
こんにちは!ごっつぉLIFE編集部です。
すてきな人や場所、ものとの出会いやご縁があると、心がワクワクしたり、自分も頑張ろうと思えたり、「あぁいいひとときだったなぁ」なんて振り返ってしまうもの。
思い出に浸る時間もまた楽しいものですよね。
これまでの取材を振り返る「ごっつぉライターのこぼれ話」では、取材のこぼれ話や登場いただいた方々に聞いた地域のお話、ライターが感じたことなど、つれづれなるままにご紹介しちゃいます。
早速、新潟市秋葉区「ISANA」の中川雅之さんから始まったご縁を振り返ってみましょう。
目次

まずは家具メーカー「ISANA(イサナ)」。新潟市秋葉区古津にある、ショールーム兼工房におじゃましました。家具職人の中川雅之(なかがわまさゆき)さんが手掛けるのは、イスやテーブル、スツールなどの脚物(あしもの)家具。ナチュラルでシンプルなデザインながら、座面の角度や背もたれの当たり方、接合部の見せ方にまで工夫が宿ります。
中川さんのお話で印象的だったのは、家具をつくることと、新潟の木や森の未来を考えることがおのずとつながっていたこと。新潟の広葉樹を活用し、森、製材、加工、暮らしまでを一つの流れとして捉える視点に、ものづくりの奥深さを感じました。
中川さんがなぜ新潟で家具づくりを始めたのか。家具職人になるまでに抱えていた葛藤や迷い、そして「ISANA」が描く、この土地ならではのものづくりの形とは。たっぷりとお話を聞いてきました!

次に伺ったのは、秋葉山の高台にたたずむ「お菓子工房 十三夜(じゅうさんや)」。お菓子を目的に訪れたはずが、思わず景色に見入ってしまいました。目の前に広がる越後平野。空の広さと風の心地よさに心がほぐれて、時間がゆっくり流れていきます。
パティシエの坂井さんがつくるお菓子はどれも丁寧で、素材の味がしっかりと感じられるやさしいおいしさ。中でもこだわりの「キャヌレ」は、外は香ばしく、中はもっちり。手間を惜しまない仕事ぶりが、ひと口ごとに感じられました。
景色とお菓子、そして坂井さんの穏やかな人柄。ここには、わざわざ足を運びたくなる理由がいくつもありました。

中川さんからご紹介いただいたのが、新潟市西区内野町にある、本屋とリソグラフ印刷編集室を併設した「こんこん堂」。小さな空間には、店主の井上有紀(いのうえゆき)さんがセレクトした本や、自主出版の小冊子・ZINE(ジン)、雑貨などが並び、隣の部屋には大きな印刷機が備えられていました。
井上さんのお話を聞いて感じたのは、「つくること」は特別な人だけのものではない、ということ。文章を書くこと、冊子にすること、誰かに届けること。その一つひとつが、暮らしの延長線上にあるのだと、自然な言葉で教えてもらいました。
本棚に並ぶ本の向こう側に、これから誰かが生み出す物語まで見えてくるような空間。「こんこん堂」は、言葉に出合い、言葉が生まれる場所なのだと思います。

最後にご紹介いただいたのは、内野のまちで長く愛されてきた銭湯「旭湯」を営む、稲森光太郎(いなもりこうたろう)さんです。ごっつぉライターの私も、時々おじゃましているお気に入りの銭湯なんです。
稲森さんは県外出身ながら、この銭湯を受け継ぎ、大規模改修を経て再び地域へ開いています。番台や下駄箱など残すべきものは残し、使いやすく快適になるよう新たに整える。その姿勢に、継承とはただ守ることではなく、次へつなぐために変えていくことでもあるのだと感じました。
「旭湯」がどのように生まれ変わったのか、そして、稲森さんが「これだけは譲れない」という、唯一のルールとは!? ぜひ記事をご覧ください。

新潟市西区内野町で終えた今回の取材。内野町と言えば、以前から行ってみたいと思っていた場所があり、取材後にふらっと足を延ばしてみました。
まちなかを流れる「新川(しんかわ)」を川上方向へ。「こんこん堂」や「旭湯」から徒歩10分足らずの場所に、隠れた名所があるんです。

「新川」にかかる赤い橋。近づいてみると、車道でも歩道でもなく、水が流れています。実はこちら、「西川」という川。つまり、川の上に川が流れている「新川・西川立体交差」という、不思議なスポットなんです。

トラス橋形式の全国的にも珍しい川の立体交差。その背景には、この地一帯の人たちが水と向き合ってきた歴史があります。
新川が流れる地域は、もともと信濃川・中ノ口川・西川に囲まれた低地が広がり、排水不良や水害に悩まされてきました。水がたまりやすく、日々の暮らしや農業にとって、水をどう流すかは大きな課題だったそうです。
そこで開削されたのが、新川。江戸時代後期、西蒲原郡の排水を目的に人の手で掘られた人工河川で、海へ水を逃がす大事な役割を担いました。一方の西川は、古くから地域を流れていた自然河川で、舟による輸送路の役割を担っていました。 それぞれ役割の異なる2つの川が交わる場所で、水の流れを妨げず共存させるために生まれたのが、この立体交差。西川が橋のように新川の上を渡る様子は、先人たちの知恵と土木技術の結晶ともいえますね。

人の手で川を掘るなんて、想像するだけでも気が遠くなる話……。重機などない時代、頼れるのは人の力と道具、そして「この土地を良くしたい」という執念だけだったはず。土を掘り、運び、水の流れを読みながら、少しずつ街の景色をつくっていったのでしょう。

橋のたもとには、地域の方々による案内パネルが展示されていて、この立体交差がどのように造られ、どんな役割を果たしてきたのかを知ることができます。
何気なく眺めれば、不思議な風景。けれどそこには、土地を守り、暮らしを支えてきた物語が刻まれていました。取材で出会った方々の思いも、街に残る風景も、こうして次の世代へ受け継がれていくのかもしれません。 内野町を訪れた際は、ぜひご自身の目で見てみてください!
