
吉田さんご夫妻の自己紹介
吉田 達洋(よしだ たつひろ)さん(写真右)
1949年創業の家業を引き継ぎ、10年以上になります。仏壇に加えて、木工雑貨ブランド「KOUGI」や木育事業を展開しています。デザインやブランディングが得意です。小規模企業でも、誠実にものづくりをすれば、必ず道は開けると信じています。
吉田 香那子(よしだ かなこ)さん(写真左)
滋賀県から新潟に移住してきました。以前は広告制作会社で営業職を経験し、結婚後は夫と共に家業に就いています。木のぬくもりや文化を伝える「木育インストラクター」の資格も取得して、ワークショップも開いています。趣味はサーフィン!海とスノーボードの両方が楽しめる新潟での生活、楽しんでいます!
INTERVIEW
滋賀のサーファー、ひょんなことから仏壇店に嫁ぐ!?
アルファベットを象ったおなまえ積み木が話題となり、仏壇製造を主軸にさまざまなものづくりに取り組んでいる阿部仏壇製作所。三代目の吉田達洋さんと妻の香那子さんが二人三脚で、この家業を新しい時代へ導いてきました。

今や、阿部仏壇の顔ともいえる香那子さんは、実は滋賀県出身。新潟へ移住した理由は、実は達洋さんとの出会いよりも前にあったといいます。
「実は私、サーフィンがめちゃくちゃ好きだったんです!でも滋賀県は海がない(笑)。だから、福井、三重、静岡……いろんなところに波を求めて行き来していたのですが、新潟もお気に入りの一つでした。
中でも糸魚川に訪れることが多かったのですが、糸魚川のサーフショップの人たちが仲良くしてくれて。そこで友人の知り合いの木工職人の方と知り合ったんです。その人のところに遊びに行ったりしているうちに、サーフィンもできて、スノーボードもできるし、ものづくりの文化もある新潟ってすごく素敵な場所だなと思うようになりました」

当時、広告制作会社で営業をしていた香那子さんは、転職を決意。とはいっても、ただの転職ではなく、「新潟へ移住する」ことが目的かつ、人生の拠点そのものを変えたいと考えていました。
「実際には糸魚川で希望する仕事が見つからなかったのですが、木工職人の方のお手伝いで上越市内のクラフトフェアに行くことになって。そこでたまたま出店者の一人だった夫と出会ったんです」と香那子さん。その後、二人はお付き合いが始まって、香那子さんは2014年に新潟へ移住、2015年に達洋さんと結婚しました。
一方、当時の達洋さんは二代目であるお父さんが亡くなり、家業継承を決意したばかり。苦しい状況下で奔走していた時期でした。
「結婚したばかりの頃、『家業を3年だけ手伝ってくれないか』と言われました。私は『仏壇って何ですか?』という状態からのスタートで、おばあちゃんの家でチーンという音を聞いたことはありますが、お寺や宗派もちんぷんかんぷん(笑)。結婚して家業に入り、最初は何ができるのかは分かりませんでした」
ケミストリーは「得意」が違うからこそ起こるもの
達洋さんは、家業に入る前はデザイン事務所で、グラフィックデザイナーとして働いていました。達洋さんのお父さんが病気を患ったことで、状況が変わったのは2007年のことです。「この会社を残したい」というお父さんの病床での言葉が、阿部仏壇製作所を受け継ぐターニングポイントとなりました。

「仏壇業界のことは全く知りませんでした。まずは業界を調べることから始めつつ、お客様に対して真面目に、正直にものづくりをしていた父の想いを受け継ぎたいと思いました。小さい規模の零細企業でも正しく商売をして、上手くいっている事例を作りたかったんです」と達洋さんは振り返ります。
しかし、家業を継いだ当初、経営状況は倒産寸前!従業員の給料カット、経費削減、工場の一部賃貸化など試行錯誤の連続……。

「父が亡くなってから、兄と一緒に会社を経営してきました。経営に関しては苦手な部分があったかもしれません。何よりも、父と一緒に仕事をしたかった。その悔しさが、今もバネになっています」と達洋さん。
それと同時に、達洋さんは自分に欠けているものに気づき始めます。「自分に苦手な部分をやってくれる人が必要なんじゃないか?」。そう考えていた時に出会ったのが、香那子さんだったのです。
お二人の出会いは、一言でいえば「ケミストリーだった」と達洋さん。ケミストリーとは!?
「僕は数字と戦略に強く、妻はママ目線や顧客心理からの分析が得意。妻は僕の苦手な部分をカバーするだけでなく、自分とは異なる視点と専門知識を持っていました。それが僕の強みと融合した時に、倒産寸前だった家業の黒字化、おなまえ積み木の爆発的ヒットのような大きな変化が訪れたんです。互いに異なる分野が得意だから、二人が同じ課題に向かった時に初めて力が生まれたといいますか、もう本当にケミストリーだー!と感じました」と達洋さんは笑顔で語ります。

