔写真アプリイメージ ※ご提供写真

「新潟今昔写真は、家庭に眠る古写真などと現在の風景と比較することで、街の記憶を次世代へ繋ぐプロジェクトです。専用アプリの中には、これまで収集してきた今と昔の写真のデータが入っていて、写真を選ぶと古い写真と今の写真が比較できるというものです。さらに、その場所がどういう名称で何があった場所なのかといった説明を読むことで、その場所の情報や記録を知ることもできます」と富山さん。

新潟今昔写真アプリイメージ ※ご提供写真

単純に「建物ができた、なくなった」という記録だけではありません。「ここにお店があってよく行ったんだよね」という個人の記憶・思い出や歴史を、写真の比較を通じて拾い上げていくことも新潟今昔写真のテーマです。それをスマホアプリやSNSでただ発信するだけでなく、富山さんが何より大切にしているのは「体験」だといいます。

ワークショップの様子 ※ご提供写真

「SNSでの発信に加え、実際に街を歩いて撮影場所を特定し、地元の方との対話から『街のストーリー』を拾い上げる体験型ワークショップを活動の核としています。実際に街を歩いて、幅広い年代の方々に参加していただきながら、歴史の変化を感じる体験を大事にしています」

ワークショップの参加者の皆さんは、専用アプリで表示される古い写真をもとに街を歩きます。新潟今昔写真が何より大切にしているのは「リアルな体験」。デジタルな発信でありながら、写真に写っているその“場”の今と昔をアプリを通じて体験できるというわけです。

ワークショップの様子 ※ご提供写真

「古い写真に写っている場所がわからないときは、街を歩いている方に声をかけて『今、この場所ってどのへんですか?』と尋ねてみることもあります。街の人に古い写真について聞けば「ここはこうだったんだよ」と教えてもらえる。そんな街の人との交流や、世代を超えた交流が自然と生まれることこそが、この活動の醍醐味なんです」と富山さんは語ります。

今と昔の写真を通じて、「懐かしいねぇ」と目を細める高齢者と、「こんな風に変わったんだ!」と驚く若者。写真という共通言語が、多世代を繋ぐ架け橋にもなっているのですね。

これまでに開催したワークショップは36回を数え、のべ900人弱が参加!20代から70代まで幅広い世代が混ざり合い、写真一枚を囲んで会話を弾ませています。デジタルなようでいて、その根底にあるのは極めてリアルな人の温もりのようです。

新潟今昔写真は、お酒の席の何気ない会話から生まれた

新潟にUターンして11年になるという富山さん。Uターンする以前は、東京の総合商社や財務省などいわゆるビジネスの最前線に身を置いていました。仕事は刺激的でしたが、同時に非常にハードな日々だったと富山さんは振り返ります。

「東京では大きな仕事を追い求めていました。やりがいはありましたが、特に海外でのプロジェクトは大変なことも多くありました。そんな日々の中で、『どうせこれだけしんどい仕事をして喜んでもらうなら、自分の身近な人、生まれ育った新潟の人に喜んでもらうのがいいな……』と思うようになったんです」

「新潟で仕事をしたい」という想いがふつふつと湧き上がり、2〜3年ほど悶々とした時期を過ごしたという富山さん 。そんな折に出会ったのが、高校時代の先輩でした。

「その先輩とは東京に住みながら新潟に何ができるか、お酒を飲みながら何度もディスカッションを重ねました。その中で、先輩が鎌倉で同じような取り組みが行われているのを見つけてきて『これ、新潟でもやろうよ』と一緒に始めたのが新潟今昔写真のスタートです。実際のアプリも、鎌倉で作られていたものを新潟版として横展開した形でした」

お酒の場から思いがけず生まれたプロジェクト。しかし、富山さんは商社時代に培ったビジネスの視点を忘れませんでした。

「ボランティアのような無償・有志の協力に頼りすぎると、誰かが疲弊した瞬間に活動が止まってしまう。いい取り組みなのに途絶えてしまうのはもったいない。だからこそ、しっかり稼いでいける組織にしようと話し合いました。早い段階で企業にアプローチして写真の利用提案をしたり、税金を納められる社団法人として運営したりと、経営的な持続可能性を最初から意識しました」

