
阿部 耕介 (あべ こうすけ)さんの自己紹介
東京出身、現在51歳です。20歳頃からクライミングを始め、世界各地の岩場を登ってきました。30年ほどフリーランスの映像ディレクターもやっていて、最近はBSの釣り番組なども手がけています。2021年に妻の実家がある佐渡へ移住して、2023年に本格ボルダリングジム「KUJIRA WALL(クジラウォール)」をオープンしました。妻と猫5匹と暮らしています。
PROLOGUE
「ごっつぉLIFE」の佐渡シリーズ、今回の舞台も引き続き「両津」になります。
前回の取材の際に「佐渡で初めてのボルダリングジムを義兄がやっているんです」と、お食事処満るかを営む加賀実穂さんに教えていただきました。それが、今回ご紹介する「KUJIRA WALL」の阿部耕介さんです。
加賀さんに場所を教えていただき、両津港から車を走らせること5分ほど。KUJIRA WALLは、住宅地の一角にある紺青の建物が目印です。

外観は昭和の古い納屋のようですが、中を覗いてみると色とりどりの人工石(ホールド)が壁一面に取り付けられているのが見えます!かなり本格的なボルダリングジムのようです。

オープンから2年が経つKUJIRA WALLですが、阿部さんはなぜ、佐渡でボルダリングジムを始めたのでしょうか?今週は前編として、KUJIRA WALLの誕生秘話やジムの立ち上げに込めた思いについてお話をお聞きしました!
INTERVIEW
佐渡初の本格クライミングジムが生まれた理由
両津地区の静かな住宅街の一角。外からはとてもボルダリングジムには見えないKUJIRA WALLですが、建物の中に入ってみると、天井まで続く壁一面に、ホールドと呼ばれるカラフルな人工石が散りばめられています。よく見てみると、このホールドは大きく持ちやすそうなものから、小さくて複雑な形状のものとさまざまな形がありますね。

そもそも、「クライミング」と「ボルダリング」って何が違うの?
まずは、そんな素朴な疑問を阿部さんにお聞きしてみました。
「クライミングは、壁や岩を登る登山の一つの形態で、その中でも、ロープを使わずに比較的低い壁を登る競技をボルダリングと呼びます。KUJIRA WALLは、このボルダリングを楽しめる室内ジムなんです」と阿部さん。
一番高いところにあるホールドは床から4m程度と高いのですが、万が一落ちても床に敷かれた厚いマットが身体をしっかりと守ってくれます。こちらでは、動きやすい服装と専用のシューズがあれば、誰でも気軽にボルダリングを始められるというわけです。
冬は荒天の日が多い佐渡。海風が吹き荒れ、マリンスポーツや釣りといった屋外でのアクティビティが楽しめない時期に、室内で体を動かせる貴重な場所にもなっていそうですね!
さて、オーナーの阿部さんがこのジムを作ったきっかけは、20歳の頃からクライミングに熱中してきたご自身のトレーニングのためだったといいます。
「正直に言うと、自分の練習場所がほしかったんです。佐渡にはクライミングをする場所がなかったので、自分で作ってしまおうと(笑)」

とはいえ、阿部さんがつくったボルダリングジムは、その造りにもとことんこだわっています。
例えば、先ほども紹介したカラフルなホールドは、壁に施された緩やかな傾斜などで計算された配置で、初心者から経験者まで、それぞれのレベルに合わせて難易度が設定されているそうです。また、テープの色によって難易度が分けられており、誰もが自分のペースでクライミングを楽しめるように工夫されています。
「壁に取り付けられたホールドは、実は世界中の有名なメーカーから取り寄せた高級品ばかりなんです」と壁を見上げながら熱心に語る阿部さん。
ヨーロッパやアメリカの名だたるメーカーのものもあり、クライミング経験者が見れば「あ、あのジムのホールドだ!」とわかるようなものばかりなのだとか。指先の感覚を研ぎ澄ませるクライマーにとって、その違いは歴然なのでしょうね!
ボルダリングジムは、採算度外視で経営!?
阿部さん自身の楽しみやトレーニングのために造ったというKUJIRA WALL。阿部さんは「ボルダリングはすごく面白い遊びだと思っているし、できたら地元の皆さんに少しでもその面白さを知っていただけたらな……とちらっと思う程度です」と控えめです。
実際のところ、ボルダリングジムは事業として経営はしていますが、阿部さんにとってKUJIRA WALLは自身のトレーニングの場であり、採算は度外視しているのだとか。加えて、阿部さんは「クライミングは決して万人受けするスポーツではありません」と断言します。
「クライミングは腕力や筋力勝負ではありません。壁に取り付けられたホールドをどう攻略するか、パズルを解くような思考力も求められます。何度も失敗を繰り返しながら、どうすれば次のホールドに手が届くか、じっくりと考える必要がある、ある種独特なアクティビティなんです」

