
桑原 大 (くわばら だい)さんの自己紹介
1963年生まれで、還暦を過ぎました。磐梯酒造の5代目を務めます。創業当時から変わらない昔ながらの酒造りを大切にする一方で、新たな商品開発にも励んでいます。趣味は、刀剣をはじめとした美術品のコレクションです。祖父が収集していた日本刀の登録証を取得するために勉強を始めたことがきっかけで、すっかりその魅力に惹き込まれてしまいました。
INTERVIEW
自分で決めた道を歩む5代目の決意

福島県の会津磐梯エリアで、明治時代から続く酒蔵を営む磐梯酒造。その5代目として生まれた桑原 大(くわばら だい)さんは、幼い頃から家業を手伝い、いずれ後継者になることを自然に意識していたといいます。

高校卒業後、東京の大学に進学し化学を専攻。卒業後は大手酒類メーカーに就職をし、研究職として活躍した後、帰郷したのは1990年のことでした。
「子どもの頃、父は私に『お前はいずれここを継ぐんだぞ』と言ったこともありましたが、自分の進路を考える年齢になってからは、そのようなことは一度も言いませんでしたね。むしろお前の好きにしろという感じで、最終的な判断は私自身に委ねられていました。だから私は父の引いたレールの上ではなく、自分で引いたレールを走るんだと決意して帰ってくることができました」と桑原さんは振り返ります。
帰郷後はお父さまとともに酒造りの現場に入り、経営よりもまずは蔵の現場で酒造りを学ぶ日々が続きました。当時は、隣の会津若松市や新潟県からも杜氏や蔵人が勤めに来ていたそうですが、高齢になり引退していく中で人手不足も相まって、桑原さんは入社してわずか5年後に専務杜氏を任されることになりました。

「杜氏は酒造りの技術的な最高責任者ですし、専務は会社経営の重要なポジションです。その頃はまだ20代でしたが、やるしかないという思いでしたね」とその言葉からも5代目としての決意がうかがえます。
杜氏として桑原さんが製造計画を立てましたが、当時はまだ現場の細かな段取りまでは詳しくなかったため、仕事の割り振りは経験豊富な蔵人にお願いしたそうです。米の手配、人の手配、全体の計画は桑原さんが担当し、毎日の作業内容はベテランに任せるという形で酒造りを進めていきました。
しかし、20代の若者が年上の人たちを束ねるのは容易ではありません。どのように乗り越えたのでしょうか?

「父は現実的で裏方タイプの商売人ですが、祖父は磐梯町長を20年務めた政治家でした。私のリーダー気質は祖父からの隔世遺伝かもしれません。中学では生徒会長、大学では落語研究会の会長を務め、自然と人をまとめる立場にいることが多かったんです。だから若くして専務杜氏になりましたが、なんとかやってこられたのではないかと思います。祖父のDNAのおかげですかね(笑)」
大学で化学を学び研究職を経験した知識と、お祖父さま譲りのリーダーシップで、5代目としての道を切り拓いていきました。
磐梯らしさを込めた、オンリーワンの一杯を

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そして今、桑原さんが力を入れているのが、磐梯町ならではの素材を使った酒造りです。磐梯町産の酒米100%を使った「乗丹坊(じょうたんぼう)」や磐梯町産のりんごを使った日本酒リキュール「Bandaisan Apple x Sake 磐梯山りんご酒」に続き、地元のものを使って、磐梯酒造にしか作れないものを目指しています。