香那子さんは「何か大きなことをしたわけではないんです。夫と義兄と一緒に、ひたすら地道にできることをやってきました。夫とは得意とする分野が違うからこそ、うまくいったと思っています」とこれまでを振り返ります。
夫婦二人三脚で……と言い表しそうな部分を、あえて「ケミストリー」と表現するお二人。それだけ切羽詰まった状況の中で、互いの想いや行動力で切り抜けてきたのですね。
いやぁ〜〜〜世間ではそれを「愛」と呼ぶのです!!
EPILOGUE
祈りに応えるものづくりと場づくりを
2023年3月、阿部仏壇製作所は大規模にリニューアル。お店のリニューアルのきっかけは、2020年に出産し、コロナ禍での育児を乗り越えた香那子さんの子育て経験から。「ウイルス禍の子育てで、孤独を感じているママさんにも楽しんでもらいたい、安心できるお店にしたい」との思いが実現し、古い仏壇が並ぶショールームから一転、キッズスペースを完備した新しい店舗になりました。積み木の販売が増えるにつれ、子どもを連れたママたちが集まるようになったそうです。

(ご提供画像)
一方の達洋さんが掲げるビジョンは「数ではなく質を大事にしたパーソナライズされたものづくり」です。「祈りに応える仕事をしたい」というのが達洋さんの経営における信念です。

「仏壇は人生の最も深い部分に関わるもの、おなまえ積み木は、親の愛情を示すもの。全ての商品が『ありがとう』を繋ぐ仕事になっているんです。ゆりかごから墓場まで、人生の全ての段階で、私たちのものづくりが関わることができることがやりがいですね」と嬉しそうに達洋さんは語ります。
「子どもがこんなに喜ぶとは思いませんでした」「こんなに丁寧に対応してくれるお店は初めてです」。お二人のもとには、毎日、商品を購入した人たちから感謝メッセージが届きます。そして今、地元で暮らすママたちからは「ここが第二の居場所です」という言葉が届くようになりました。
「ゆくゆくは、地元の子どもたちがお小遣いを持って買えるような商品もあったらいいなぁなんて考えています。このお店を通じて、少しずつ新潟に貢献できたら嬉しいです」と香那子さん。
仏壇店から木工雑貨のお店、そして地域で暮らす人たちの拠り所へ。ここに生まれるのは、無数の家族の笑顔ですね。吉田達洋さん、香那子さん、本当にありがとうございました!

NEXT EPISODES
最後に、新潟市の魅力的なお二人を、吉田さんご夫妻からご紹介いただきました。
「新潟今昔写真」の代表理事 富山聡仁さん
1人目は、写真を通じて新潟の街に刻まれた過去と現在を繋ぐ「新潟今昔写真」の代表理事を務める富山 聡仁(とみやま としひと)さんです。
「富山さんとは新潟市の移住者応援有志の会『ミチシルベ』で出会いました。新潟今昔写真の活動だけでなく、家業のアルモグループやコンサルなど幅広く活躍されています。いろんなつながりを持つ富山さんのお話を聞いてみたいこともあって、今回ご紹介させていただきます!」と香那子さん。
「新潟今昔写真」は多方面で話題になっていますよね!富山さんにプロジェクトのお話やご自身のさまざまな活動について、お聞きしたいと思います。
老舗餅屋「笹川餅屋」の笹川太朗さん
2人目は、新潟市の西堀通りにある老舗餅屋「笹川餅屋」の笹川太朗(ささがわ たろお)さん。笹川さんは達洋さんの中学時代からの幼なじみでもあるそうです。
「長く続く老舗の和菓子屋さんで、新潟市内でも人気のお店です。太朗が作る笹団子はもちろん、季節ごとの商品も本当においしい!妻が関西に帰る時は、毎年笹川餅屋さんの和菓子をお土産にしているんですよ」と達洋さん。
香那子さんも「『待っているから絶対買ってきて!』と言われているほど、実家の家族もお気に入りです(笑)。夫は同世代だからこそ、家族経営の中での悩みや工夫も通じ合うところがあるようですね」と教えてくれました。
富山さんと笹川さんのエピソードも、どうぞお楽しみに。