「困難が好きな方がハマるかもしれないですね。例えば、ボウリングでストライクを決めた時のような分かりやすい爽快感というよりは『できない、できない、できない、やった、できた!』と思う人の方がハマるイメージがありますね」
阿部さんは、そうした「不器用で、困難なことを好む変わった人」にこそ、ボルダリングの遊びの面白さが伝わるのだと考えています。
実際に、ごっつぉLIFEクルー(変わり者)もボルダリングに挑戦させていただきましたが、登り切って一言……「た、楽しい!これ、ハマっちゃうかも!」と興奮しておりました(笑)。
その対象は、大人だけではありません。阿部さんは、地元の子どもたちにもクライミングを体験する機会を提供したいとも考えています。
地元の子どもたちに向けてボルダリング教室を開いていますが「夢中になる子は、とことん夢中になりますね」と阿部さんはほほ笑みます。

そんな子どもたちへ向けて阿部さんが心がけているのは、量より質を重視した指導です。
「僕は嘘がつけないので、簡単に褒めたりはしません。ですが、その子が本当にできた時に『すごいじゃん!』と言うと、子どもたちがすごく嬉しそうな顔をするんです。表面的な言葉ではない嬉しい気持ちをわかってくれるかもしれませんね。簡単な成功体験ではないからこそ得られる喜びがあると思います」
ボルダリングには「困難を好む人」が集う?
KUJIRA WALLの宣伝活動は基本的にSNSのみ。Instagram(インスタグラム)とX(エックス・旧Twitter)で情報発信を行っていますが、積極的な集客は行っていません。新規の顧客はまだ少ないものの、リピーターが中心の少数精鋭の運営となっています。
メインの利用者は30〜40歳代の移住者の方が多く、最近は少しずつ佐渡生まれ・佐渡育ちの利用者も増えてきました。
「新しいことに挑戦したい人や、変化を求める気持ちが強い人が興味を持ってくれることが多い印象ですね。何の予備知識もなく、急にボルダリングに挑戦するにはハードルの高さがあるのかもしれません」と阿部さんは分析します。
それでも、続けて通ってくる人たちとの関係は特別なものです。「変わった方が来られます」と阿部さんは笑いながらも、「困難を好む人」同士の深いつながりが生まれているようです。

ちなみに、KUJIRA WALL(クジラウォール)というユニークな名前は、映像制作を手がける阿部さんの屋号「KUJIRA PICTURES(クジラピクチャーズ)」から派生したもの。実は阿部さん、映像制作が本業なのです!
「クジラは大きくていいなぁくらいの意味です」と特別な意味はないそうですが(笑)、KUJIRA WALLの経営の傍らでフリーランスの映像ディレクターとして、現在も釣り番組などの撮影で、月に2〜3回は県外へ撮影に出掛けています。
「採算度外視で運営できるのは、映像制作という安定した本業があるからこそです(笑)」と話す阿部さん。ボルダリングジムの運営は、阿部さんの純粋な好奇心と興味に基づいているということなのでしょう。

次回は、阿部さんとクライミングとの出会い、佐渡への移住や人生観など、阿部さんの人生そのものに迫ります。お楽しみに!