神田 豊広 (かんだ とよひろ)さんの自己紹介
1970年に阿賀野市で生まれ、神田酪農の3代目として代表を務めます。地元の高校を卒業後、北海道にある短期大学で酪農を学びました。その後は、北海道の酪農家の下で半年間実習を受け、新潟へ。家業を手伝いながら、鉄工職、水道工事などの仕事にも従事し、1993年頃に神田酪農に就農しました。趣味は機械いじりで、ものづくりをしたり修理したりするのが好きなんですよ。
PROLOGUE
前回ご紹介した、洋菓子とジャムの店「湖と菓」がある阿賀野市の水原地区から車で南へ向かうこと、約20分。国道49号線を走っていると、突如、道路脇に現れたのは2頭の牛!
……と言ってもこちらは動かない、乳牛のモニュメントです(笑)。大きくてとってもリアルなんですよ。ちょうど木陰の下で気持ちよさそうにしているので、ごっつぉライターの私が初めて見たときは「本物の牛さんがいる~!」と驚きました。
さてこの石碑にもあるように、今回は新潟県の酪農発祥の地である「阿賀野市安田地区」にやってきました。このモニュメントがある久保(北)信号の交差点から、さらに車で3分ほど。ほそ~い路地を入っていくと、見えてきたのが目的地の「株式会社神田酪農」さんです。
大正時代の1920年に初代・神田豊松さんが創業。親子三代にわたり牛への愛情を脈々と受け継ぎ、今年で104年目を迎えました。
「神田酪農」と言えば、牛舎のとなりにある「ソフトクリーム&ジェラートショップ みるぱす(以下、みるぱす)」のファンも多いのではないでしょうか。我が家は、阿賀野市の遊園地「サントピアワールド」で遊んだ後に「みるぱす」に寄り、となりの牛舎で牛さんたちを見て帰るのがお決まりのコース!
それにしても、牛舎のとなりにショップを構えるなんて、なかなか珍しいですよね。乳牛を育て搾乳し、生乳を生産して牛たちの命をつないでいくのが酪農家の仕事ですが、同社はその枠を超え、酪農家としては珍しい活動も積極的に行っているようです。
今回は「神田酪農」にお伺いし、農場のこだわりやおいしい牛乳のこと、そして大切な牛乳を広めるための活動のことなど、たっぷりとお聞きしてきました。
「モゥ~私たちのおうちのこと、素敵に紹介してちょうだいよ~」
はいっ、ギュゥ~っと魅力が詰まった記事にします。おまかせください!(笑)
INTERVIEW
県内でも数少ない、自社ブランド牛乳を販売する酪農家
まずは牛舎に伺うと、現在代表を務める3代目・神田豊広さんと約80頭の牛さんたちが迎えてくれました。
「この地域は新潟県の酪農発祥の地で、私の祖父にあたる初代・豊松が畜牛組合の発足メンバーでした。祖父は“酪農の神様”と呼ばれ、飼育だけでなく、牛のお産や病気治療などにも携わっていたようです。それも自分のところだけでなく、周辺地域の農場の面倒もみていたので、そんなふうに呼ばれるようになったそうです。そして、二代目である父の豊三は、祖父が選んだヒルツ系の乳牛を血統登録し、大事に育成し続けました」と神田さん。
地域の酪農家たちのリーダー的存在だった神田酪農は、代々その意思を受け継ぎ、おいしい牛乳の生産に日々励んでいます。
牛舎の掃除・メンテナンス、敷きわらの取り替え、餌やり、搾乳、子牛の哺乳、牧草の収穫など、牛たちのお世話は365日休む暇がありません。それに加え、同社は自社生産の生乳だけで作られた牛乳を販売する、新潟県内でも珍しい酪農家なんです! その商品がこちら。
「やすだ愛情牛乳」です。
「一般的な牛乳は、あらゆる酪農家から出荷された生乳を工場へ運び、全て集約されて一つの牛乳になります。しかし、うちはうちの牛乳を飲んでほしいという思いがありました。
この自然豊かな安田地区の気候で育ち、愛情をたっぷり注いだ牛乳の味わいをそのまま届けたいと。また、どこでどのように作られたのかがはっきりしているので、安心して食していただけます。ぜひ召し上がってみてください」と、飲みきりサイズの「モーモーミニパック(100ml)」をいただきました。
ミルクのしっかりとしたコクがありながらも、とてもスッキリした後味! 風味豊かで、スーッと体に染み渡るおいしさです。も……もっと飲みたい(笑)。
自社生産の牛乳を販売するというのは、簡単なことではありませんよね。神田さんのそのパワーはどこから生まれるのでしょうか?
想いをカタチに、愛情牛乳をとどけるために
酪農家の家で生まれ育ち、実家の裏は牛舎。幼い頃から牛たちとともに育ってきた神田さんは、自然と酪農の道へと進んでいきました。
「北海道の短大で酪農を学び、新潟に戻って家業に入ったのは23歳の頃。父の下で仕事を覚えていましたが、親子なのでぶつかることも多かったですね。それから数年経った頃でしょうか、友人から『異業種交流会に行ってみないか』と誘われたことをきっかけに、さまざまな業種の方との交流が始まったんです。それが私にとってとてもいい出会いで、神田酪農を成長させるきっかけになりました」
異業種交流をするサークルのメンバーとなった神田さんは、そこで会社経営というものを改めて学び、当時法人化していなかった神田酪農のあり方を考えました。
「経営理念を作ったのも、異業種サークルがきっかけです。それまでただひたすら毎日一生懸命に牛たちのお世話をしてきましたが、何のためにやるのか、私たちの使命は何なのかということを言葉にして明確にしました。家族やスタッフたちと一つの理念に向かって歩んでいくきっかけになりましたね」と、牛舎の入口に掲げられた経営理念を見せてくださいました。
神田さん、「愛情牛乳」という言葉がこちらにありますね!