地道な呼びかけやワークショップなどの実施で、少しずつ集められてきた写真たち。
家庭に眠っている古いアルバムから集められたものもたくさんあります
※ご提供写真

そうして2016年に始まった新潟今昔写真。2019年に一般社団法人となり、マネタイズできる仕組みづくりに取り組みながら活動を続けて、今年で10年になります。

教育現場や企業へと広がるアーカイブ

「ただ写真を撮って比較して楽しむだけで終わらせはしないぞ!」と富山さんが意気込み、スタートした新潟今昔写真。活動開始から1年が経った2017年、プロジェクトに大きな転機が訪れました。当時の新潟三越から、前身となる小林呉服店の創業110周年を記念したイベントの中で、写真展やワークショップを行う話が舞い込みました。

「同窓会でお見かけした店長さんが大学の同窓生でした。面識はなかったのですが、思い切って突撃したんです(笑)。そこから三越さんとのコラボが実現し、写真の提供やパネル展などを行いました。この経験を通じて、『企業と一緒にやれる、なら商店街や他の街でもいけるはずだ』という確信に繋がりました」

『百貨店の戦後史』(国書刊行会・夫馬和夫著)/
本に掲載された古写真提供と、小林百貨店・新潟三越元社員の方のインタビュー手配も行いました(2022年)
※ご提供写真

そこからの広がりは、富山さんの想像を超えるものでした。企業の周年記念動画や社史への写真提供はもちろん、意外な場所から声がかかるようになります。それが「学校の授業」でした。

「白根高校や日本文理高校、新潟大学附属新潟小学校など、総合学習や探究の時間に活用したいという依頼が増えました。地域の歴史を知ることで、自分たちの街に愛着を持つ。教育関係でこれほど需要があるとは、嬉しいサプライズでしたね」と富山さんは嬉しそうに振り返ります。

新潟大学附属新潟小学校での総合的な学習の時間の授業(2020年)。
下の写真は県立白根高校での総合的な探求の時間の授業(2020年)
※ご提供写真

また、最近では企業の社内交流イベントにも、新潟今昔写真の活動が採用されました。240名もの社員が世代や部署の垣根を超えてチームを組み、昔の写真と同じ場所を探して街を歩く。その過程で生まれる会話こそが、富山さんの目指す「リアルな交流」そのものだったといいます。

「万代シテイ誕生50周年」/古写真提供とパネル作成も請け負いました(2023年10月~翌年3月/写真上)
「東大通みちばたリビング」/古写真を提供(2024年/写真下)
※ご提供写真

活動は10年目を迎え、現在はさらに新しい表現にも挑戦しています。それが、何千枚もの古い写真と今の写真を組み合わせて一つの風景を作り出す「モザイクアート」プロジェクトです。

写真でつくられるモザイクアートのイメージ

「集まった写真をデジタルアート化して、NFT(非代替性トークン)として発行する試みを始めています。ゆくゆくは2m×3mほどの巨大なパネルにして、公共施設に展示したいですね。デジタルとリアルの融合はハードルが高いですが、新しい価値の転換にチャレンジしていきたいんです」と熱く語る富山さん。

富山さんは今、新潟今昔写真の将来性を見据えて「誰でも使えるアーカイブ」を目指しています。
「例えば、報道で拾われなかったり、博物館にも残らなかったりするような個人の記憶・思い出や歴史をストーリーとしてデータベース化し、テレビ番組や広告など、必要な時に誰でもアクセスして使えるようにしていきたいですね。ストーリーと写真をセットでの利用で料金をいただくことで、提供してくれた方や活動の継続に還元していく。そんな循環を作りたいと考えています」

次回はエリートビジネスマンだった富山さんがなぜ新潟にUターンしたのか、写真の原体験など、富山さんご自身の人生や考えを深掘りします。お楽しみに!

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一般社団法人 新潟今昔写真

店名一般社団法人 新潟今昔写真
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