
岡田 知子 (おかだ ともこ)さんの自己紹介
1971年新潟県三条市生まれ。東京で栄養士の専門学校を卒業後、料理研究家のアシスタントとして5年間働きました。1997年に地元に戻り、翌年から自身が講師を務める料理教室を24年間運営。2022年7月に「チーズとワインのセレクトショップ Moitié-Moitié」をスタートさせました。
PROLOGUE

新潟県燕市の宮町商店街にある「小さな花屋Tette(てって)」の水沼さんからご紹介いただいてやってきたのは、お隣三条市にある中央商店街。
金物や刃物など三条市の伝統工芸品を扱う専門店が軒を連ね、長年にわたり地元住民の日常生活を支えています。

そんな歴史ある中央商店街に、異国の雰囲気が漂うスタイリッシュなお店があります。
店名は「Moitié-Moitié(以下、モワチエ・モワチエ)」。一度聞いたら忘れられない音の響きと、気になってしまう名前の意味。それは後ほどゆっくりとお聞きするとして、まずはお店の中に入ってみましょう。

店内のショーケースに並ぶのは、大きくカットされた普段見慣れないチーズたち。フランス、イタリア、スペインなど、チーズ伝統国と呼ばれる地域から輸入された、本格的なナチュラルチーズを常時約50種類も取り揃えています。

また、店内の奥にはワインが。主にフランスやイタリア産のもので、特別な日に嗜むものから家庭で親しみやすい価格帯のワインまで、幅広く揃っています。
というわけで、こちらが何のお店かはもうお分かりですよね。ここは新潟県内では珍しいナチュラルチーズとワインを専門に扱うセレクトショップなんです。

店主の岡田知子さんは、「C.P.A認定チーズプロフェッショナル」やフランスの権威ある称号「ギルド デ フロマジェ アンテルナショナル協会認定ギャルド エ ジュレ」、「CAFA®認定フロマジェ」など、数々の資格を持つチーズの専門家です。
今回は、岡田さんにチーズのことやお店のこと、チーズ屋さんになろうと思ったきっかけなど、お話を伺ってきました。もちろん、店名のことも!
INTERVIEW
フロマジェの知識と技術が光るナチュラルチーズの世界

「フロマジェ」とはフランス語で、チーズの輸入、卸売り、小売りに携わり、チーズの選定や目利きができるチーズの専門家のこと。さまざまな種類のチーズについての深い知識を持ち、チーズの製造方法や産地、風味の特徴、最適な保存方法、食べ頃の判断などに精通している人のことを指します。また、料理やワインとの相性についてもアドバイスをするのだそう。

「ナチュラルチーズは熟成とともに味や香りが変化するので、まるで生き物なんです。微生物や酵母などの働きによって常に変化をしているので、同じ品名のチーズでも、季節や作り方、流通環境などによっても味や姿かたちが異なります。そのため、私たちチーズ屋はその状態を見極め、適切に管理して提供することが大切です」と岡田さん。
来店するお客さんのほとんどが、お酒のおつまみとして購入するというナチュラルチーズですが、岡田さんは日常の料理にチーズを取り入れることも提案しています。また、ワインを求めるお客さんには、食事と楽しみたいのか、チーズなどのおつまみと楽しみたいのかをヒアリングし、最適な組み合わせをおすすめしているとのこと。

「料理に合わせるワインと、チーズと楽しむワインは少し異なります。華やかな香りのワインはチーズと相性が良い一方で、お刺身などの料理とは合わないこともあるからです。お客さまがどのようなシチュエーションで、どのように楽しまれるのかによっていろいろご提案させて頂きたいので、お客さまとの会話が大事ですね」

「モワチエ・モワチエ」のInstagramには、旬の果物や野菜とチーズを合わせた写真がたくさん並びます。まるで料理本の1ページのようにおしゃれな写真は、岡田さん自身がお店で撮影したもの。料理の彩りからテーブルウェアに至るまで、洗練されたセンスと表現力の高さを感じます。これには、岡田さんの現在に至るまでの経験が活かされていたのでした。
家族から受け継いだ大切なもの

酒屋を営む家庭で生まれ育った岡田さん。実家の酒屋は100年以上の歴史を持ち、お父さまが3代目として営んでいました。地酒だけでなく、ワインも多く販売する酒屋さんだったそうです。
しかし、岡田さん自身は家業を継ぐつもりはなく、幼少期から興味を持ち続けていたのは「料理」だったと言います。
「自営業で両親は忙しかったので、おばあちゃん子でした。料理好きの原点は、料理上手だった祖母の影響ですね。幼い頃、祖母に手を引かれて近所の朝市に行き、その季節ごとの野菜や果物、鮮魚など『旬の美味しさ』を教わりました」と岡田さんは懐かしむように話します。

そうして、料理やレシピ作りが好きだったことを活かし、高校卒業後は栄養士の専門学校へ進学しました。
就職活動では、雑誌やテレビなどでレシピを発信する世界に憧れ料理研究家のもとへ。つてもないまま、電話帳から連絡先を探し、直接電話でアプローチするという行動力を発揮。結果として、雑誌や広告業界で活躍する料理研究家のアシスタントとして採用されたのです。そこでの経験はとても刺激的で、料理教室の運営や商品開発、雑誌・コマーシャル用の料理制作など、多岐にわたる仕事に携わったそうです。