「そうなんです。この理念を元に、自社生乳100%のオリジナルブランド牛乳を作りました。それが『やすだ愛情牛乳』です。販路の開拓では、異業種サークルで出会った方々に大変お世話になりました」
そして、2014年に株式会社へと法人化し、同年、敷地内にこの「やすだ愛情牛乳」を使った「みるぱす」をオープン。しぼりたての生乳を使ったソフトクリームや、阿賀野市産をはじめ、新潟の季節のフルーツや野菜を使ったジェラートなどを提供しています。今年でちょうど10年を迎えたそうです。
「みるぱす」が生まれた背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
「『愛情牛乳』ができたことで、地域のイベントに出店するようになりました。そこで初めて消費者の方と対面する機会ができたんですが、『おいしい!』と喜んでくれる方もいれば、『牛乳は苦手で……』という方もいて、苦手という方に親しんでもらうにはどうしたらいいかと考えたんです。そしてその後、別のイベントの準備でしぼりたての生乳を使ったジェラートを試作してみたら、家族や仲間たちから大好評。『みるぱす』という店名は、ミルクパスポートという意味で、楽しい酪農の入口になればと名付けました」
日々牛たちのお世話をしながら、商品開発や販売のための資格と免許の取得、そしてさまざまな業種の方々との交流と、常に上を向き歩みを止めない神田さん。さらに、農場の衛生管理を向上させるため、あるシステムの認証取得に取り組みます。
牛にも人にも安心・安全を
同社では、長年にわたり牛たちにとって心地よい環境づくりや、農場の衛生管理に取り組んでいます。
飲み水は、天然鉱石を利用したミネラルウォーターを。また牛の糞尿と稲わらで作ったたい肥を畑に入れ牧草を栽培し牛に食べさせる、地域循環型の環境保全農業を推進。そして、扇風機や換気扇を使い牛舎内に自然に近い風を通したり、こまめに糞尿を掃除したりと、衛生管理への取り組みと工夫を怠りません。
だからでしょうか、牛舎特有の臭いはあまり感じないんですよ!
さらに、2019年には農場HACCP(ハサップ)認証を取得。新潟県内の酪農家では初めてのことなのだそうです。HACCPってなんとなく聞いたことはありますが、どのような認証なのでしょうか?
インタビューの場所を牛舎からご自宅へと移し、資料をもとに教えてくださいました。
「食品の安全性を確保するための衛生管理システムです。例えば、餌のやり間違いや病気にかかったときの投薬間違い、家畜伝染病の侵入といった、畜産を取り巻くトラブルや事故を防止するために、作業を感覚的にやるのではなくしっかりマニュアル化するんです。そうすることで、各作業の目的や手順を客観的に確認でき、スタッフ全員が高い水準で作業をすることが可能になります。
獣医師や酪農関係の皆さんとチームを作って取り組みを続けること3年。大変でしたが、作業を明確にすることで、未然に事故を防げるようになりましたね」と、神田さんの手元にはHACCP認証に向けて作成した分厚い資料が。
「認証はゴールではない」ともおっしゃる神田さん。その昔、地域の酪農のリーダーだったお祖父様のように、牛にも人にも、さらには環境にも優しい持続可能な酪農を率先しています。
EPILOGUE
地域に広がるおいしい笑顔
神田酪農の生乳を使ったソフトクリームは、「みるぱす」だけで提供しているわけではありません。阿賀野市・新潟市内のカフェや洋菓子店などでも使われ、コラボ商品として人気を呼んでいます。
神田さん自らが配達に行き店主さんと会話をする中で、コラボ商品がお客様に喜んでいただいていることを耳にすることが喜びだといいます。
その他にも、五泉市にある咲花温泉の旅館では、牛乳を使った「クリーム豆腐」を提供していらっしゃるそうです。どんな味なのでしょうか、食べてみたいですねぇ!
また、今年2024年4月にはキッチンカー「モーモーミルク号」が始動。軽ワンボックスカーを改装した神田さん手作りのキッチンカーで、さらに積極的に各地へ行けるようになりました。
「今後は阿賀野市周辺だけでなく、いろいろな地域に神田酪農のおいしさを届けたい」と、神田さんの情熱は尽きることがありません。
「『牛たちへ愛情が深いですね』なんてよく言われるのですが、私にとってはごく普通のことなんですよ。家族の一員なので、人間の親が子育てをするのと同じです。かわいいときもあれば腹が立つときもある、元気にご飯を食べて大きくなるのがうれしいし、体調が悪いと心配になる。愛情はずーっと当たり前のようにあるんです。
だからこそ、その子どもが成長してお母さんになり、子どもを産むことは何事にも代えがたい喜びですし、お母さんのお乳である牛乳は神様からの贈り物。私たちはその恵みをいただいているので、おいしく味わっていただきたいですし、もっともっと価値を高めていきたいと思っています。それが私の使命ですね」
私たちの日常に当たり前のようにある、牛乳。かけがえのない贈り物をいただいていること、そこに全力で愛情を注ぎ届けてくれる人々がいること、私たち消費者はそのありがたみを感じながら、大切においしく味わっていきたいですね。
神田酪農では、牛舎の一部を開放しています。「みるぱす」でおいしいスイーツを堪能した後は、ぜひかわいい牛さんたちに会いにいってみてください。