現在開発中なのが、おたねにんじん(高麗人参)を使った薬膳酒です。福島県の会津地方は、長野県、島根県とともに、おたねにんじんの三大産地のひとつで、栽培の歴史は江戸時代まで遡ります。かつては会津地方に産地が多くありましたが、今では会津エリアの中でも栽培する農家さんの数が減っているのだとか。一方で磐梯町は、2016年から史跡慧日寺跡(しせきえにちじあと)を中心とした薬師信仰に基づく「薬草の里づくり」を推進。町ぐるみでおたねにんじんを名産にしようとする動きがあり、磐梯酒造もその一翼を担っています。
「おたねにんじんは、栽培に約5年の月日がかかるんですよ。これまでは、誰が買ってくれるかわからない中、農家さんは作り続けていたんです。ある時、台湾出張で出会った薬膳酒をヒントに、磐梯町産のおたねにんじんを使ったお酒をひらめきました。農家さんたちには『5年後に磐梯酒造が買うから安心して作ってください』と宣言しているので、今はまだ試作品の段階ですが、必ず形にしてみせますよ」と力強く語ります。
桑原さんは、生産者の方々と売り手と買い手という関係性ではなく、町の人たちと一緒にものづくりをしていく感覚だといいます。新商品の開発は決して簡単なものではありませんが、成功するかどうかはわからなくても、まずはやってみる。その姿勢が、磐梯町の新しい産業を育てています。
EPILOGUE
酒蔵の枠を越えて、町全体の未来を描く

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桑原さんの活動は、酒造りだけにとどまりません。地域との関わりも深く、桑原さんは商工会をはじめとする地域活動にも積極的に参加しています。また、会津藩主を務めた松平家を顕彰する団体「会津松平家奉賛会」の副会長も務め、歴史的な活動にも関わっています。町の中のさまざまな行事、観光、歴史の面で地域と深く結びついているのです。
「東日本大震災のときも、商工会などが中心となってみんなで復興に取り組みました。また、福島県の蔵元たちも垣根を越えて手を取り合ったみたいに、今は一つの会社や店舗だけで取り組むのではなく、地域全体で支え合っていくことが大切だと感じています。自分一人ではできないことも、みんなで力を合わせれば実現できる、そういう思いで活動しています」と桑原さん。地域への深い愛情がひしひしと伝わってきます。

酒造りだけでなく、他の産業に対しても提案を行い、町全体で盛り上げていく。桑原さんの視線は、常にふるさと磐梯町の未来に向けられています。お祖父さま譲りのリーダーシップと、お父さまから学んだ堅実な商売の姿勢。そして、地域の人々との深い信頼関係。これらすべてが、磐梯酒造と磐梯町の未来を照らしています。
「やっぱりふるさとを盛り上げたいという気持ちは、ずっと持っていますね」と語る桑原さんの笑顔には、この土地への誇りと、次の世代へと続く希望が満ちていました。
NEXT EPISODES
最後に、会津の魅力的なお二人を、桑原さんからご紹介いただきました。
会津の食と人の魅力を発信する「田季野」の名物女将、馬塲由紀子さん
1人目は、会津若松市の中心部で郷土料理を提供する「田季野」の馬塲 由紀子(ばば ゆきこ)さん。1970年(昭和45年)創業の老舗割烹です。
「会津地域を代表する名店と言っても過言ではありません。女将さんがいつも笑顔で『いらっしゃいませ、どうぞどうぞ』と迎えてくれるんです。あの温かい接客に女将さんのファンも多いんですよ。名物のわっぱ飯も絶品です」と桑原さん。
なんと田季野さんは、JR東日本が運行するクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」の朝食会場に選ばれているのだとか!訪れるのが楽しみです。
べこの乳でお馴染み「会津中央乳業」の二瓶孝文さん
2人目は、会津坂下町に本社工場を構える会津中央乳業で専務取締役を務める、二瓶 孝文(にへい たかふみ)さんです。
「二瓶君は青年会議所時代の後輩なんですが、真面目で情熱的で、とっても熱い男なんですよ。会津の原乳のみで作った牛乳『べこの乳』をはじめ、とことん地元産にこだわっています。また、新しいことにもどんどんチャレンジしていて、最近はチーズ作りも始めたそうです」
「べこの乳」はごっつぉライターの私も飲んだことがあります!そして、なかなか吸えないヨーグルトも。おいしさの秘密をお聞きしてきたいと思います。
馬塲さんと二瓶さんのエピソードも、どうぞお楽しみに。