しかし、東京での生活に次第に疲れを感じるようになり、新潟へ帰郷したのは1997年のこと。帰郷後は、自身の経験を生かし、料理教室を開くことにしたのです。
「帰ってきてみて驚いたのは、新潟の食材の素晴らしさ。なんでもない大根のみずみずしさや枝豆の甘さにすごく感動したんです。ずっと新潟に住んでいたら当たり前だと思っていたかもしれませんが、離れたからこそ気付けたんです。ふるさとの食の豊かさに」
岡田さんが考案した、旬の食材を活かしたシンプルな料理レシピが評判を呼び、口コミで広がった料理教室は、徐々に多くの人々に支持されるようになりました。
そして、料理教室を始めてちょうど20年の節目に、スキルアップのために何か新しいことをやろうと目指したのが、チーズの資格取得だったのです。その当時は、あくまでも料理に役立たせるための挑戦であり、チーズ専門店を開業する予定は全くなかったと言います。

「実はその10年前に、ソムリエの資格を持つ母が酒屋でワインとともにチーズを販売していたことがあり、チーズプロフェッショナルの資格試験に挑戦したのですが合格できませんでした。母の時代は専門のスクールがなく、情報も少なかったので今より難関だったんです。だからそのリベンジも兼ねて、勉強をやってみたら、楽しくて楽しくて!どっぷりチーズの沼にハマってしまったわけです」とほほ笑む岡田さん。
しかし、チーズに関する資格試験は一筋縄ではいきませんでした。
運命のように導かれた母の言葉

岡田さんが挑戦した「C.P.A認定チーズプロフェッショナル」は、筆記試験に加え、論述やテイスティングまで求められる難関資格でした。
独学では難しいと判断し、東京にあるスクールに通うことを決意。週に一度の講義で学ぶこと半年間、講義は9時~20時までみっちりと行われ、終わる頃にはヘトヘトになったと言います。それでも、チーズの知識を深めるために努力を惜しみませんでした。

「試験は単なる選択式ではなく、論述形式で行われるんです。例えば、『夏にフレッシュタイプのチーズ、モッツアレッラが売れなかった場合、どのように販売促進を行うか』といったマーケティング的な問題も含まれていました。また、テイスティング試験では、チーズの乳種を正確に判別し、それについて的確な説明を求められるんです」

1年目の試験では一次試験に合格したものの、二次試験で惜しくも不合格。しかし、翌年2018年に再挑戦し、見事に合格を果たしたのです。岡田さんは「この資格はほんの入り口で自動車運転でいうところの普通免許のようなもの。やっとスタート時点に立ったと思いました」と振り返ります。
それから数年後、ある1枚の写真が岡田さんの運命を変えることになりました。

そこに写るのは、岡田さんとお母さまの姿。そして「もう1回チーズ売りたいです」というメッセージが。
「母は昔から家族に用があるとき、口頭で伝えるよりも付箋に書いて貼っておく癖があるんです。コロナ禍で時間ができて、アルバムの整理をしていた時にこの写真が出てきて、ふと思ったのかもしれません。母は何気なく書いて私の机に置いたんだと思いますが、私はこれを見て、何か心にひっかかるものがあって……母が一生懸命にワインやチーズのことを勉強してきた姿を見てきたので」
ちょうどその頃は、コロナをきっかけに料理教室の運営スタイルが変わったタイミングでもありました。これまでの24年間を全力でやり切ったという思いと、何より岡田さん自身がチーズの魅力に惹き込まれたこと、そしてお母さまからの何気ないメッセージがきっかけとなり、実家の酒屋を継ぐことを決意。2022年7月に事業継承をし、チーズとワインのセレクトショップ「モワチエ・モワチエ」をスタートさせたのです。

店名の「モワチエ・モワチエ」とは、フランス語で「はんぶんこ」という意味。
お客さんとおいしいものを共感し合う、はんぶんこ。
ご両親の酒屋を受け継ぎ、はんぶんこ。
お母さんのチーズへの思いを受け取り、はんぶんこ──。
岡田さんの、ご両親とお客さんに対する想いが溢れています。
EPILOGUE
新潟の食文化にチーズを

チーズの奥深さに魅了され、その世界に飛び込んだ岡田さん。岡田さんのチーズへの情熱は、単なる販売にとどまらず、食文化としての広がりや奥深さを追求する姿勢にも表れています。
そして現在も東京や大阪の勉強会に通い、新たにチーズ鑑定士の資格取得に挑戦中とのこと。「資格を取ることがゴールではなく、学ぶことが大事」と、より深い知識と経験を積むために努力を惜しみません。

また、岡田さんはチーズの文化を広げるために、ワークショップの開催を視野に入れています。
「チーズの楽しみ方や、ワインとの組み合わせを実際に体験できる場を作ることで、より多くの人にチーズの魅力を伝えたいですね。ワークショップでは、簡単なチーズ料理を作ったり、チーズとワインのマリアージュを楽しんだり、そういう体験を提供したいと考えています。ただ一人で営業をしているので、なかなか手が回らなくて。今後は一緒にお店を楽しんでくれる仲間を募集できたら、やれることは広がるのかな」と語ります。
新潟でチーズ文化を少しずつ広げていくために、そしてチーズをより身近に感じてもらうために、岡田さんのこれまでの経験を活かした日常の食材との組み合わせや、家庭での楽しみ方を提案していきたいと考えています。
岡田さんの挑戦はまだ始まったばかり。絶えることのない情熱とこだわりで、新潟の食文化にチーズが加わる日も、そう遠くはないかもしれません。
